二兎社「書く女」@広島はつかいち

わたしたちは「たたかう日々」を生きている。

 もし、小説を「書いていなかったら」、彼女は24歳で死ぬこともなく、
「ある程度」、長寿を全うしていたのかもしれない。

 そういえば、去年の今頃もこうして旅に出て、
締めくくりが北九州芸術劇場リーディングセッションで
この演目、その開演前の客席で実演演るよ、
オーディションの書類は云々、稽古日程、
公演日程がどうのこうのと踏み込んだ話が隣席であり、
同時に、物語がところどころに現れる「死の匂い」によって
内容の一つ一つが心に刻み込まれているので、
終わったあと、誰とどんなお話をしたのか、思い出せない。

 家に帰り着いて、仮チラシを見、「書く女」が
北九州で実演をする、ということが本当だったことを知り、
日程もなんか、宮崎の「演劇時空の旅シリーズ」といい塩梅に
組み合わせることができるかもと踏んではいた。

 そうこうしていると、夏の入り口、もりおかひかると
みやむらじじが小倉で「女同士の因果」をめぐる不思議なお話を
演ったあと、じじからもりおかがこの実演、出るみたいよ、
ということを本当にうっすらと聞き、ネット上で事実として知る。

 で、更に夏は深まり、このリーディングで樋口一葉を演った、
あの時はガラパ所属のただかおりが「実演、客席で見ることできるかな」
なんてことをどこぞで言うてたものだから
「おいおい、オーディションに潜り込めなかったのか」、
「オーディションに潜り込めなくとも稽古場に見学(以下略」と
いうことを云うてみたら、気がつけばただ、東京に拠点を移し、
KAKUTAというところにお世話になる、とのこと。

 また、季節は深まり、秋になって詳細な日程が出ると
・・・何だこりゃ、時空の旅と日程はずれるは、公演自体も
一日限り、しかも日曜、犠牲が多すぎる。
更に、冬真っ盛り、あと半月で年も変わる、ここで一つ決断をする。

 宮崎時空の旅は神奈川大楽に向かう、
入場券詳細はそこだけ出ていないけれど、
松山で演劇、もしくは愛媛FCのホーム戦があれば、
そこから夜行バスないし飛行機で乗り込めばなんとかなりそうだ。

 そして、去年は演劇引力広島をキャンセルしてしまった。
何回か続けてそんなことをしてしまうと行きにくくなる、というか
いけなくなるわけで、今年はどうしても行かなくては、というところに
「書く女」のはつかいち公演があり、チケットは北九州公演よりも
一足先に売り出す、おまけにまだ余裕はある。

 「蒸発するように」北九州公演は売り切れる。

 「手に入らない」リスクを考えれば「演劇引力広島」と組み合わせすれば
日程は何とかなる、火曜日、富良野塾の広島公演があるが、
水曜日がどうにもならないので木曜日広島に入り、書く女、金曜日五十嵐伝、
土曜日と日曜日は別府温泉保養にして、
月曜日に戻って火曜日演劇協会ミーティングに
出る日程にしておけば、なんとかなりそうだ。

 これら大小様々な「変化」というものをえんやらやっと乗り越えて
久しぶりの広島、ICカードの「更新」にいささか戸惑い、宿に入って
うだうだしていたらもうはつかいちに行く時間。

 行って、ティナコートの広島銀行で原寸大パネルのかわさきゆうを
見つけて、それからさくらぴあに行き、雑談のち、前を見ると
ものすごく驚いた。

 ・・・「プロのもぎりさん」が入り口にいるよ。

 入場ゲートに「仕立てと色調の良いお洋服」を着た、
そこそこ美しいお姉さんが「居る」だけでも、
なんか「ハレ」と「ケ」の「境界線」を意識してしまう。

 この部分、福岡の劇場は、北九州芸術劇場はどうやねん?
「ハレ」と「ケ」の「境界線」が曖昧だから働いたあとに
演劇の仕事をしようとすると、頭が切り替わらないことが多々あるわけで。

 ・・・これもまた「居眠りさせない」工夫というのかな。

 ハコの中に入るとこれまた驚いた。
奥が深い、おまけに石段が連なる「山道」を彷彿とさせる
空間のしつらえ、「情に棹させば流され、知に働けば角が立ち、意地を通せば窮屈」
と夏目漱石がおっしゃった「人生の難しさ」が今、そこに存在している。

 いろんなことがぐるぐる渦を巻いていて、「もの」や「こと」はじわりじわりと
良きにせよ、悪しきにせよ、変化しているわけで、その中でわたしは
どう変化「して」、どう変化「する」のか、正直分からないや、と思っていたら
開演ベル代わりの風琴がサワサワと鳴り、ビアニストが入ると本編が始まる。

 北芸リーディング公演ではおもな出演者の他に「アンサンブル」という形で
「現代に生きる人々」を「戯曲」というか「物語」の中に入れて、
戦後70年、誰も殺さず、殺されることがなく、自由にものが喋れて、
自由に考え、自由に生きることができるのは樋口一葉を始めとした
多くの先人たちが血を流し、命を削って戦ってきた「結果」なのだよ。

 その結果を誤解して、変な言葉の「使い方」をして誰かを非難する、
攻撃するのはまずいんでないかい?
「言葉」というのは本来、人に何かを指し示し、励まし、
「力」と「気づき」を与えて「次の人生」につなげるものだろ?
そういう「諭し」をものすごい精度と密度で指し示した。

 この点を踏まえて実演を見てみよう。
北九州リーディング公演や同じ樋口一葉を扱った井上ひさしの
「頭痛肩こり樋口一葉」とは「方向性」をあえて「違う」方向に
永井愛が「演出」の技術で持っていった。

 強調した点はただひとつ、「覚悟」のふた文字。
「生きていく」ために「書き続ける」覚悟、
「書き続ける」ために「学び続ける」覚悟、
「学び続ける」ために「妨げとなるものをできるだけ排除していく」覚悟。

 これらの「覚悟」があるときは積み重なる、あるときは織り上げられる、
またあるときは降り積もるように見手の前に手を変え、品を変え
見せつけていくことで樋口一葉は何とたたかい、何を手にしたのかが
よくわかる見せ方、趣向にしている。

 樋口一葉が小説家として名を遂げれば遂げるほど、住処を
吉原という「苦海」の入り口に近い荒物屋、さらには吉原よりもっと酷い
「苦海」のど真ん中に移していったのも市井の人々の「人間観察」という
一面があり、気がつけば「冷徹な観察者」という一面をところどころ織り込みながら
あるところでは思わず「冷徹な観察者」という一面を疑いたくなってしまう。

 彼女は「書く」という作業を通じて「生きてきた、生きること」で
見つけたことを「言語化」して「他者」というものの目に晒し、
晒したことで「他者」と「わたし」の「ものの見方」の「ズレ」を見出し、
これらの「ズレ」を更に言語化し、これらの行為を繰り返すことで
「社会」と接点を持つ、意見を持つ、そうして「わたし」は「変化」していく。

 不幸にも樋口一葉はドフトエフスキーのように、
「単価の安い」文章を「素早く」書くことができる「才能」がなかった。

 けれども、「言語化」には恐ろしいくらいの「錬る時間」と「研ぐ時間」が必要で、
それなしには「研ぎ澄まされた」言葉は生まれないのだが。

 「研ぎ澄まされた」言葉が突きつけるものは「男性的なもの」と
「女性的なもの」の対立、更に突き詰めれば「共生」と「非共生」の対立が
叉酷くなっている、そうなってしまう理由はただひとつ、「こうでなければ」という
こだわりが酷くて、その酷いこだわりを他者に押し付けるからでは?
という問いかけから、更に命を削るラストまでの疾風怒濤。

 彼女が手に入れたのは誰にも揺るがせない、揺るがせることができない
「強く」て、「しなやか」な「自由」だったのかもしれない。

 たたかう日々の最中にいるときは、当たり前すぎて実感ないのです。
けれども、現実は動くもハード、「待つこと」もハード。
・・・一体どうなることやら。
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演劇引力廣島「五十嵐伝」

「プロフェッショナル」を舐めるな。

 わたしも大学時代、「プロレスの現場」の大外で4年間働いていた。
こうして、レポートを書きながら考えてみると、
わたしが演劇というものから「離れていた」時の
出来事だったわけで。

 あの頃はジャイアント馬場も、三沢光晴も、
橋本真也も、まだ生きていて、そうそう、ターザン山本と
「週刊プロレス」が仕掛けた「活字プロレス」が
東京ドームでの「夢の祭典」で全盛を迎え、そこから徐々に
下降線をたどり、様々なところで「内部分裂」が起こり、
DDT、大日本を始めとした「インディーズ」が萌芽を始め、
アメリカのWWF(現WWE)というものがケーブルテレビや
CS放送によってより手元に近くなり、ハッスルが
出てきては消え、という時代の流れだった。

 その流れの収束点がオカダ・カズチカの新日本であり、
DRAGON GATEであり、DDT、なのかもしれない。

 そういった、自分の感じた「空気感」が
広島アステールプラザ、多目的スタジオの中に
プロレスの「道場」(らしきもの)として
「再現」されていた。

 肝心要の「リング」がない、ということと
「体を作る」観点から見て、きちんとした食事を
「作る」環境がしっかりしていないな、というところ以外は。

 これはもしかしたら、「インディーズ」、
それも団体を興したての「インディーズ」のお話なのか、
と思ったらとある工業系の学部がある大学の
「プロレス同好会」だったことを導入部できっちり見せて
「プロレス」という現場の裏側・バックステージで起きた出来事を
春・夏・秋・冬、という季節の移ろいの中で見せている。

 正直、「活字プロレス」が衰退して以降、「プロレス」というものが
「闘う演劇」になってしまったのか、「フィジカルな演劇」が
「プロレス」になってしまったのか、わけがわからなくなる時がある。

 それくらい、「プロレス」というものが中途半端になってしまい、
結果、「試合」という「現場」の中で信じられない事故が起こり、
たくさんの大怪我や死亡事故が起こってしまった。
広島でもアステールプラザの中ホールで女子プロレスラーが
事故で死んで、グリーンアリーナのサブアリーナで
三沢光晴がああいうことになってしまった。

 その結果、より、「演劇」と「プロレス」の境界線がなくなって、
更に、中途半端になって、「わたしは、何を見せたいのだろう」という
「基本」すらわからなくなっていた、というかそれを知ることすら
やりたくなかったのかもしれない。

 この「自覚していない中途半端」が漂う場に五十嵐という
ひとりの人間が「プロレス」をやりたいとやってくる。
体自体も「プロレス」の体、「格闘技」の体ではないし、
「格闘技」の技術、「プロレス」の技術はまったく持ってない、
ただ、あるのは「佐山聡のタイガーマスク」に対する「記憶」と
プロレスに対する「熱意」だけ。

 なんだかんだありながらも、「プロレスラー」になる一通りの
「儀礼」を通過してリング上の「キャラクター」もつき、
何回か興行を打って、五十嵐以外のみんなは薄々気が付き始めた。
「違和感」というやつに。

 この「違和感」の出処が「高機能記憶障害」というものだった、
というところにわたしは少し、どころかかなり引っかかる。
そういえば、おんなじ障害を持つ人とほとんど毎日顔を突き合わせて
生きていて、「違和感」を感じて苛立ちながら働き、生きている。

 わたしも「人生のアクセルとブレーキ」の使い方が
よくわからないので、「他者」との「交流」から生じる
「衝突事故」を恐れていることが多く、自分のやること
あるいは生きていくことを邪魔されると嫌になる時がある。

 で、「高機能記憶障害」の特徴として
「人生にアクセルしかなく、ブレーキがない」ということが
あり、そこのところが自分のやることや生きていくことを
邪魔されているようで、「衝突事故」を起こしそうになる。
故に、事故を起こさないようにその人をあえて「空気」のように
扱って生きているのだが、「違和感」はじわじわ残っている。

 けれども、この「プロレス」はなんとかぎりぎりのところで
踏みとどまりながらなんとか受け入れ、引き立ててもいる。
この違いは一体何なんだ、と考えてみると、こんなことを思い出す。

 ・・・あいつも五十嵐のように時折自分の感情を顕にして、
というか感情を吐き出しきったらよかったのに。

 なのに、あいつと来たらテレビの中の人や、
今、そこに存在していない人が「一生懸命何かをなそう」と
している様子に対して「引き笑い」やら「こいつ、馬鹿じゃん」と
冷たい感情を出したり、おまけにうざいくらい
「自らのこと」や「今そこで映っているテレビのこと」、
しかもみんな見ているから、流れをわかっているのにそれを話してる。
またはそういう話しかできない、そこにうんざりする。

 がだ、五十嵐のようなことは「学校」という環境だから
許されるし、受け止めてもくれる。

 でも、わたしが今いる場所は「プロフェッショナル」=「仕事」の場。
「プロフェッショナル」の場では「感情」は「仕事」の妨げとなるわけで、
吐き出せば多くの不都合がやってくる。
故にどんなことがあっても、なるべく「感情の発露」を抑えて、
自分のやることをやるしかない。

 「プロフェッショナル」の一歩手前にいて、
「プロフェッショナル」の世界に踏み出すか、どうか迷っている人間は
この「感情のコントロール」の問題と「何かを諦める」ということを
同時に学ばなければいけない、そして今いる場所でやるべきこと、
否、やることをやりきって「完全燃焼」させなければ次には進めないし、
「完全燃焼」させる行為を受け止め、手助けすることで
それぞれの人生、運命がどういうふうになるか、分からないが
変化していくのかもしれない。

 ターザン山本と「週刊プロレス」が旗を降って先導、扇動してきた
「活字プロレス」の後にやってきた「プロレス」はどうなんだろう?
・・・なんか、中途半端すぎる。

 とくにNOAH、三沢光晴が死んで、新日本から鈴木みのるが
やってきて引っ掻き回しているさまを見て、
「これは演劇でもなく、プロレスでもない」中途半端な「興行」、
こんなもの、正直、見たくない。

 五十嵐伝はタイガーマスク、あるいは三沢光晴へ贈る物語だから
ジャーマンスープレックスを劇中に入れることがいいかもしれないが、
頭部のダメージを考えに入れたら特別な訓練をしないとできない技、
それをしないことが「プロフェッショナル」に対する「敬意」なのに、
NOAHにおける鈴木みのるはその「敬意」がない。
・・・たとえそれが「演劇」であったとしても。

 この「敬意」がないまま勝ち続けて、団体乗っ取ったら、
いつか、また洒落にならない「事故」が起きて「プロレス」は
本当に終わるだろう。

劇団tempa「ペンタゴンの侵入者」

福岡のガラパも凄いが、広島のtempaも凄い。

 「お客様をうまくもてなす」、そしてきっちりと
「演劇という技術」を体に叩き込む、という独自の「方法論」を
持っている、というふたつの点で福岡の「ガラパ」と
広島の「tempa」はものすごく似ている、というかおんなじだなぁ、
そんなことをここ数ヶ月考えている。

 ガラパは「ガラパサダーパス」という形で観劇コア層に
「伝播」(インフルエンス)の役割を分担させて、
新しいスタイルでの「広報」を確立させつつあるし、
tempaは広島県外から見に来た観客に「侵入免許証」なるものを
発行し、次と次の回の公演チケットの割引やら、何やらをするらしい。

 おまけに、地元のミニFMで持っている番組の中で
積極的に九州の劇団を紹介しているとのこと。

 「おいおい、そのネタはそこに入れていないぞ」というところまで
取り上げてしまっているからこそ、
「ここまで広げて、ありがたい」という思いが生まれ、
その思いがこっちも広島ネタを福岡・九州に伝播する策について
更に模索していかなければ。

 これが来年、自分の課題やね。

 そんなことを考えつつ、ハコの中に入って
「物語」の空気にまずは慣れてみることにする。

 今回は、白、白、白一色。
客席に今回は「劇団メール直販・1公演5席限定」で
「指定席」を設定するとのこと、どういう形で指定席を置くのか、
一度見てみようとしたら、自分が見た回は
どうやら、指定席を希望する人がいなかったようだ。
「○○様お席」という張り紙が特定の座席になかったし、
どう案内するのかわからないまま、考察の世界に戻る。

 表演空間はこの劇団がこの場所でやるときは
大体「外に向かって」、もしくは「外を活かして」という
作りをするのだが、今回は五角形などを場所の中央において、
その周りを客席で囲むことを選ばず、ガチの「シアタースタイル」を
あえて選んだ、そういう趣向になっている。

 この感じ、空気感を見て、自分はかつて見た
「アマヤドリ」という劇団が演った
「幸せはいつも小さくて、東京はそれよりも大きい」という演目を
うっかりと思い出していたら、もう本編が始まる。

 今流行の「シェアハウス」、その中には女が4人と男が1人、
空間の作りが「内に入る」感じで、ものすごく閉ざされていて、
「外への逃げ道」というものが演者の「外への」ではけ口を兼ねた
小さい扉一つだけ、その中でフォーメーション・ワークを使い
「閉ざされた人間関係」を一通り見せて、閉ざされた世界の外は
なにか尋常ではないことが起こっている、ということをそれとなく
指し示す序盤の流れ。

 全体の流れは「人生」そのもので実際に起こっている
行き違い(というか生き違い)と擦れ違い、そして勘違いを
「ガチの演劇」に落とし込んでいる。

 その「落とし込み具合」が「自立する」とはなんぞや?とか、
「同時進行」している「人生の諸々ごと」において、
何を「優先して」、どこに「集中させて」いくのか、
肯定もできない、否定もできない、けれどもつなげる準備はしなければ。

 結果、とにかく変化が必要になってきて、その「変化」が
どういうものなのか、具体化してどう動かしていくか、
というか私たちは「変え方」自体がわからない、という
「できない」怒り、「やらされている」怒り、「分からない」怒りを
抱えて「新しい波」を乗り越えようとしてる。

 ・・・そこには「快」と感じることを拒否してしまっている、
あるいは拒否してしまった重さが「存在」しているのだが。

 こんな「重さ」を見た目は軽くあっさりしながらも
深く踏み入れれば踏み入れるほどとても重厚。
重厚だからこそ「敵はわたしの外になく、わたしの中にいる」ということを
それとなく感じるように出来ていた。

劇団tempa「歌姫」

広島、という街はわたしを二度、涙させる。

 北芸の「北斎」から夜中にようやらやっと家に帰り着き、
ご飯を食べて、うだうだしていたらもう寝る時間。
翌日は早起きして博多バスターミナル、広島行きの高速バスに
乗り込んでうだうだとしていたらもう広島駅前。

 地下の食料品コーナーで食べ物を調達してまずは
マツダスタジアムまでゆるりと歩こうか。
・・・福岡ヤフオク!ドームだと食べ物を調達するのに一苦労、
その後に長い列を作ってバスにのるか、地下鉄に乗って
唐人町で降りてこれまた長くてだらだらした道を歩くか、
野球の試合を見る前からひどく疲れてしまうではないか。

 マツダスタジアムは道の途中にも美味しそうなものや
美味しそうな匂い、なんていうか「野球という祝祭」が
もうすぐ始まるよ、という空気に道中が満ち溢れているから
ストレス、というものがなく、いい気分で試合に入ることができる。

 そして今回は「生ビール飲放題付き指定A席3塁側」を
取ったものだから飲み放題用のビールサーバーの真下に
座席が用意されているではないか!!

 席について、荷物をおいて、コップ引換証をコップと軽いおつまみ、
そしてバンドを手首に巻きつけてまずは一杯、おかわりして
買ってきた食べ物とともに飲んで、食って、試合開始前のひとときを
過ごす、うん、これが良い週末の昼の使い方だ。

 それにしても「広島カープの歌」ってさんざん苦しい思いをして
何らかのところに辿り着いた、あるいは辿り着こうとする人々にとって
行ったことのある道のりと歌詞がピッタリとハマるものだから
不意に泣いてしまうではないか。

 そうしてある程度飲んで食って、試合に集中するともう演劇の時間だ。
こちとら完全に「出来上がった」状態でこれまた近いところに
東区民センターがあって、これが「泥酔」というものなのかと
足元をふらふらしながらなんとか客席に辿り着く。

 わたしのありとあらゆる感覚がおぼつかない、書く字までも
めちゃめちゃのぐちゃぐちゃだ、こうなったらもう「見ること」に集中だ。

 前置きがあまりにも長すぎた。

 このお話の元版は「東京セレソンデラックス」という劇団が
やっていて、一般的にはTOKIOの長瀬と相武紗季が出ている
テレビドラマとして知られているし、あの妊婦のお姉さんの役が
サタケミキオ・・・じゃなかった、セレソンデラックスの主宰
宅間孝行の今では「元」嫁となってしまった大河内奈々子が
演っていたのは軽いトリビア、としておこう。

 このテレビドラマがリアルにあった時、セレソンデラックス本体が
福岡で公演を打つとき、「仕切り」はXXかXXですよね?と(以下略。
その流れで「東京」ではなく「東宝セレソンデラックス」で一本見て、
福岡の後藤香という人が「くちづけ」という戯曲を自分が教えている
専門学校の生徒、卒業公演という形で演ったのも見た。

 セレソンデラックスの肝は「物語の本筋」を外しまくったところに
これでもか、と笑いを仕掛けてその「落差」で大きな感動を作る、
というところを完全に削りとってガチで「差別される側にも人生がある」
ことを見せていく作りにしてしまった。

 さて、おちさんは今回の「歌姫」をどう調理していくのだろう?

 結論から先に言うと、おちさん、遊びも、削ぎ取りも無しで
セレソンの「良さ」をガチで出しやがる。
昼間にマツダスタジアムでカーブの歌で散々泣かせて、
夜は近くの演劇でこれでもかと泣かせて。
・・・・まじずるいわ。

 というか、セレソン以上に寄り道に寄り道を重ねて
「不思議な人生の綾」にまで物語を作っちまった。

 時は戦争が終わって間もない、高知という四国でも
人里離れた場所にある県の更に県庁所在地からもっと離れた
町にある映画館、という場所がある。

 この映画館に集う町の人々はみんな「それぞれのペース」で
「わたしじしん」というものを生きている。
この場所に記憶をなくして流れ着いた「太郎」がいて、
「すず」という女の子は「太郎」を慕い、「太郎」も「すず」の
愛を真正面から受けて、いい関係を作れてはいた。
で、お互いがお互いを「大切な人」と思うようになるのが前半。

 後半は県庁所在地から「太郎」の義理の両親がやってきて、
「太郎」の記憶が蘇り、切ない別れと新しい命の誕生、
そして時代は流れて、また別の形で再会を果たす。

 映画そのものはポスターという形でしか見せないが
一味違う「ニュー・シネマパラダイス」という趣にも仕上がっている。

 いままでずっと自分のリズムとペースで「人生」を生きていて、
これからも生きていけるだろうというところに戦争がやってきて、
リズムとペースを崩されながらも命からがら生き延びて、
また自分のペースとリズムで人生を始めようとするが、
時代の流れ、というものは残酷で、なかなか取り戻せずにいる。
・・・そんな不器用さにわたしは涙するのです。

 さて、テレビドラマの「歌姫」のDVDセットと
「ニュー・シネマパラダイス」のDVD探して借りてこないとな。

F's company 「マチクイの諷(うた)」

人が産まれて、生きて、死ぬということ。

 ふたばがおもいっくそ「夜のお姉さん」を演ったらなんか凄いわ。
いや、まあ、そういう女の子と月一回楽しく飯を食べてお話する
機会があっていろいろな表情、というものを目の当たりにすると
ふたばがえげつないほど空気感まで見せていた、
特に「男に媚びる」ところと「正気に戻って自らを主張する」ところの
落差の見せ方が凄い。
ふたばも、ある程度金稼いだら中古のマンション買うのだろうな。
そんなことを考えつつ広島行きの新幹線。

 広島につき、駅の不便さに不満を感じ、タクシーのほうが
いいのだけれど、またスマホのアプリを使えなかったことに(以下略。
まあ、宿について、荷物を入れて、気がつけば触発されて飲んでいる。

 寝不足のまま、起きると外は雨が降っている。
風呂に入り、飯を食べ、外に出て、メガネ屋を確認し、
広島駅まででてマツダスタジアムの二軍戦に行くが、
当然中止、チームショップを覗き、フェンス越しに
グランドの様子を眺め、ものすごくレアなものばかりのショップに行き、
八丁堀に戻り、ますゐで久しぶりに飯、気がつけばお金で青くなる。

 本通方面に歩き、お金を少しだけ下ろして、ネカフェに
時間ギリギリまで立てこもることにする。
「喧嘩商売」とか「喧嘩稼業」をひと通り読み、なんだかんだしていると
もう時間だ、バスで慌てながらハコに向かう。

 今回はステージ上に客席と表演部をしつらえたわけか。
入った瞬間、去年指輪ホテルを見に直島に行った、
あの時の空気感がそのままに再現されていた。

 島の夜、それも夏の雨が降ったあとの夜って
ものすごく深くて、ものすごく静かなのだ。
開演、じゃなくて開場10分前に中止が決まり、大雨が降ったのは
その30分間だけ、本来の開演には完全に止んでいた。
なんか、「旅の終わり」と「旅の始まり」が重なる不思議な時間だ。

 不思議な時間を感じていたら、もう本編だ。
20年前に起こったある「エネルギー機関」で起こった爆発事故によって
「マチクイ」という人間が木になってしまう病気がある島で起こった。

 この病をめぐるいろいろな心のやりとりというものが物語の根っ子。
これがものすごくしっかりしているから、たくさんの問をしっかりもらう
仕掛けになっている。

 マチクイにかかって、完全に木になった父と周囲とのやりとりを
見れば見るほど、父がどこか遠くに行くぎりぎりの姿と妙に重なる。
人間、寝ているか、立っているか、その違いはあるけれど、
生きていることの「終わり」って徐々に「木」と同じようになる。
水、というか、氷しか口にできなくて、半分寝て、半分起きて、
聞いていないと思って話をしてもしっかり聞いていたりする。

 さらには、マチクイという病の元になった「爆発事故」は
もしかしたらわたしたちが死んだあとになってしまう
「みあれ」という巨大なエネルギーの塊を人工的に作って
我が物にしたい「欲」が生み出したのかもしれない。

 この「永遠エネルギー」のもととなるものが「ケガレ」というもので
この島の南に居る人間は、それを知らない間に「受け入れて」いた。
「生きていく」という覚悟とともに。
けれども、そのことを知らない北の人間は「ケガレ」を忌み、嫌っている。
・・・というか、「ケガレ」に対する北と南の「行き違い」、「勘違い」、
そして「すれ違い」がエネルギープラントの爆発で顕在化した。

 この様子を見て、 人間には「根無し草」という人種と、
そうでない人種が居るのだ。
そして、しゃべっていることばも、思っている思いも、
考えているすべてのこと、全てが違っていて、違っているから
お互いが噛み合わない。

 この噛み合わなさ、というものが「命を自然に還す」という
アタリマエのことを当たり前のようにする「妨げ」となっている。

 わたしたちが生きている自然、というものは
その場に居るもの全てに「立ち位置」と「立ち位置」に合わせた
「役割」という「仕事」がもうすでに用意されていて、これを果たすための
壮大な修行を知らないうちにもくもくとこなしている。

 この修行に対して他のものは何もできないし、手も出せない。
否、手を出してはいけない。
その決まりを破って手を出す輩に反発していたのだろう。

 けれども、ああいう形でマチクイを発病し、しかも初期、
これが「役割」なのだろう、という覚悟を持って島を出る。

 この「マチクイ」や「けしてきえないひ」のように
福田さんのテーマが「ケガレ」って何、元々人間は
「ケガレ」というものを背負ってこの世に生まれて、生きて、
死んでいるわけやん、なんでそれぞれ区別なんか、するん?
というものに貫かれているのだな。
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