劇団あおきりみかん 「発明王子と発明彼女」

人類最高かつ、最大の「発明」は「愛」だったとは。

 いや、まあ、もう大変です。
カムヰヤッセン見学後、久しぶりにあって話す人が多く、
初日乾杯に紛れ込んで色々と話、顔をつないで静かに
その場を離れ、かなり遅れて月イチデート。

 先週見学に行った「シラノ・ド・ベルジュラック」と
「素敵じゃないか」について「大切な人」と色々話し、その話題から
最近起こった仕事のことや、今までの人間関係、スマートフォンの使い方
おまけにグーグルの使い方などいつの間にか深いところまで。

 結論として、「もう、うしろは振り返らない、前しか見ない」と一致したところで
約束の時間が過ぎて、博多駅に「戻る」時間帯ではないから
おとなしく家に帰り、歯を磨き、風呂に入ってスカウティングレポートを
書きながらまんじりとしない夜を過ごし、時間になったから
博多バスセンターに向かう、本当は始発電車で行きたかったのだが。

 それから時間をうだうだと過ごして、6時45分博多発の高速バスで
宮崎に向かう、そこまで完全に寝ていないから座席に座ると
完全に落ちた、目が覚めるともう宮崎。

 駅前のバス停で降りて、まず向かうは「おぐらのチキン南蛮」。
一昨年の「演劇時空の旅・ファルスタッフ」終演後、
メディキットセンターから宮崎駅に向かい、B&Sつばめ、
自分が予約した便より一便早いのが止まっていたから
便変更を仕掛けようとしたが、うまくいかず、途方に暮れて
ウロウロしたら、ちょうど店を見つけ、夕食時の長い列に並ぶも、
間に合わない、ということでお預け食らったわけで。

 そういうこともあって、とにかくまっすぐ歩くと
ちょうど開店直後の「第一ロット」に間に合う。
かくして二年越しの宿願達成。
・・・鶏肉、しかも胸肉は飽きないねぇ、どんな料理にしても。

 まあ、時間もあるし、メディキットセンターまで歩くか。
まあ数回行くと歩いてでも辿り着くのはいいことだ。
橘通りをずんずん行き、角を曲がり、大学を見つける前に
鳥の炭火焼屋を見つけ、団子屋を反対車線に臨み、
あとは「花地蔵」という花屋を見つけるのみ、と
思ったらそれより前にたまたま出会ってしまった。

 うん、ここの鹿目さんとは去年の廿日市で出して受けて以来、
色々と気にして、気にされていて、文章面においてたくさんのヒントを貰った。
いま、わたしはその「教え」をわたしのからだに落としこんで
「身体言語」に合わせた作りなおしをやっているのかな。
そう考えれば、あの一年間、こりっちを離れて自分のメディアを作って
書き続けたことが多少なりとも良かったのだろう。

 そういう「歓び」を感じながらまたスカウティングレポートを書く。
書いて、頃良い時間になったので上に上がり、ハコの中に入る。

 ハコの中に入ったら、「演劇時空の旅」という企画というものが
あらゆる意味で恐ろしくお金がかかっていることがよくわかる
シンプルな客席の作りをしていた。

 客入れ音からある意味まったりまったりしていて
なんとも言えないところから気がつけば本編になだれ込む。
そのなだれ込み具合、と言い冒頭部の演者の登場具合といい、
「イリュージョン」というものが大変良く効いている。

 物語の肝は「男女の仲、というものの機微」。
この肝を現実なのか、それとも「妄想」なのか、
すごくあやふやな空気で見せつつ、ところどころに
「ご飯を作る、ご飯を食べる」というムーブを入れることで
「妄想」に傾きそうなところをぎりぎりの線で踏みとどまれるように
流れを作っている。

 味付けは童話の「幸せな王子」をベースにして
時折「ロボコップ」の「記憶を思い出す」ところを
混ぜあわせ、山場は「大鉄人17対18」で「男女の対立」を表現したところに
ジッタリンジンの「プレゼント」の歌詞を
「名古屋の有名デートスポット」に置き換えて、
「思い出が多すぎて深すぎる」ゆえの「街自体を破壊したい」願望が効いている。

 けれども、物語が進み過ぎると、「高次脳障害」を
負った人間の持つ「程よく出したいけれど、うまく出せない」感情、
MAX「しか」出せない不都合、そういうところまでじわじわ見せている。
さらに、この障害を引き起こした原因である「ドイツでの列車脱線事故」に
「遭遇した」ことを信じられない、信じたくない、という「混沌」、
素性もなにも知らない「他人」をある意味「助ける」ため
「代わり」に「生きる」ように仕向けた。
 そして「幸せ」な感覚を取り戻して「新しい人生」に踏み出させていく。
そんな「裏設定」まで見えてくる。

 これらのことを目の当たりにしたら
「わたしは、果たして他の誰かを幸せにできているか」という
問いをつきつけられているような気持ちになるではないか。

 それと同時に、「大切な人」と前の日、話したことが
じわりじわりと蘇って「まあ、幸せに少し出来ているからいいか」と
ものすごくこそばゆい気持ちになる見後感。
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カムヰヤッセン 「新説とりかへばや物語」

「役割」って一体何なんだ?
「立場」って一体何なんだ?


 昼に見た北九州芸術劇場「彼の地」から
抱えたぞわざわ感が止まらない。

 体中から湧き出る「なにか」が「震え」として出てきて、
これを人は「恐ろしい」というのか。

 たぶん、この演目が終わったあとに「大事な人」に合うこと、
そして翌日のあおきりみかん宮崎公演に行くために朝早くの高速バスに乗ること。
この2つの「単純だけれど、重要なこと」が重なって、さらには(以下略。

 表演空間に入り、客入れ音の落語囃子に「江戸時代の寄席小屋」は
こういう感じだったのかな、そんなことを考えつつ、
「見切り」の部分をきちんと囲ってものすごくぎゅっとした空間が
出来ていることに感心しながら、
それでいて、「シンプルに賑々しい」という空気を感じている。

 最近、わたしはビッグコミックオリジナルでは
尾瀬あきら作「どうらく息子」という落語漫画をよく読んでいる。
話の内容は「落語が好き」というか「落語に惹かれた」主人公が
「世間」というものを「落語」という「道具」を使って学び、たたかって
「居場所」を作っていく、というお話。

 読み始めて、最初らへんは「落語」を知る以前に「世間」を知らない
主人公の粗忽ぶりと「落語」という「話芸の戦場」で繰り広げられる
演者同士、演者と聞き手、その他いろいろなところで繰り広げられる
「凌ぎの削り合い」というものが息苦しくてある意味きつかった。

 その息苦しさというものとおなじ感覚が表演空間にあった。
この感覚をうっかり感じてしまうと手に力が入りすぎるのか、
もしくは手から力が抜けて、物をつかむことや書くことができない。

 あ、この感覚、去年の6月、演劇を見る前に中洲の場外車券売り場で
久しぶりにお金を打ち込んだレースを見た時、発走前に感じたやつとおんなじだ。
そうなったらヤバイからおとなしく板の上であることに集中しよう。

 集中すればするほど、よく練り上げられた「落語の高座」とはこういうものなのか。
「前説」からして「前座さん」がやるような塩梅で「空気」が動いているし、
その空気を舞台裏の「楽屋」の感覚まで移動している。

 お話の幹は古典の「とりかへばや物語」、
これを「新作落語」というものに「起こした」ことで始まった「化学変化」を
手を変え品を変えこれでもか、これでもか、と見せる、という趣。

 なんていうか、「女性優位」の世界と「男性優位」の世界が
同時並列に存在していて、あの乾物屋の兄妹がそれぞれの世界を
つないでは切り離し、つないでは切り離す。
つないでは切り離す度に「生態上」の現実が乗っかり、
あとなんだ、「人間」というものの「生きにくさ」というものが乗っかってくる。

 あれっ、これはジェンダーフリーやら役割と立場の話じゃないか。
そのことを感じると同時にわたしは「スタニスラフスキーくん」のことを
なんとなく思い出して、在る木曜日に起こった出来事に対して
板の上に在ることと混ぜあわせて反芻を始める。

 スタニスラフスキーくんは、どういう人生を生きて、
どういう事情で演劇を選び、どういう経緯でヨーロッパに渡り、
演劇を勉強してこの福岡に「流れ着いた」のか、まだまだわからない。

 わからないからスタニスラフスキー・システムと
「公立の演劇学校による俳優教育」とか要するに「他国のシステム」に
「固執」しているのか、はっきり言って理解できなかった。

 理解する以前にスタニスラフスキーくんは人間的にまずい。
まず、「自分」を懸命に伝えるに夢中で他者の話を聞かない、
聞こうとしない、これ、事を進めるにあたって一番まずいこと。

 わたし自身も、かつてそうだった。
だから「近親憎悪」的な感覚を持ってしまったのかな。
という認識を持って少し「武装解除」をする。

 武装解除をしたらその裏に隠れた「本音」というものが
ちょっと見えてきた。

 ああ、「立場」と「役割」というものに痛めつけられたのだな。
特に「日本社会」という奴は「立場」と「役割」というものを
病的に強要するんだよな。
この「病的」というものがあまりにもクセモノで、クセモノであるがゆえに
「人間」というものの「生きにくさ」というものが乗っかって大変だ。

 その「大変さ」に辟易して海を渡り、「異者」から「他者」へ
周囲との対応を「変換」する戦いを通り抜けてしまうと
「異なった」認識を手に入れることはできる。

 問題はこの異なった認識で「立場」と「役割」というものを
「システム」として「再定義」してしまうことで「システムの崇拝者」なのか、
はたまた「システムの奴隷」なのか訳の分からない態度をとりがちになる。
あなた達「日本人」は「立場や役割の崇拝者」とか「立場や役割の奴隷」だ。
そういった状況を脱すためには(以下ループ。

 このぐるぐる周りを断ち切るためにそれぞれが持っている
「大事なもの」を一つだけ「手放して」、自由になることで
何かが動くのかもしれない。

・・・お後がよろしいようで。

まじで凄い。

演劇・時空の旅 「シラノ・ド・ベルジュラック」

いろいろな意味で、「物語」は生きている。

 この演目の初演を見に宮崎に行った時が
一番幸せな時間だったのかもしれない。

木曜の夕方高速バスで宮崎に行って、
しかも「家畜運搬車」ではなく「フェニックス・プレミアム」だったし、
ホテルはマリックス、付属のサウナもなかなか良かった。

そうそう、食い物も良かったし、演目も「その後のこと」も良かった。
あ、そうだ、この遠征からツイッターはじめたんだった。

 色んな意味でエポックメイキングな旅だったな。
それから「わたし」という存在が広がることで範囲が広がり、
次の年は宮崎で時空の旅のち始発バスで福岡に戻り、
広島で見学、それまた次の年は千年王國で宮崎から
鹿児島、翌々週に宮崎日帰り、深夜に帰り着くと福岡は大雪。
去年はハンバーグ工場の仕事がめちゃめちゃで手配を
ひと月前にやった端からキャンセルしろと、まあわたしも悪いのだが。 

 それはさて置いて、初演時の表演空間は
普通のシアタースタイルでありながら、
全体的な奥行きの深さというものを
使って「古典」という「物語」と響き合わせる。
この響き合いから今回は更に「一筋縄ではいかない」空間の
「つくり」を仕掛けてきた。

 てか、この「演劇時空の旅」という企画自体がいろいろな演劇のトレンドを
取り入れて年ごとに「進化している」ということを強く感じてしまう。
故に、前シーズンの「日本人のへそ」を見逃してしまったことが正直、悔しい。

 さらに言えば、企画もそうだし、この企画に関わっていたすべての人々が
この企画を一時離れて過ごしてきた月日というものがよりよきものになっていた。
「より良き月日の積み重ね」というものを携えて、あるいは離れたとしても
「別の場所」でこれまた「より良き月日」を積み重ねている人々が
「より良き月日の積み重ね」というものを携えて、
また「旅」をするために「再集合」したことが今回の趣向。

 初演を見た時は「愛を奪った」ことに対する「贖罪」の物語を
「演じる」ために作られた「旅の一座」の一部始終と感じた。
多分、その頃はあらゆることがいい按配(と私が思い込んでいたこと)に
対してなかなかうまくいかねぇや、といういらだちを抱え、
「甲殻類」の苗字を持つ某ファッションモデルは何もかもを「手に入れやがる」、
けれども、わたしはその女どもが「たどり着いている」とされる「高み」に
届いているか、届いていないか全くわからなくて、荒涼たる気持ちだった。

 「別々の人生」という空間や演者からにじみ出ていたものが
さらに前から出来上がっていた空間と戯曲に加えられる、ということが
こんなにすごかったのか。

 さらには、「大事な人」が出来たこと、「演劇」というもので「居場所」が
少しずつ出来た、という「事実」があり、気がつけばそういう「荒涼たる気持ち」が
消えて、なくなっていたようだ、そういう時の流れがわたしにはあったことも。

 この2つが重なると「恋と愛」というものは本当に甘く、
切ないがゆえに人を惹きつける様子をまざまざと見せられると、
愛や恋の型は一つだけではなく星の数ほど存在してるのかもしれない。

 さらには何が幸せか、それぞれなのだ、というところまで行き着いてしまった。

 「大切な人」と毎月そういうことを話しているからこそ、いっしょに見たかった。
・・・なのに現実は風邪で寝込んで、それどころではない現実。

北九州芸術劇場 「彼の地」

北九州市というものが丸のまま板の上にある。

 そういえば、「私と北九州」って、「私と福岡」よりも結構長い関係だ。

 というか、母方の実家が北九州にあって、大分中津にある父方の実家と
セットで年末年始、そしてお盆とよく長期間行った、というか、
わたしにとっての「九州」は「福岡」と「大分」、この2つだけだった。

 ものすごく小さい時には小倉の到津ら近辺、すこし大きくなると
戸畑の浅生通り、それから戸畑の牧山、大学は八幡の枝光と平野、
なんだかんだあって演劇でまた枝光に戻り、その他いろいろなところで
「生きて」居たんだな、そんなことを開演前じわじわと思い出す。

 それくらい、表演空間というものがものすごく「立体的」で
戸畑か、黒崎の工場群が頭のなかにふと蘇り、黒崎の化学工場の
煙突からもくもくと出るあの「酸っぱい」匂いまで、とは言い過ぎか。
おまけに、客入れ音からして見手をズブリ、ズブリと「物語」に
入り込ませる、というか染み込ませる空気ができていた。

 空気を十分作った上で「白一色」で演者が表演空間に入り、
ただ一人、「色を持った異質な存在」が最後に入ると本編が始まる。

 人はみな「異者」から始まる、といえば少し語弊があるな、
それよりも「認識レベル」というものを少し下げて「他者」から始まる、
としたほうがまあ、妥当なのかもしれない。

 生活の縮図、即ち「居場所を探し、見つけ、生きていく」という
たくさんの断片をここまで正確に「演劇」という「身体言語」というものに
落とし込まれると「他の場所」から全く「予備知識」のない状態で
「ある場所」にやってきた、というか放り込まれた時の半端ないアウェイ感と
派生する「言いようのない不安」がじわりじわりと蘇ってきて
正直、別の意味で恐ろしい。

 結局、わたしは「何か」を知らないうちに「諦めた」ことで
わたしの「立ち位置」というものを見つけて、その「立ち位置」に
「存在」して「何かを為す」ことで「わたし」がわたしに為っていて、
また、より良き月日の積み重ねを重ねようとしている。
ただ、これらの「現実」と「事実」のみが「居場所」としてそこに在るのだ。

 これらの過程には少しの受容とたくさんの「拒絶」の中で感じる
「痛い」、「苦しい」、「辛い」、そして「うれしい」、というものがあって、
更には様々な「立場」や「役割」がグルグルと入れ替わり、立ちかわり
動いて、流れ回っている様はまさしく「繋がり」というものになってしまう。

 「繋がり」というものを「人の営み」に重ねると不思議にじわじわくる見後感。

 さらに言えば、演者それぞれが今まで使ったことのない「帯域」を
「敢えて」使うように仕向けられていて、ものすごく新鮮だった。
特に高山力造のなんとも言えない味を持ったおっさんとか、
脇内さんの中性的な感じ、タダに北九州弁を喋らせると
親戚のお姉さんだったのか、という発見などいろいろ。

 丸井、再来年には博多駅隣にできるぞ。
・・・なぁに、新幹線でほんの15分だ。

rawworks 「素敵じゃないか」 福岡公演

「転換期」を「生きている」わたし。

 「転換期」自体の出来事や程度にそれぞれ違いはあるが。

 去年辺りからわたしとわたしを取り巻く人々に
「転換期」というものが訪れているようだ。
その様子を開演前から見せつけられる、とはこのことか。
少しづつ「終わり」というものはやってきて、
「はじまり」もまた少しづつやってくる。
「くやしくて、かなしい」空気感と一緒に。

 まずはフェイスブックでチラホラと聞いていたが、
きたっちが「ふっくら」としてた、うん、気が付かなかった。
わたしが開演前、変な疲弊感を抱えていたからだろうか?

 にしても、心と体が動かない。
チケットをピックアップしよう、買ってきたお菓子を渡そう、と
思っても、実際に動かない、否、動けない。
少し様子をうかがい、座り、またうかがい、座る。
座ると心と体が沈んで、どうしようも出来ない。

 お菓子で思い出した、さかせ氏と約束してた黒船の「ロロロ」という菓子が
きょうは売り切れなのか、土曜、日曜、祝日には売っていないのか
よくわからないが、黒船のカステララスクになってしまった。
・・・澄まない、けれどもロロロは日持ちがしないお菓子だから
その点を考慮するとそれはそれでよかったかな。

 こういうことを考えているとチケットのピックアップ兼入場が
始まって、流れでいつもお世話になっている人と一緒に座ることに。
・・・そういえば、枝光での初演時、この人も同じ回に行ったっけ。
自分は終演後大急ぎで北九州空港に向かい、東京に行ったんだよ。
ゴジゲンのモンちゃんと、あとなんだっけ、震災前の東京だった。

 さらには近況報告に絡めつつ「あのこと」の一部始終を話した。
一応、そうなるかも、とは言っているけれど、顛末が良くわからないのです。
わたしがこりっち再開した時、そういう人たちの痕跡は消えていて、
激しく攻撃していた人はぱったりと現場に足を運んでいない、というか、姿を見ない。

 そういったある種の「諦念」を抱えながら枝光でも、熊本でも
この物語を「見ていた」、けれども「現実」と「物語」が絡んで混ざって
「迫っていた」のが枝光と熊本、絡んで混ざった結果を「物語」として
「眺めていた」のがここ福岡だったのかもしれない。

 この「現実」と「物語」が絡んで混ざって、行き着く先は
「子供が出来なかったけれど、心がつながっていこうとする」夫婦と
「うっかり子供が出来たがゆえに心が離れてしまおうとする」夫婦の
「春夏秋冬」、それを「ことば」に頼らず、「身体言語」との絶妙のバランスで
見せていくところにまで「演劇」の質を高めている。

 わたしは福岡公演、冒頭部、さかせ氏がベランダの草花に
「水をやる」身体言語を「見せた」瞬間、わたしは「大切な人」と
「籍を入れて一緒に暮らす」ところにまで
まだまだ辿り着いていない、でも何とか繋がっている。
このことに対する「不甲斐なさ」なのかなんなのかわからない
感情をふと思い出し、気が付かないうちに涙が出た。

 こういうふうに「籍を入れて一緒に暮らす」事ができる、ということも
実はものすごく幸せなことなのかもしれない。
このご時世、経済的な問題から派生して「籍を入れて一緒に暮らす」ことすら
ままならない状況にいる「ふたり」なんてたくさんいる、更には様々な
「社会的タブー」によってそういうことすら許されない「ふたり」だって存在する。

 そんなことをある出来事のどさくさ紛れにさる人に喋ったら
「ことばや法律に頼らない、精神の愛を貫いているよね」とか言われた。

 けれど、正直、「ことばと法律に頼る、結婚という愛の表現手段」を使えたら
どんなに楽か、「精神の愛」を貫く時間が長ければ
長いほど訳がわからなくなってしまう。

 こういうしんどい時間を生きているからこそ、「子供ができる、できない」とか
「子供ができた、どうしよう」というところにまで辿りつけない、
その一つ前、「結婚できるか、できないか」という壁の前で
立ちすくんでいるわたしという存在が物語の中に見えた。
故に、「子どもという他人」を持つ「わたし」という姿までも想像できない。

 なんか、この演目を見る、ということは
「わたしの内面」を「吐き出す」作業をすると
同時に「わたし」を取り戻す作業をしているようで、
あとからじわじわと来るのです。

演劇企画室ベクトル 「頭痛肩こり樋口一葉」

人生をもう少し生きてみよう、
足掻いてみよう、作ってみよう。


 本当は、高知の演劇大学の帰りに東区民センターに
寄って、この公演のチケットをピックアップすればよかったのだが。
現実は、福岡に帰ってからの用事があまりにもタイトすぎて
広島駅について、ご飯を食べたりする余裕のある新幹線に
乗らなければいけないわけで。

 それにしても、駅裏のアーバインは一度入ると
外にでることが億劫になる。
会員になれば、22時からだが大浴場が使える。
一階のラウンジではお茶やコーヒーなどの
ドリンクバーがある、部屋もまあ、家にいるような感じだ。

 新幹線口のむさしで弁当買って、コンビニで足りないものを買って、
ご飯を食べて、部屋でスカウティングレポートを上げて、
テレビで酒場放浪記を見て、眠くなったから寝る。
・・・お酒はほんの少し。

 うーん、外で美味しいもの食べて、お酒飲んだくれたいのだが
そんなことをするとてきめんに翌日の感覚の悪さにつながってしまう。
頭重くて思考の網がうまく張れなくなるし、胃腸、肝腎が
弱ってしまうからうまくご飯が食べられない、特に朝。
お金使って自分で自分を悪くするのはあまりよろしくない。

 そういう状況を抜けることができて、まあ何より。
無印良品の場所も探し、スカウティングメモ用のノートを買い、
久しぶりにユニクロ行ったり、ヤマダ電機でヘッドホン探したり
広島駅までそろそろと散歩して結局東区民センターまで歩く。

 表演空間に入るとまずは客入れ音に驚く。
そこにある空間は井上ひさしの空気そのもの、
流れている音は大滝詠一、あの空間で「カナリア諸島にて」が
掛かってしまうとこのふたつの「混ざり具合」に唸らされる。

 そして、本編が始まると「テアトルハカタ」という
「ガチの博多演劇」のような技量で
これまた福岡のマニアック先生シアターというところの
持っている「若いけれど円熟味のある雰囲気」が程よく混ざり、
さらには広島の知的な空気で井上ひさしを演ると
難しいことをやさしく、という物語が更にわかりやすい、
というかやさしくなっている。

 やさしくしてみたら、「樋口一葉」って、いったいぜんたい何なんだろう?
「五千円札」の人、とはいうけれど、どんな文学作品を書いて、
どういう世界観をわたしたちに「提示」したからそこまでになったのだろう。
まず、そういう疑問がじわじわと湧いてきて、ここにオリンピックや
いわゆる「国際舞台」という状況になるといつも思う「日本人」とは
いったいぜんたい何なんだろう、という問いがじわじわ湧いてくる。

 この問を「樋口一葉とその家族」と「お盆という行事」という視点で
「もしかしたら、こんなことかもしれない、あるいは」という流れで見せるのが
前半、途中休憩を入れて後半は「生と死の混淆」と「因果の糸」に
翻弄されて「思うようにならない」ことを「苦」というのだ、とまとめていく。

 本当に人それぞれの「生き様」って、どこでどう転ぶかわからない。
なんの因果かわからないが人には「生まれながらの勝者」という
「役割」なのか「存在」が居て、そいつらは半永久的に勝ち続ける。
逆に「生まれながらの敗者」という「役割」なのか「存在」もいる。
まあ、人の生きざま、というもののほとんどは「ほんの少し」だけ「勝って」、
あとの残りは「引き分け」と「負け」なのだが。

 そう考えると「運・不運」なんてあまり軽々しく言えない。
「運・不運」という言葉を使えば使うほど使っている人間の
底の薄さが良くわかる訳で。

 さらに言えば人はみんな、それぞれが持っている
「良心」というものに甘えて、つけ込んで周りの人間を
「食い物」にして生きているのかもしれないわけで、
これらの「共食い」や「弱肉強食」の生存状況に
振り回される人間の弱さや哀れさを「女性」という
「弱者」の観点から物語を作ったのが樋口一葉だった。

 ここに行き着くと「人は人を食べて生きていかなくてはいけない」のか、
それとも、「人は人を助けあって生きていかなければいけない」のか、
ここから派生して「学問」というものは「人を食い物」にするための
「わざ」と「すべ」なのか、はたまた「人を助ける」ための
「わざ」と「すべ」なのか、もっと言えば「役割」や「立場」は
「現世」の間では「半永久的」に固定されてしまうのか、
大きく変動することができるのか、突き詰めれば「全て」は
「永遠」なのか「一瞬」なのか、生きているうちにはわからないことだらけ
ということに気がついてしまう。

 こんなことを気づかせるためにわたしたちは「苦」というものを
嘗めなければいけないのか、そしてこの嘗めた「苦」というものが
「人生」と「文」を育て、その人生を削るようにして文を書き上げたのか。
・・・なんか、ものすごく深い、深すぎる。

三者三様の「走れメロス」。

「演劇」と「格闘技」、もしくは「陸上競技」の合いの子。

 このスタイルを使っていつものようにこのおはなしについて語られてきた
「友情」や「真実」と「正義」というテーマをあっさりと飛び越えて
「人生の艱難辛苦」というものとしてお話を捉えて、
このことをとても美しく哲学的に演劇で表現しやがった。

 人間って、男って、元々は臆病で、怠け者で、
そのくせよりすごく、よりすごくと刺激を求めたがる。
けれど、何もできない、なんの役にも立っていないことを
見せつけられると自分はなんて大馬鹿野郎なんだ、と情けなくなる。

 で、以前より雰囲気悪いな、と感じて聞いてみると
理不尽なことがあって、その理不尽に対して激怒して、
友達を人質という「担保」にして、普通ならできそうもない事を
引き受けて、今生の別れかもしれないと妹の式を挙げさせて、
雨降る中を走り始める。

 濁流に尻込みしながらも覚悟を決めて何とか乗り越え、
山賊の群れをかき分け、かき分け、疲れはてて心が折れそうになるが
魂の泉に湧いた水を飲み、力を取り戻して動かない足を両の手で
掴んでむりやりにでも歩みを取り戻して、少しでも早くたどり着くために
身ぐるみ全部剥いで、あらゆる他者の思惑にも負けず、できそうもない事を
気がつけば、いつの間にか成し得ていた。

 この一部始終を力のある「身体言語」で見せつけられると
なんだか「人間の一生に振りかかる艱難辛苦」というものを
どう乗り越えて新しい人生を手に入れるか、そのすべてが
これでもか、これでもか、と詰まっていて、さらに踏み込めば
その裏にある「恐ろしいもの」に触れてしまいそうなほど
一つ一つが美しい。

 そして、なりふり構わず何かを成し得た姿を我に返って見ると
こっ恥ずかしいが、なし得る前のわたしとは違う感情がそこにはあった。

とにかく、両方の足を前後に動かしさえすればすべてが動く。

そういった「物語の肝」をどう表現したか、見てみよう。

福岡市文化芸術振興財団「走れメロス」

 初番目物はパピオという地下にある広めの稽古場に足場を組んで
用意周到に箱の中へ入るところから仕掛けを作り、入り口をくぐり抜けたら
そこは演劇というリングなのか、それとも人生という山あり、谷ありなのか、
その様子を上から覗き見る、という趣向。

 なんていうか、スターライトエクスプレス、もしくはベストアメニティスタジアム
上層スタンド最前列、転落防止用フェンスが恐ろしく低い感じの空間。

 その場所に野郎どもが横になっていて、まあなんとも言えない。
そのなんとも言えないところからAKB48の「ヘビーローテーション」を
使ったコーディネーションぶちかまされたらこれだけで度肝抜かれる。

 度肝を抜いたあとはただひたすらに「メロスは何故走り続けたのか」
ということをいろいろな角度から繰り返し、繰り返し丁寧に、丹念に見せ続けている。

 この姿を見て、また新しいメロスが別の「艱難辛苦」というものに
挑んでいく、人間の歴史はその繰り返しなんだろう。

福岡市文化芸術振興財団 インターナショナル版

 初番目物があまりにも先鋭的でやる場所を選んでしまう作りだったため
普通の「小劇場」の寸法に合わせて人生の艱難辛苦と強さ、弱さ、
その他もろもろごとを60分に圧縮、濃縮するとこうなるのか。
まるで宗教画のような味わい。

 というか、クリスマスの時期に教会に作ってある
どういう名前かよくわからないが、ある置物のような質感と
見後感だった。

坂口修一 「走れメロス」

 初手から持って行かれた。
というか、自分が間に合うギリギリで新幹線に乗り、広島にたどり着き、
宿に入って、ハコに辿り着いたら演者がまったりと場を温めている。

 ・・・どうやら「巻き込み型」の演劇らしく、そのセグメントに関する段取りを
これまたまったりと進めて、「メロスは、激怒した」という冒頭の一文から
スイッチが入り、怒涛の勢いで「人生は艱難辛苦の連続だ」という物語が始まった。

 いや、まあ、引き出しの多さがすごいから、
普通にやれば重くて、硬いものをこんなにも「柔らかく」、
そして「楽しく」やれるのかもしれない。
というか、ある意味、「走れメロス」という「漫才」の演目になっていて、
この「漫才」をこの場所特有の「中と外が一体化出来る空間」で
やっているからシンプルに物語が入ってくる。

 故に、メロスの行動を通して人が持つ「素晴らしさ」も見えるし、
反対に人が持つ「醜さ」までもよく見える。
このふたつを体現し、さらには「信じる」という力を発揮したことで
メロスは「勇者」となった。

 ・・・フレディ・マーキュリーの「マーキュリーズ・マジック」とは
こういうものなのか、という見後感。

同じ物語というものを違う味付けでやると少しずつ違うものだな。

演劇ユニットそめごころ 「赤鬼」

「生きるために人の肉を食べる」から「ひとでなし」?
「生きるために嘘をつく」から「ひとでなし」?


  結論から先にいう。
・・・こういう野田秀樹戯曲の「表現方法」もアリだ。

 実を言うと、土曜昼の部に行くよう手配をしていた。
けれども、金曜日の夜からあまりにも眠り込みがひどくて、
おまけに外に出るしたくをだらだらするものだから
夕方に変更せざるを得ない状況に。

 というわけで戸畑で電車を降りて枝光アイアンまで
とめどなく歩き、ジョイフルでご飯を食べ、
商店街の休憩スペースで寒さをしのぎながら時間をつぶす。

 本当にのこされさんは色々なつながり、というか
「縁」というものをわたしと枝光に残してくれて、ほんとうに有難い。
この繋がりがなければ、わたしはどう時間を潰せばいいかわからないし、
もしかしたらこの街を訪れることがなかったのかもしれない。

 そんなことを考えながらハコの中に入り、表演空間に入る。
・・・こういうアイアンシアターの使い方もありやね。
というか、野田秀樹戯曲を「子宮」のような空間で表現することが
正直、すごいと思います。

 「子宮」のようなものすごくこだわった空間が
「人生」というものがえらく凝り固まっているなぁ、と
思わせる感じに仕上がってなんか一筋縄ではいかない空気が。

 一筋縄ではいかない空気と私のコンディションの悪さが重なって
なんとも言えない状態で物語の中に入る。
あ、野田秀樹戯曲の肝である「身体言語」を補うように
「ことば」がうまく入っている模様。
まあ、強いて言えばもう少し体が滑らかに動けば言うことないのだが。
高都さんのトレーニングキャンプでしこたまやられて、
こないだの高知では敢えていかなかったわたしが言うことではないが。

 このお話は「わたし」と「他者」と「異者」の関係性における
「わかり会えない」切なさがこれでもかと盛り込まれていたのだな。
まず、板の上に存在している4人がそれぞれ、「普通の世界」では
「異者」と呼ばれている存在だったわけで。

 まず、「発達」というものが遅れている、という意味での「異者」、
「嘘を簡単につく」という意味での「異者」、「売春」を生業としている
という意味での「異者」、そして「赤鬼」という「異者」。

 それぞれの「異者」がそれぞれの「違い」を理解したり、
拒絶したりしながら「関係性」というものを作って「異者」から
「他者」に変化させる様子とより大きな「集団」という
「異者」から拒絶され、排除される様子がよく砥がれている
夢の遊眠社や野田地図のような重さはないが、
鋭い切れ味で表現されている。

 わたしたちは生きなければならない、ということは
わかってはいるけれど、その「生きる」ということを
実行するための「手段」について若干の「こだわり」と
いうものがあるのかもしれない。

 そのこだわりがあるが故に、わたしたちは「知恵遅れ」や
「精神障がい」、「発達障がい」、または「詐欺師」、「売春婦」、
そして「外国人」というものに対して「憤怒」と「憎悪」を以って
対応し、排除している、という現実まで見せている。

 こんな「閉鎖的」な場所から逃げ出そうとするけれど、
それぞれがそれぞれを深いところで「助ける」ことができず、
結果、遭難して元の閉鎖的な場所に戻り、「思い知らされて」
すべてを諦めてしまうか、「諦め」を超えて死ぬことを選ぶか。

 「生きる」ことを選ぶか、「死ぬ」ことを選ぶか、
毎日、毎日、わたしたちはこの選択をつきつけられている。

WET BLANKET 「藤の花」

 正直、驚いた。
「あっけにとられる」とはこのことか。
熊本のワンツーワークスを泊まりではなく、最終でもいいから日帰りで帰る
日程にしたのもWETを昼日程にしたから。
そうすることで日の高い内に家に帰ることができて
きちんと体を休めることができる。

 まあ、最終の高速バスには乗ることができたが
バスと電車の接続がうまくいかず、 家に帰り着いたのが夜中の2時、
寝たのが3時、起きたらもう9時半、
一週間の変な疲労を少し残したまま家を出てぽんプラザに向かう。  

何なんだろう?尋常ではない空気が。
エレベーターを降りてピックしようとしたらさらに尋常じゃない。
いつものように「早く来すぎたか」と2階のオフィスに
戻ろうとするが 引き止められる。

 ・・・出演者の一部に体調不良が出て、昼の部、公演中止だって。
とにかく夜の部に無料で振り替えてくれるようで申し訳ない。
じぶん、WETの公演を2本体調不良でスカウティング飛ばしてしまった。
そういう前科があるから余計に申し訳ない。

 というわけで隣のウェルビーでお風呂に入って、
パソコンブースで スカウティングレポートを書き、
漫画を読んで時間をつぶす。
期せずして疲労感、というものを取ることができて何より。

 時間になって、チケットをピックして何かしか食って、
中に入ると表演空間のあまりにもえげつない作り、
始まるとさらにこの空間をえげつなくフルに使っていることに驚く。

 今までのWETより高いレベルのフィジカルで「語る」身体言語とはこのことか。
これを何日間かフルでやっていたら大変なことになるわな。

 お話の肝は今、某国営放送の大河ドラマ、年末近くで語られるかもしれない
福岡という街の「はじまりの物語」にウェストサイド物語と
レジスタンス運動を隠し味にした趣。
「黒田藩」の武士と農民たちの対立が「ジェット団」と
「シャーク団」の対立を思わせる作りに なっていて、
そこに恋物語が入り、すべての「業」を背負って
「喜んで身を捨てる」存在があり、
さらにはみんながうすうす気づいていた「あのこと」まで盛り込んでいる。

 やっぱり、徳川の「分断政策」をのらりくらりとかわすためのやり方だったか。

 福岡って、自由でフラットだった、
それがなにより証拠には 「流血の事態」を避けて、
対立した存在を「平和的に融合」させることができた。

こういう「街の持つストロングポイント」を
どうして消されてしまったのだろう。
多分、「偽札」事件から弱み握られて、
産業革命で土地と人と宝を奪われてだったのか。

こういう「一念蜂起」を促す物語をやられると、心に火がつくじゃないか。

劇団ワンツーワークス「生まれた理由」

産まれたから、生きるしかないやね。

 今週も、また熊本。
ゆえに新幹線の手配をぎりぎりまで伸ばしてしまう。

さらにいえば、帰り、終わってすぐ福岡に帰るか、熊本に残って
翌朝帰るか、新幹線にするか高速バスにするか何も決めていない。
というか、もしかしたら公演間に合わないかも、という危険まで抱えている。

 現実は木曜の芸工大での講座から仕事でくたくたの出し殻になった体を
引きずって何とか新幹線に乗り、うまく乗換えが利いて水前寺。

 最近、父が死んだことや、田坂さんの結婚、こやなぎの「できちゃった」、
札幌橋口さんのこれまた「できちゃった」、
ついでに言えば私と「大切な人」との関係というように
この半年、いろんな「産まれて、生きて、死んで」という出来事が多すぎた。
おめでたい、と思うと同時にものすごい「せつなさ」と
いうものまで受け取ってしまう、正直複雑だった。

 「言葉」や「法律」に頼る「結びつき」のほうが
いろんな意味で楽なことはわかっている。
けれども、けれども・・・それに続く言葉をこらえるしかない。

 それにしても、客入れ音のカーペンターズ、心のやわらかいところに染み渡る。
心地よい音が心に染み渡ると同時に前説が始まり、気がつけば物語に入っている。

  「産まれる」ことを通じて「いま、私が生きている世界」が
板の上にありありと存在していた。というか、「産まれる」という
「はじめの一歩」というものを通してその「行為」をする人々が
いったいぜんたいどんな道を歩いてきたか、手にとるようにわかってしまう。

  ゆえに、これらの「集合体」として日本という国の
「現実」もしくは「現状」まで知ることになる。

 みんな、「産みたい」と考えて、思っている、これは「人間」というものの習性だ。
 しかも、私たちが「動物」に近くなっていたころは
「自然の成り行き」に任せていたら、 そうなるようにできていたのかもしれない。
  
 けれども、第二次世界大戦が終わると同時に
私たちは「動物」から離れ、「自然」を「包摂」することをやめ、
「拒絶」するようになり、近代化と利益としての
「経済的」、あるいは「物質的」な豊かさを手に入れた。

 これらの豊かさを手に入れた代償として
社会は高度に「複雑化」、「制度化」されて
「人」は「ヒト」ではなく「モノ」となり、もうどうでもよくなって
ある意味やったもん勝ち、悪く言えば「やけくその投げやり」になってしまっている。

 そうなってしまった時代において、「少子高齢化」というものは必然なものなのか。
「育児休暇」だとか、「子供を産み育てながら自己実現」だとか、
「理想」というものが本当のところは「焼け石に水」で
どうにもならないところにまで私たちは追い詰められているのかも。

 こんなことを私の生まれて、生きてきた「時間」というものと重ねて見てみると
ものすごく重たいし、他者のいろいろな「重い」思いまで乗っかってくるから
一つ一つのエピソードが生々しい。
生々しいから、いろんな感情がまぜこぜになっている。

 わたしたちは「生きている」ということを選んでいるだろうし、
あるいは局面しだいで「死ぬこと」すらも選んでいるかもしれない。
正直、私にとって「今」がベストの人生なのか、そうなのかわからない。
けれども、産まれたから、生きていくしかない。
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