グレコローマンスタイル 「晴レタラ、見エル。~ぼくがBUSANであれでして~」

演劇も人生もとにかく粘れ!

 とうとう、福岡で、しかもほぼ公共の場所で
韓国釜山の地図、というものを見る時代がやってきた。
・・・しかも日本で印刷されたものが。

 もう、福岡と釜山は「共存共栄」せざるを得ない、
そういう「立ち位置」に立っているのかな、こんなことを思い知らされる。
だとしたら、「共存共栄」には多少のトラブルはつきもので、
これらのトラブルを「和らげる」存在、というか「緩衝体」を
作らなければいけないのかな。

 正直、「演劇」というもので起こりうるすべてのことについて
「飲み込んで」立ち向かう覚悟、というものは
こないだの城崎温泉の4日間で十分感じて、背負ってきた。

 けれども、「演劇以外」で起こった「出来事」に関しては
それらがあまりにもややこしすぎてまともに付き合うと
どうにもならない、がだ、そうなった以上はやらなくてはいけない、
そのやり方が分からなくて途方に暮れるけれど。

 そんなことを感じているともう本編だ。

 シェアハウス、というか、マンションを区分けしたところに
福岡から釜山に「演劇」を作りにやってきた「演劇人」と
それを受け入れる釜山のプロモーターのやりとり。

 福岡から釜山に行く交通手段で一番安い「カメリアライン」という
「貨客船」で感じた「間の違い」から気がつけば釜山の空気に
見手が引っ張り込まれていく。

 「ひとりでいると孤独感、ふたりいたら劣等感、
 さんにん寄れば疎外感」というやつをわたしたちは抱えている。
この思いと釜山の人達が持つかもしれない
「ひとりでいるのは寂しくて、ふたりになればボケて突っ込み、
 さんにん寄ればかしましい」というものが対比して効いている。

 この「対比」というものを素直に見て、感じたことを
「演劇」という「身体言語」で表現しないと気がすまない
「演劇人」の「性」があり、ここにひとりの「何らかの事情」で
「演じる」ということの自身をなくしたという状態から「再起」を
図ろうとする女優と彼女を利用して自分のポジションを上げようとする
プロモーターの三者三様がまず存在している。

 この「三者三様」の「立場」が生み出す「すれ違い」があり、
日本と韓国という顔も体も食べ物もそしてことばも
少しずつおんなじで少しづつ違う、この文化の「勘違い」というものが
最初、「反発心」という形で現れたけれど、「演劇を作る」という
ひとつの目的に向かうことで「勘違い」を徐々に滑らかにしていく。
滑らかにすると「反発心」は「同志感」へと変化してしまう。

 あれっ、男女の「すれ違い」と病がどうのこうのという
エピソードを除いたら、なにかわたしに突き刺さるところがある。
・・・こういう戯曲をわたしも城崎温泉劇作家大会のワークで4日間、
うんうん言いながらチームで粘って書いた、短いけれど
「終わり」が付いた作品を。

 そういえば、おんなじ「日本」というところに生まれていても
「東のほう」と「西の方」では「考え方のベース」は大きく違うし、
個々人を突き詰めていけば、「生まれてきた場所」、
「育ってきた状況」それぞれの違い、というものがものすごく違う。

 この「ものすごい」違いと違いから生じてくる「問題」や「課題」を
そこにいるすべてがシンプルに「開示」して、「共有」する、
「開示」して「共有」した結果を一処にまとめる。
その作業の中で「現時点でのわたし」というものがわかり、
「現時点でのわたしには一体何ができる」から
「できることでやれる役割、立ち位置」を見つけ、見つけたら
とこのとことんまで粘って、やり切る。
そして生まれた結果を振り返り、反省し、次に繋げる。
・・・この繰り返しなんだな。

 故に、「勘違い」は「違い」となり、「違い」は「個性」となって
お互いがお互いを「分かり合う」ためのきっかけとなる。

 なるほど、グレコと釜山がやってきた流れを平田オリザと青年団は
さらにスマートに、手慣れた形でやるのだな、
人はそれを「ハイエンド」の演劇と呼んでいるのだろう。
対してこれは少しだけ幅のある「ミドルエンド」というか、
「ローエンド」の演劇というのだろう。

 まあ、そういうことはさておいて、わたしたちは今まで
「才能」とか「努力」とか「現在の実力」だとか「行動しろ」だとか
ありとあらゆる「ことば」に逃げてるよ、逃げて今そこに在る状況に
真正面から向き合わず、向き合って粘りきって、
やり切る事ができなかったよね。
でも、「次」はないかもしれないよ、やり切らなかったら。
立ち向かって、やり切ることで「次」は生まれるんだよ。
そんなことを改めて受け取った。
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日本劇作家大会2014豊岡大会

たくさんの「旅」の始まり。

 ここ数ヶ月、ここ数週間、そしてここ数日、
いつも頭の片隅の中にとどまっていたことがある。
「そういえば、演劇というものをわざとすべとして
 使い始めて、ちょうど干支が一周りしていた」という事実。

 あの時はちょうど2002年の日韓共催W杯、
今世紀初で最後のお祭り騒ぎを楽しみながらも
なぜか、「居場所のなさ」というものを感じていたし、
いままでの「人生」が壊れて、仕事も、お金も亡くした。

 人生が壊れると心もあっけなく壊れるんだな。
壊れすぎて何を一体やっているのかわからなくなる。
分からないから自棄のやんぱちで自分で自分をひどくする。

 酷い自分で「文章」使って表現しても、なんかままならない。
もしかしたら「からだに喋らせたほうがいいのかも」と
職安のチラシに刺さっていた「福岡舞台計画」の案内を見、
その次の年、ホークスとタイガースの日本シリーズ第七戦を
横目に見て、わたしは演劇というものを始めた。

 それからみんなで作品作って、次第にからだでしゃべることが
できるようになり、どうすればもっと良くなるだろうと
他の劇団や、表現を見に行くようになり、見た「結果」を
自分の中で咀嚼して、吸収できるように「文章」を書き始め、
まだあの時はマヤ北島氏の「漂流画報」というものが
存在していたから自分なりにおとなしくはしていた。

 で、福岡演劇フェスティバルが始まり、マヤ北島氏が
いつの間にか「いなくなって」いて、時を同じくして
「こりっち」というものができて、気がつけばここにいた。

 確実性を上げるために熊本でリーディングのトレーニングをし、
そうなったら演出のことも、さらには劇作のことも、
そこまでやらなければ、「スカウティングレポート」は
書けない、というところにまでたどり着き、
さらには立ちたくもない矢面に立たされ、結果「作ったもの」を
一度捨てて、また「新しく」作りなおして、去年夏の日田から
大阪、直島でひとつの「区切り」がついたのかな。

 さて、「区切り」がつけば、「あたらしい段階」をどう進むか
考えなければいけない、というか、「あたらしい段階」は
どのような「形」をしていてどれくらい険しくて、どれくらい「危険」で
更にはどのような「ルート」を取らなければいけないのか、
色々と思案し、思案した結果どういう方策を取るか、
考えなければいけないわけで。

 ここに、「日本劇作家大会」というものが9年ぶりに開催、という
「お話」が飛び込んできた、ちょうどいいタイミングで。

 知らない場所に飛び込んで、知らない人と「演劇」という
「わざとすべ」を使いながらお互いがお互いを「開示」して
「ひとつの結論・結果」をつくり上げる、という難しさは
広島廿日市と高知の「演劇大学」というところで、さらには
福岡グローバルアリーナでの「演劇大学」で嫌というほど
感じてしまった。

 その原因はいったいぜんたいどこにあったのか、ということを
半年かけて「探り当てて」、結果、ひとつの結論に辿り着く。
というか、今まで言葉にはしてきたがその言葉がどういうものか
「体感」することができなかった、ということ。

 ・・・「ピーキング・ライン」が全く出来ていなかった。
「目標」というものがあって、「準備期」から「キャパシティ期」、
「パワー・テクニーク期」、「実戦期」、さらには「リカバー期」から
「休息期」のサイクルがまったくもってわかっていなくて、
変な感じで上がり、変な感じで落ちることに対する苛立ち、
加えて、「劣っている」という苛立ち、そういうことが重なって
気力、体力の「もって行き方」を知らなかった。
「日常」からハイパワーで「非日常」へ持って行き、
疲弊して「非日常」から「日常」に戻る。

 それでは何も「学んだこと」がからだにはいらない。
故に今回はピーキングライン、というものを意識し、
ベストの心と体で入ることができるように水曜の昼、
福岡から大阪に入り、木曜は大阪から城崎温泉、
月曜の早朝、バスで城崎温泉から大阪に戻り、
火曜の昼、福岡に帰る。

 まあ、演劇のトレーニングで演者と演出はひと通りした。
今度は戯曲を書く、ということをしたいな、ということで
「平田オリザ戯曲講座」はまっさきに受ける。
そこにワークイン・プログレス群とiaku、そしてろりえの見学。
レセプションとその他アクティビティは追々、という方向性で。

 気をもみながら飛行機の手配、参加登録と宿の手配、
大阪からのJR、城崎温泉からのバス、それぞれ手配を済ませ、
日常の些細なゴタゴタを程よく振り落として関空行きの飛行機に乗り、
着いて、新今宮までラピート、くねくねとJRに乗り換え福島、
ホテル阪神に着いて、落ち着いて、阪神百貨店梅田の地下で
ひと通り買って、ホテルで飲む。

 翌朝、大阪からゴトゴトと城崎温泉まで特急で向かう。
・・・それも昔懐かしい特急車両。
単線行き違いで最新型の特急車両を2回見て恨めしい気持ちに。
駅前の観光案内所で旅館への荷物を預け、アートセンターへ歩く。

 おおまかな参加の手続きはできたけれど、
有料や予約制のアクティビティについて、細かいところが
うまくいかず、結果大雨の中をご飯食べに戻り、
気をもみながら待って、なんとか一通りアクティビティのチケットを
もらってから「戯曲講座」というところから始まる。

 こうやって周りを見渡すと広島のおちさん関係が意外と多く、
あと、一癖も二癖もある方々ばかり、その中で窮屈なまま
「戯曲の構造」についてイントロダクションがあり、
「第一の構造」をまずは作ってみよう、そしてふたつに絞る。
で、日程を通して付き合う「第一の構造」とメンツが決まる。
 
 てか、共同制作で「苦手な」人と組む、という最大の課題発見。
2000円をドブにすてて好き勝手やるか、辛抱するか。
「劇作」以前の問題からクリアする、とはこのことか。
それにしても「立ち話」ですべてを決めようとするのは
いささか失礼では?
まずは座れよ、と切れそうになるのを抑える、必死で。

 もかむかといろいろな感情を抱え、よりひどい雨の中、
城崎温泉駅までずぶ濡れで戻り、送迎車に乗り、
旅館に入り、滞在期間中の外湯入浴フリーパスをもらい、
部屋に入って、中を作り、浴衣に着替えてから
またアートセンターに戻る。

 その前に風呂だ、風呂。
まずはアートセンター近くの「鴻の湯」だ。
まとわりついていたものを落として湯船に浸かる。

 こうして、開会式途中で入り、終わって、なかめぐとかさはら両氏に
はじめて我が身のしんどさを「吐きだし」てしまう。
まあ、まずは辛抱だ、辛抱、いざとなればトンズラすればいい。

 そう開き直ってスカウティングという「本来の仕事」に入る。
終わって、旅館の送迎車を待ち、旅館近くのラーメン屋で
軽く食べて戻り、大浴場の風呂に浸かり、気を失う。

 目が覚めるともう外湯が開く時間。
旅館から「自転車」を貸してもらえる、ということで
ありがたく使わせていただく。

 まずは「一の湯」に向かい、お風呂に浸かってから
喫茶店でモーニングを食べ、アートセンターに向かう。
スタッフ、関係者用のセットを横目で見ながら昨日のレポートを上げる。
そうしたら面子が集まってきて、どかどかと土足で入り込もうとした人に
「そうしたら、ゆるさないよ」とプレッシャーを掛け、
また立ち話で済ませようとするから座る方向に持って行き、
「第一の構造」のネタ元から「登場人物」の素案をもらい、
「基本的設定」の検討に入る。

 ・・・午前中、ネタ元の人がネタだけ持ってきて、
仕事の都合でその場を離れ、残された人々で検討をするが
なかなかまとまらず、食事をしに一度戻り、「御所の湯」に浸かって
アートセンターに戻り、公開稽古がホールであったので
一旦スカウティングの体制にはいるも、なんかチクチクしやがる。
というわけで、また設定を作る場所に戻る。
ある程度設定を作って、見せて、了解をもらい、次の段階へ。

 次の段階は「場面ごとの出入り」を作る。
ここからなにかややこしいことになってきた。
決めては混ぜ返し、また決めては混ぜ返す。
・・・もう少しシンプルにやればなんとかなるだろうに、
混ぜ返している人の思考がシンプルじゃないから
どんどんと「ややこしい」という名の深みに嵌り込む。

  こらまずい、と「劇作家協会」の申込書を書き、
事務掛のおねーさんに渡す、というムーブでこっちは「間」を作り、
その「間」にオリザさんが引っかかった格好で状況の打開を図る。
・・・結局はザクっと「鍬を入れた」形で了解を取り、「出来事」、
もしくは「行動」に則した「ことば」を作る段階に入る。
なんとか申込書も事務掛のおねーさんに渡し、安堵して
風呂に浸かり、中華料理店に駆け込み、飯とビール。
iakuにはまだ間があるので「まんだら湯」にまた浸かり、
とまり木でまた地ビールを飲み、「人の気も知らないで」を
見学、中崎町の時よりもより研がれた剣呑さ。
自転車で宿に戻り、また気を失う。

 またまた、気がつけば朝だった。
いつものように自転車で外湯に向かう。
そして「一の湯」で開くのを待つ。
・・・タクシーでさっそうとやってくるかのめっちの格好良さに
度肝抜かれたら、扉が開き、何やら「一番湯」の札がもらえた。
で、風呂に浸かり、とまり木で朝飯食いながら自分なりに作って
アートセンターに入る。

 何なんすかね、一体。
午前中は流れ、殆ど出来ていたのに、飯食って風呂入って、
キコの「Butterfly」をスカウティングしていたら、
なんか変な気持ちになる。
気が気でないのと突然うんこしたくなって外に出て、
トイレに行ったあとなんか話が変な方向に行きやがる。

 混ぜっ返した奴がなんかごねとる。
・・・まあ、午前中から「思うように行かない」感情をむき出しに
し始めていたからなぁ、オリザさんの書いた本の内容を持ちだして
グズグズ言いやがる、それを聞いてより一層気分が悪くなる。
気分が悪くなればなるほど物事は悪い方に行ってしまう。

 ここでオリザさんが「介入」して方向を戻したことで
「作成」が分裂する。
ひとりで作るのか、残りの人で知恵を出し合い、
一人が言葉にまとめるのか。
流れに若干の「ひねり」を加えて、出しきったらレセプション。
キレて、飲んで、気を失う。
・・・ぶっ壊れて宿に戻り、気がつけば朝になっていた。

 風呂に入らず、飯も食わずアートセンターに入る。
ジリジリと待って、出来上がった「ことば」をもらい、
確認する気力もなく、ただ流れを追うだけ。
ひとりで作ったものとみんなで作ったものをそれぞれ見せて
最終判断を仰ぎ、みんなで作ったものを発表することに。

 ひと通り読んで、確認して、お客さんの前で読む。
・・・ああ、これが「納得して言葉を作る」ということか。
それぞれが役割を果たして「編み上げたことば」だからこそ
「感情」が滑らかに動いた。

 感じてしまったらなんだか放心状態。
ろりえすっ飛ばして宿に戻って風呂に入りたい、もう眠りたい。
けれども、ろりえはもうすぐ始まる。
場所に入り、物語にはいった瞬間、泣いてしまった。

 終わって、宿に戻り、風呂に入り、放心状態。
落ち着いて、「地蔵湯」から「柳湯」を回り、そばを食い、
一度宿に戻ってまた放心、夕方になって「さとの湯」にまで
車で送ってもらうと今さっきまでやっていたろりえの面々に出会う。
軽く挨拶して風呂に入り、とりあえず外湯は全部押さえたか。
さらにはコロねえさんにまで出会い、それぞれがそれぞれの
新しい場所に向かうところを見つつ刺し身とビール、そして寿司と蕎麦。

 いろいろなモヤモヤと疲労を抱えて悶々としたらもう朝。
バスはゆっくりと城崎を離れ、いつの間にか大阪へ。

 これから、わたしはどこへ行くのだろう?
わたしはどこへ連れて行かれるのだろう、とにかく、歩こう。
歩き続けよう、そういう気持ちをもらった。

ミナモザ 「WILCO」@日本劇作家大会豊岡大会公開稽古ver.

「戦争とは経済」でもあり、「戦争は自己表現」
さらに言えば、「戦争とは人生」なのかもしれない。


  わたしたちは「人を殺す」という手段の他に
より良い「やり方」を未だ、見つけて実行できずに居る。

オリンピックだって、サッカーのワールドカップだって、
スポーツはみんな「戦争や軍隊」の「価値観」をズルズルと
引きずり続けていて、そういったものに「別の価値観」を
見つけてない。

というか、日本民族は「内部闘争」という形で
他者を「殺した」ことはあるが、「民族生存」のため
侵害する異者、という存在を「殺して」生き残ったことがない。

 その差が「決定力不足」とか、なんだかんだと
言われるものだから一体どうしたものか、思案投げ首が数年。
というか、ワールドカップ・サッカーだって、五輪だって、
「戦争」というものの「代替行為」じゃねーか。
そんなことを思うと、ずっと抱えていた「力み」がいつの間にか取れていた。

 こういうことをつらつら考えるといつの間にか本編。

 ・・・「サバイバルゲーム」、いわゆる「サバゲー」、
その室内会場「バトルフィールド」からお話が始まる。
「アウトなのか、ノットアウトなのか」というところで色々話がこじれて
仲間割れしてしまう、そして殺人、からようこそ、物語へ。

 次はある「暑いところ」での「リアルな」戦場。
「助ける」立場と「殺す」立場が混ざり合うことで
ある種の「気持ち悪さ」がじわじわと湧き始めてくる。

 この「気持ち悪さ」を抱えて、自衛隊の「現実」を見せて、
「彼」がなぜ「戦い」じゃなかった、「戦争」というものに
身をおいたのか、子供の時の「思い出話」から
ゆっくり見せていく。

 そして「彼」は「フランス外人部隊」という「傭兵組織」の
取っ掛かりに入隊し、そこで技術を学ぶことになる。
というか、これが「今現在の戦争」というものなのか。
何者かを「征服」するのではなく、ただ「お金」のために
壊して、殺す、そして奪う、そうしなければ「経済」というものが
回っていかないほど、経済は硬直化し、疲弊している現実。

 ・・・確かに、「軍隊」という組織に入れば、訓練や
人間関係で嫌な思いはするけど、住むところも、着るものも、
食べるものもある、おまけに結構なお金ももらえる。
けれど、わたしが毎朝毎夕自衛隊の駐屯地、正門近くを
歩いて思うが、覇気、というか生きているのか、死んでいるのか
よく分からない人の群れを見たら色々と考えてしまう。
考えてしまったがゆえに外へ出たのだろうか。

 けれども、「外へ出た」としても結局はどこももおんなじだった。
人間である以上、住んで、食べて、来て、生きていかなければ
いけない、そうなると「生きるリズム」は多かれ少なかれ
似通るのは道理。

 けれども、わたしたち「日本民族」、もう少し広げて
「東アジア民族」の殆どは「自らの生存」を懸けて「異民族」を
「殺した」経験、というものが全く無い、とは言いすぎだが、
殆ど無い、「無い」が故に「自らの手」を「使って」、「人を殺す」と
いうことに慣れて「居無い」、慣れて居無い「齟齬感」から
産まれる新しい「苦しみ」がじわじわと心を襲う。

 というわけで、「わたしはひとりも殺せなかった」。
散々「人を殺す」訓練をして、欧米人やアラブ人、
その他の「生存のために人を殺したことのある」民族のように
「ためらいなく引き金を引く」準備はできた。

 「人を殺す」から、何時かはわたしも何者かに
「殺される」という「覚悟」もできた。
その覚悟があるからわたしはわたしでいることができる。

 ・・・なのに、現実は何一つ「覚悟」を成し遂げることができなかった。
何一つ「目的」すらも成し遂げることができなかった。
というか「何もしたくない」を格好つけて言ったからこうなっちゃった。
なるほど、軍隊体験者に少なからず「自死者」が多い理由の一端が
よく分かった、そして「戦争や軍隊」という「必要悪」の存在も。

 この「現実」に立ち向かって、粘って、やり切ることが重要なのだ。
今回は「公開稽古」ということで、8割の出来だったが、きっちり伝わっていた。
本番はどのような化学変化が起こるのだろう?
 

北芸×北美 「モテたい売れたい僕らアーティスト」

Life is Art. Art is Life.

 年に一度の「美術館と劇場」のコラボレーションがやってきた。
今年は、「バスキア」の「消防士」。

 ・・・なんていうか、「攻めて」くるなぁ、泊さん。
というか、北九州市立美術館の「所蔵作品」の
ラインナップ自体が硬軟取り混ぜた「攻めた」感じとも言うが。

 開演前、いつも感じるのだが、「美術館の人」と「劇場の人」が
並び立つとものすごく面白い。
着ている洋服の色目や体の作り、そして体の動きが
どこかしら微妙に違う、その様子を見ることが新鮮だ。

 去年はひどく汗をかいたがゆえの「使い捨てカイロ」だったのが、
今年は薄着をしすぎたがゆえの「使い捨てカイロ」だった。
美術館というところは着るものに困るのです。

 少しイラッと来ることをやり過ごして中に入ると
すっげぇシンプル、なんていうかイケてるバーって
こんなかんじなんだよな、てか昨日は近所に出来た
そういうところ、その前に博多駅近くで久しぶりに飲んで、
で、帰りに寄って色々話しながら生を二杯飲んだら
いままでのわたしにはなかった変な感じ。
こういうことを思い出すほどの表演空間。

 さらに、客入れ音が初期の「テクノミュージック」。
それを聞きながら、「バスキアって、音楽や演劇で言えば何なんだ」
ということをつらつらと考えたら前説、美術ファンのかたって
携帯電話の電源を切らないのですね、というか、切り方を知らない人も
いるもんだ、それに驚き、集中を切ったことに対して少しキレてみせる。

 お話は1990年代、「現在の芸術」というものが芽生え始めた時、
路上でたまたま出会ったラッパーの男と美大生の女。
お互いがゆる~く惹かれ合い、ゆる~く反発し合い、
ゆる~く助けあって、ゆる~く別れてそれぞれの「芸術」を見つける、
そういう中身、ここに「先輩」のそこそこ売れてるアーティストが
絡み、そして、「あこがれ」というか「とある山の頂」として
バスキアが存在している。

 うん、なんていうか、「ぐしゃっと書かれた」絵画に、
「他人の絵画をズタズタに切り刻んで、適当に貼り貼りした」絵画に
どうして「価値」というやつが生まれるんだい?

 もしかしたら「市場価値」というものは「運」と同じ意味なのかも。
「偶然」でしか動かないものを追い求めて、ウロウロとしているのかな、
こういう世界で「売れたい」とかそんなことを望む、ということは。

 あるものは「偶然」というものを「強引」に「必然」へと
変えようとするし、また別のものは「恨み節」を見ず知らずの他者に
撒き散らかして鬱憤を晴らそうとしている。

 その様子と「なんでも出来る、かも」という根拠のない自信に
「突き動かされて」何かをなそうとするけれど、
過酷な現実というものに嫌でもぶつかって、血まみれになる。
それでも前に迷いながら進んで、「わたしにしかないもの」を
見つけて、掘り出して、「人生」と云う作品を生涯かけて作る。

 
 続けていたらいろいろな形で、色々なやり方で、
「アート」できるのだ、そういうところまで「深く」見せている。
てか、「売れて、モテる」と「終わり」が早く来ちまう、ただそれだけ。

雨傘屋 「禿の女歌手」

「人生」そのものが、「不条理」。

 それにしても、「守祭」で日の高いうちからグダグダに飲んだくれて、
交流戦の過密日程ゆえの土曜日ナイターに間に合うくらいの
終了具合、行橋駅のファミリーマートでチケットを手配し、
それも食事付きのビクトリーウイング席。
試合開始前には間に合わなかったが、飯食って、
ぐだぐだの試合を我慢して見ていたらすべてが恐ろしく疲弊していた。

 日曜日、少しご飯食べて、仕事終わって何も食べる、飲む気がしない。
家に帰って、残り物探して、作って、食べて、一眠りしていたら
母は帰ってこない、まあいい、「プチ断食」できるわ。
朝はお茶のんで、オレンジジュースを飲む、昼は少しご飯食べて
夕方、熊本行く前に食べる。

 ・・・どうして17時36分の新幹線を手配した?
久しぶりに仕事終わってどこかに向かう、ということをやると
正直、時間が読めない、福北ゆたか線の電車がうまく間に合わない
それが一番しんどいわけで。

 正直、間に合うかな、と思っていたら熊本駅から
ちょうどいい塩梅に路面電車が止まり、乗って、呉服町の電停で
降りるとちょうどいい塩梅に早川倉庫。

 ここら近辺、くそみそに面白い場所なのだ。
特に面白いのは中国製の飛行機模型に強い模型屋。
「中華人民共和国国家主席専用機」の模型を見た時、
正直、ぶっ飛んだぞ。

 そういうことは置いといて、この場所の「演劇公演」というものは
座る「場所」より、座る「椅子」を選ぶところから「公演」は始まっている。
いろいろな高さ、座り心地の違う椅子がポジションを変えて
数多く取り揃えていて、その日の好みや体調によって選べる。

  いろいろあったけれど、何とか落ち着いて、ぼーっとすると
最高の「前座」が始まった。
・・・知久智焼さんの生ライブだよ。
いや、まあ、「イカすバンド天国」が福岡で放送はじめた時、
「たま」がじわじわと勝ち抜いてきたのですよ、なんというか
いままでの「バンド」の概念をあっさりと超えた音楽、
けれども、日常生活でこっそりと感じていることの「代弁者」。
だから、ここまでの「位置」にまで辿り着いた。

 けれども、「消費される」社会に身をおいていると大変だよな、
ということを「たまのえいが」というドキュメント映画を見て感じ、
なんていうか、「欠けているワン・ピース」のことを思うところに
「飛び込んで」きたらなんとも言えない。

 ・・・これが「銀の手」というものなのだろう。
「物語」というものを「わかりやすく」伝える、一見奇妙には見えるが。
じわじわと「世界」や「空気」、そしてことばが「入ってくる」。

「消費される」社会に身をおいていた時は「試し」の時、
ここを通り抜けたからこそ、今、こうして「職」を持ち、
「ひとり」で「伝える」という「定め」を生きているのか。

 この空気を引き受けて本編が「継ぎ目なし」ではじまるよ。

 基本的にはふたつの「夫婦」が集まって、意味深な会話をする。
ここにメイドと消防署長まで混ざってよりいっそう意味深になってくる。
この意味深なことばを感じようとすればするほど、わたしはあることを
じわりじわりと思い出す。

 そういえば、「サッカー」というものを真剣に見始めた時、
ジャック・ティベールというフランス人の書いた「欧州フットボール春秋」という
サッカーコラムを読んで、「世界」というものを感じた。
・・・イヨネスコだってフランス人なわけで、こういう「意味深」な
ことばをこれでもか、と「詩的」にしかもリズムよく盛り込んで、
「考えながら、読ませる、もしくは見せる」というものだったな。

 サッカー、というかスポーツ、さらには人生というものは
斯様に「不条理」なものである、というか「理不尽」だらけである。
・・・問題は「理不尽」や「不条理」というものをどう捉えるか。
そのためには「理不尽」や「不条理」の「正体」を知らなければ。

 イヨネスコは「物語」で起こるすべての出来事、ティベールは
「サッカー」で起こるすべての出来事を「わかりにくい部分」は
「暗喩」なぞ使いながら「わかりやすい部分」は格言を使いながら
「理不尽」や「不条理」の正体を解き明かし、突き詰めると
ひとつの「宇宙」をわたしたちに見せていた。

 その様がリズムよく「ことば」と「知性」のパスが回り、
このリズムを「緩やか」に煽る、生ベースと生歌、というものが。

 見手はまさしく板の上にある「ことば」を食べて、食べて、
もりもり食べて、質の高い音楽で消化する、という趣向。
結果、こんなに立派なもの(うんこ)がもりもり出てきた。
この「うんこ」の内容は人それぞれだけれども。

 極上の「リアルエンタメ」、しかもおとな風味の、というものを
堪能した、という見後感。

自宅劇場文化祭 「守祭2014」

これぞ、「おとなの文化祭」という空気。

 つくづく、まあ、わたしはダメ人間。
前の日は前の日で思うところあって久しぶりのビアガーデン。
程よく飲んで、なんだかんだして、家に帰り着く、そして寝る。
早起きするものの、またいつものように下のソファで寝る。
やばい、と気がついて、というかもろもろ慌てて家を出る。

 さらには、初夏の空気がなんとも言えず、水分がほしいなと。
それにしても、炭酸飲料等の大量摂取は砂糖のとりすぎであまりよろしくない。
となると、脳みそがゆるゆるになるリスクはあるが、そこにはビールというものを
「金麦」というやつもあるが、あれは良く出来た「ホッピーセット」だ、体調次第では
ヤバイことになるぞ、だったらスーパードライだな。

 そうなると、気がつけばひとつ間違えるとたちの悪い「呑んだくれ」に・・・。

 そういえば、「自宅劇場」というところに行くのは何年ぶりか?
色々と不義理ばかりしていて行っていないことに気がつく。
で、ことしは鹿児島からLOKEが来ているから余計に行かなければと。

 JR九州のネット予約は自由席の「2枚切符」の料金で
指定席に入れてくれる、それはそれでありがたい。
がだ、どういう会社かわからないが、どういう団体かわからないが
いろいろな意味で「お行儀」が良くない。
・・・多くは語りたくないのだが。

 で、行橋で普通電車に乗り換えて、新田原で降りて、
ふんだんに道に迷い、雑談してドアが開くのを待つ。
なんか、チケットが「花輪和一」調のイラストでなんだか不思議だ。
・・・もう、季節は夏なのか。
一通りの床の間、外からはさわやかな風、まあいい感じ。
緑がやけに多いからなのか、それとも、人工物が少ないからなのか、
ここに来るとえらくホッとするのです。

 そんなことを感じながら、前説、カンペの「のぞき込み方」に
わたしが父の葬式、「最後のご挨拶」で同じことをやったよな、
本当は「わたしのことば」で始め、「わたしのことば」で〆るように
する予定だったのが、なんていうか、思うところあって、
葬式屋が出したコメントを少し使うようにした。
そんなことを思い出し、感じながら滑らかに本編へ入る。

今回の参加カンパニーはこう言う感じ。

(A組)
演劇関係いすと校舎(行橋市) ワンチャンあるで!(北九州市)

(B組)
劇団LOKE(鹿児島市)LAY-OUT(北九州市)

 それぞれ1カンパニーあたり30分の作品を見せていく趣。

演劇関係いすと校舎(行橋市)
 意表をつく、導入部。
いつもは見手が入るところ、要するに「家の玄関」から
フッ、と人が入ってきて、「お供え物」のおせんべいを食べていた。
それを知ってか知らずか、兄が客間で昼寝をしようとしている。
妹は妹で「向精神薬」らしきものを飲んでいる、なぜだ?

 それにしても「生活感」というものが
「階上で繰り広げられているカオス」というものまで
高い精度と密度まで再現されている。
これを踏まえて物語を追ってみると、どうやら「唯一の肉親」である
母親を亡くして間もない、という時の出来事、だったのか。

 そういえば、わたしもわたしで去年の秋、父親を亡くしたが、
これよりも母親を「先に」亡くしたほうが精神的に堪えるのだな。
だから、兄は兄で「何か」を引きずっていて、妹は妹でパニクっている。
ここに、何かをほぐそうと「自然児」がセミやら何やらを持ってきて
精神的に堪える状況をほぐそうとする。
ダメ押しには外でお肉焼こう、お肉、というものだから(以下略。

 ・・・うん、見れば見るほど、一通りの出来事が記憶としてよみがえる。
あのもろもろごとをどうやって「紛らわせた」のか、思い出せない。
ただひとつ言えることは「仕事」と「演劇」があったからだろう。

 なんだかんだいっても、「次」へと進み続けるしかないのだ。
「進み続ける」ために「別れなければいけない」、
これが「本当の別れ」なのだろう、この事実にはっとさせられる。

 というか、ここのカンパニー、「連続ドラマ」のような作りを
「守祭」で試しているのかな、ということを感じた見後感。

ワンチャンあるで!(北九州市)
 インターバル短いなぁ。
地球上で「最高のイベント」は一体何なんだ?
五輪、それともサッカーW杯?
・・・ある意味正解で、ある意味違うのかも。
「遭難した」とはいえ、「地球外生物」が地球上にやってきた。
そうなると、彼らを「歓迎」することが「最高のイベント」になるのだろう。

 お話はこの「宇宙人歓迎式典」から一年後の話。
家とか、仕事とか「生活に必要な一通り」を用意して、
まあ、それなりに「生活」はしているのだが、「何かが違う」と
うまくいかないことも、逆にうまくいくこともあるわけで。

 この「上手くいく、行かない」を決める一つの要素は
「男性的」な部分と「女性的」な部分、どう匙加減を取るか?
しかし、この匙加減というものは「わたし」が調整しなければ
いけない部分と「外的要因」によって変化するところが存在している。
ここがものすごく上手いし、上手いからぶっ飛んでいる。

 「外的要因」によって変化するところって、
もしかしたら「利用されている」ということなのかもしれない。
「利用されている」から「うまくいっている」、「利用されていない」から
「うまく行っていない」、ただそういうことか。

 こんなことを観察して、「二階からはしごを外す」と
「争い」というものが始まる、ここが正直怖いのです。

劇団LOKE(鹿児島市)
 人の心はいつも晴天ではなく、時折雨が降っている。
てか、時と場合によってはいつも雨が降っている。
なぜ、雨が降っているのか、この雨はいつ止むのか、
正直、当人にも、周りにもわからない。

 わからないから、いつも心と体がずぶ濡れになって
とても、とても心と体が冷えて、情けなく、辛くなってしまう。
さらには通る道まで限られてくると余計にしんどくなる。

 こう言う行き場のない感じがギターや木琴、カホンという
「圧のある生音」、「岸田國士のにおいのする戯曲」、
そして「身体言語」の3つがうまく混ざり合って、
「母の愛」というものが受け止める、という隠し味が効いている。

 はじめて福岡にやってきた、それが凄い。
そして、「私達はこう言う身体言語を携えて、
 こういう持ち味を持っています、オファー待ってます」という
アピールが何とか出来ていた、次に繋がるようにしなければ。

LAY-OUT(北九州市)
 表演空間、一面に造花とはいえ、お花がいっぱい。
おまけに女の子という「お花」もいっぱい。
・・・これは歌舞伎の演目、「保名」というものなのか?
わたしは演劇というものを始めたときに博多座で
こないだ亡くなった團十郎のやつを見た、ちょうどこういう空気で。

 その空気を色々なサイズの違う男女で表現すると
こんなふうにお話が「化ける」のか。
下衆に言うと春の「花見」の感覚で「女子」というものを
眺めると、なんだか不思議な気分になる。

 この「不思議さ」というものが気がつけば
「人の一生」というものにまで、物語が可変していく。
可変してしまうと妙に心に何かが突き刺さる。

 ・・・人はどうして花を育て、飾り、眺め、贈るのだろう?
何か「不思議な力」というか「不思議な空気」を取り入れるために、
取り入れて、心の風通しを良くするためにそうするのかもしれない。

 最新鋭の身体言語といい、古典と現代の融合といい、
「ガチのホームドラマ」、この空間が「なんでもあり」に化けた。
そう仕向けた守田さんのチョイスがなんとも言えない。
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