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九州演劇人サミット

そろそろと始めるか。

 ハンバーグ工場の仕事をやめ、四国で演劇丁稚奉公をやるまでは
お金少なくてしんどいことを除いては、まあ良かった。
けれども、私自身の至らないところを何とかするために
訓練というか、なんというか、どう説明したらいいかわからないことを
始めると、演劇を抑えないといけない事態になってきた。

 こうなっちゃうと、徐々に興味関心が薄れて、ウトウトと出来事に疎くなる。
ウトウトと出来事に疎くなると戻りたくても戻れなくなる。

 どうしたらいいかわからないから、今回は話を私の中に入れて、
入れてから考えよう。
あと、「無事」を伝える、ということも。

 今回のお話、全体をまとめているテーマ、というか問われていたことは

「身の丈」を知る、とは言うけれど、どうやって知るのか?

 このことを前半は第一世代は「身の丈」を超えた場所しか演劇ができる場所はなく、
きつい思いや痛い思いをして「身の丈」を伸ばしたけれど、それ以降、特に第三世代は
冷泉荘やら紺屋等といった30人入れば汲々の場所から「身の丈」を伸ばしていける、
その気になれば。

(けれども、どうなんだい?)

 この問を挟んで、このご時世、「身の丈」を小さくしていかないと
お金の回収がままならない、それでもどうするよ?
欲とお金のバランスを考えなきゃいけないね。

(「チャンス」は昔も今もおんなじ位転がっているぜ?)
  けれども「身の丈」と「欲」と「お金」を考えないとチャンスはつかめない。

一番手っ取り早いのは「信頼・信用するに足る作品」を作る。
作った人間が作品自体を信頼信用できれば(以下略。

 作品を作る、ことがしっくり来なければ照明や音声、といった
作品に直接関わる仕事や、舞台監督等といった作品をなめらかに動かす仕事、
制作という演劇自体をなめらかに動かす仕事も考えたほうがいいかもしれない。
 特に制作の仕事、というのは演目や演者のパフォーマンスを確かめる
「スカウティング」、お客さんをどう動員させるか考えて実行する
「マーケティング(チケッティング)」、そして公演周りをなめらかに動かす
「ステージング」というふうに役割が細分化できるぞ。

 何ができるのか、をまず考えることが「身の丈」を知る始まりなのか!
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ナシカ座「バックヤード・マーチ」

とにかく、親切にされるとわけもなくうれしいのだ。

  新しい場所で昼から夕方まで働いて、クタクタのだしがらになって家に帰る。
土曜日曜がお休みだが、お金がないのとよりクタクタなのでひたすら寝て過ごしてる。

 本当は、この演目、客演で出ているガラパの面々がA班とB班に
キャストが別れていたので、2班まとめてみたほうが、と思っていたら、予約をしくじった。
頭の芯から寝ているのか、疲れすぎているのか。

 疲れすぎた頭でハコの中に入り、しばし待ちながら私自身が
自分自身のことしか考えないオナニストになってやいないだろうか。
そんな事をつらつら考えているともう本編が始まった。

 両親が突然の事故で死んで、兄と妹が必死で守っている
スーパーマーケットの事務室でお話は始まる。

 このお兄ちゃん、びっくりするくらいのお人好し。
普通だったら警察に突き出すはずの万引き犯を受け入れて、
(しかも、コアラのマーチが好きなやつには悪いやつはいないという論拠のもとで)
スーパーマーケットの店員さんとしてきちんと働かせている。

 その他にも、様々な過去というか、たくさんの脛に傷持つ人たちが
過去といろいろなしくじりを気にせず、気にさせず働いて、生きている。

 この様子を見ていると、人間は凸凹を持って、産まれて生きているんだな。
だから、人と人の間は凸凹がちょうどいいのかも知れない。
この事がわかっていたから、お人好しで居られたんだ、このお兄ちゃんは。

 そんなことを感じていたら、お兄ちゃんの元カノが突然現れて、
諸々あって借金の保証人になってくれ、というものだから
凸凹があるから、許して認められている居心地がよい空間が壊れてさあ大変。 

 許して、認められていることの逆作用として現れる甘えから来る隙を
許して認められていない、もらえない復讐からくるなんだかんだによって
これでもかと苦労する。 

 この復讐怖い、凸凹を、凸凹からくるいろんなことを「自業自得」で片付けちゃ
あなた自身が可哀想、それでも凸凹を許して認めてもらっているから
人の縁に恵まれて、なんとかなっちゃった。

まあ、いろいろあるけれど、私はわたしを生きるだけ。

劇団 go to「愛の讃歌」

立って、居て、振る舞う。

 入場料2500円が捻出できない。
更にいうと、名古屋(・熊本)のシアホリ、東京のきららに行くための時間、
もっと言えば、お金が捻出できない。

 「お金を稼ぐ仕事」と「より良い方向に持っていく仕事」をバランスよくできない、
私にものすごく腹を立てていた。

 というか、準備は恐ろしくしんどい。
目的地がわからなかったり、より良い目的地にたどり着くために
準備云々よりも時間や距離が足りない、ということが分かっているときは。

 預かり知らないところなので深くは突っ込まないが、ごとーかおるのおねえさんも
いつもは万全の準備をして公演を打つのに、今回は「何か」があって、
台本を持った「リーディング」という形で公演をするため、入場無料。

 ・・・結果的に見に行くことになってしまったい、これもまた縁か。

 今回の「趣向」はごとーかおるときないさとみという九州の名手ふたりが
「母と娘」、「祖母と孫」、「同僚・同級生」、「着付師とそのお客」、
「先輩・後輩」などの多種多彩な「女の一生」を手を変え、品を変え、
寄せては返す波のようにこれでもか、これでもか、と見せている。

 その様子を見ている男性、しかも男の兄弟がいない、母と妹二人の女性に囲まれて生きてきた、
もっと言えば、自分より年が下の男の子は上の妹の子しかいない
わたしは「いままで家の中で起こったことに近いよなぁ」と納得し、
(だって、上の妹が着付けとお茶、お花の先生だもん)驚いてもいる。

 けれども、男性であることと、今まで仕事だ、演劇だ、野球だ、なんだかんだと
起こっている現場たる「家」を長く空けていたんだなぁ、長く空けていたから、
驚けども、共感できない状況だったんだ。

 おまけに子宮筋腫という病気を持ち出されると、わたしの母と祖母との関係が
強く思い出されて、いたたまれなくなってしこ(以下略。

 リーディングでこの凄さだとしたら、いったい、台本離したらどうなるんだ?

九州大学大橋キャンパス演劇部第37回定期公演  「わが星」

「等身大」の「わが星」

 「わが星」という演目を今回入れて、3回違った演出と空間の使い方、空気の使い方でみた。
最初は元版のままごと(だったかな?)を北九州で。
 これは「オリジナル」と呼ぶにふさわしい、開演から終演までの決められた時間を
「現世」から完全に「隔離」してしまうほどびっちりと暗闇と静寂を作り上げて、その中で
「ものがたり」と「せかい」を伝えきった。

 つぎは熊本の雨傘屋というところが、昔繊維問屋(の生活空間)だったところの
アートスペース@熊本河原町で。
このときは逆に開演から終演まで「現世」と「ものがたり・せかい」の境界線がすごく曖昧で、
「大人」の「起きて、飯食って、仕事して、飯食って、好きなことして、飯食って、寝る」の
繰り返しのリズムが効いていた。

 さて、今回の芸工大版、空間の狭さをお得意の「映像」と「演劇」の融合でカバーしているから、
「天」の視座と「人」の視座として「ものがたり」と「せかい」を設定して、
「人生」と「縁のめぐり合わせ」という「人」の「ものがたり」を「宇宙(コスモス)=天」の
「せかい」として伝えきっている。

 からだの動きや、立って、居て、振る舞っている様子は元版のように
ガチのコンテンポラリーダンスでもない、雨傘屋のようにガチの演劇でもない、
「自分たちの技量内でやれることをやる」ことが徹底されていたから
どこか曖昧だけれど、等身大の「生きている」という感覚が濃く、濃く、伝わっている。

 だからこそ、公演途中、お客さんを入れちゃいけないタイミングで入れてしまったことが残念だ。
この演目は圧を徐々に高めて、最後の最後で爆発させることが肝だから。

すきなように


やらせてもらうぜ、とはいうのだが。
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