二兎社「書く女」@広島はつかいち

わたしたちは「たたかう日々」を生きている。

 もし、小説を「書いていなかったら」、彼女は24歳で死ぬこともなく、
「ある程度」、長寿を全うしていたのかもしれない。

 そういえば、去年の今頃もこうして旅に出て、
締めくくりが北九州芸術劇場リーディングセッションで
この演目、その開演前の客席で実演演るよ、
オーディションの書類は云々、稽古日程、
公演日程がどうのこうのと踏み込んだ話が隣席であり、
同時に、物語がところどころに現れる「死の匂い」によって
内容の一つ一つが心に刻み込まれているので、
終わったあと、誰とどんなお話をしたのか、思い出せない。

 家に帰り着いて、仮チラシを見、「書く女」が
北九州で実演をする、ということが本当だったことを知り、
日程もなんか、宮崎の「演劇時空の旅シリーズ」といい塩梅に
組み合わせることができるかもと踏んではいた。

 そうこうしていると、夏の入り口、もりおかひかると
みやむらじじが小倉で「女同士の因果」をめぐる不思議なお話を
演ったあと、じじからもりおかがこの実演、出るみたいよ、
ということを本当にうっすらと聞き、ネット上で事実として知る。

 で、更に夏は深まり、このリーディングで樋口一葉を演った、
あの時はガラパ所属のただかおりが「実演、客席で見ることできるかな」
なんてことをどこぞで言うてたものだから
「おいおい、オーディションに潜り込めなかったのか」、
「オーディションに潜り込めなくとも稽古場に見学(以下略」と
いうことを云うてみたら、気がつけばただ、東京に拠点を移し、
KAKUTAというところにお世話になる、とのこと。

 また、季節は深まり、秋になって詳細な日程が出ると
・・・何だこりゃ、時空の旅と日程はずれるは、公演自体も
一日限り、しかも日曜、犠牲が多すぎる。
更に、冬真っ盛り、あと半月で年も変わる、ここで一つ決断をする。

 宮崎時空の旅は神奈川大楽に向かう、
入場券詳細はそこだけ出ていないけれど、
松山で演劇、もしくは愛媛FCのホーム戦があれば、
そこから夜行バスないし飛行機で乗り込めばなんとかなりそうだ。

 そして、去年は演劇引力広島をキャンセルしてしまった。
何回か続けてそんなことをしてしまうと行きにくくなる、というか
いけなくなるわけで、今年はどうしても行かなくては、というところに
「書く女」のはつかいち公演があり、チケットは北九州公演よりも
一足先に売り出す、おまけにまだ余裕はある。

 「蒸発するように」北九州公演は売り切れる。

 「手に入らない」リスクを考えれば「演劇引力広島」と組み合わせすれば
日程は何とかなる、火曜日、富良野塾の広島公演があるが、
水曜日がどうにもならないので木曜日広島に入り、書く女、金曜日五十嵐伝、
土曜日と日曜日は別府温泉保養にして、
月曜日に戻って火曜日演劇協会ミーティングに
出る日程にしておけば、なんとかなりそうだ。

 これら大小様々な「変化」というものをえんやらやっと乗り越えて
久しぶりの広島、ICカードの「更新」にいささか戸惑い、宿に入って
うだうだしていたらもうはつかいちに行く時間。

 行って、ティナコートの広島銀行で原寸大パネルのかわさきゆうを
見つけて、それからさくらぴあに行き、雑談のち、前を見ると
ものすごく驚いた。

 ・・・「プロのもぎりさん」が入り口にいるよ。

 入場ゲートに「仕立てと色調の良いお洋服」を着た、
そこそこ美しいお姉さんが「居る」だけでも、
なんか「ハレ」と「ケ」の「境界線」を意識してしまう。

 この部分、福岡の劇場は、北九州芸術劇場はどうやねん?
「ハレ」と「ケ」の「境界線」が曖昧だから働いたあとに
演劇の仕事をしようとすると、頭が切り替わらないことが多々あるわけで。

 ・・・これもまた「居眠りさせない」工夫というのかな。

 ハコの中に入るとこれまた驚いた。
奥が深い、おまけに石段が連なる「山道」を彷彿とさせる
空間のしつらえ、「情に棹させば流され、知に働けば角が立ち、意地を通せば窮屈」
と夏目漱石がおっしゃった「人生の難しさ」が今、そこに存在している。

 いろんなことがぐるぐる渦を巻いていて、「もの」や「こと」はじわりじわりと
良きにせよ、悪しきにせよ、変化しているわけで、その中でわたしは
どう変化「して」、どう変化「する」のか、正直分からないや、と思っていたら
開演ベル代わりの風琴がサワサワと鳴り、ビアニストが入ると本編が始まる。

 北芸リーディング公演ではおもな出演者の他に「アンサンブル」という形で
「現代に生きる人々」を「戯曲」というか「物語」の中に入れて、
戦後70年、誰も殺さず、殺されることがなく、自由にものが喋れて、
自由に考え、自由に生きることができるのは樋口一葉を始めとした
多くの先人たちが血を流し、命を削って戦ってきた「結果」なのだよ。

 その結果を誤解して、変な言葉の「使い方」をして誰かを非難する、
攻撃するのはまずいんでないかい?
「言葉」というのは本来、人に何かを指し示し、励まし、
「力」と「気づき」を与えて「次の人生」につなげるものだろ?
そういう「諭し」をものすごい精度と密度で指し示した。

 この点を踏まえて実演を見てみよう。
北九州リーディング公演や同じ樋口一葉を扱った井上ひさしの
「頭痛肩こり樋口一葉」とは「方向性」をあえて「違う」方向に
永井愛が「演出」の技術で持っていった。

 強調した点はただひとつ、「覚悟」のふた文字。
「生きていく」ために「書き続ける」覚悟、
「書き続ける」ために「学び続ける」覚悟、
「学び続ける」ために「妨げとなるものをできるだけ排除していく」覚悟。

 これらの「覚悟」があるときは積み重なる、あるときは織り上げられる、
またあるときは降り積もるように見手の前に手を変え、品を変え
見せつけていくことで樋口一葉は何とたたかい、何を手にしたのかが
よくわかる見せ方、趣向にしている。

 樋口一葉が小説家として名を遂げれば遂げるほど、住処を
吉原という「苦海」の入り口に近い荒物屋、さらには吉原よりもっと酷い
「苦海」のど真ん中に移していったのも市井の人々の「人間観察」という
一面があり、気がつけば「冷徹な観察者」という一面をところどころ織り込みながら
あるところでは思わず「冷徹な観察者」という一面を疑いたくなってしまう。

 彼女は「書く」という作業を通じて「生きてきた、生きること」で
見つけたことを「言語化」して「他者」というものの目に晒し、
晒したことで「他者」と「わたし」の「ものの見方」の「ズレ」を見出し、
これらの「ズレ」を更に言語化し、これらの行為を繰り返すことで
「社会」と接点を持つ、意見を持つ、そうして「わたし」は「変化」していく。

 不幸にも樋口一葉はドフトエフスキーのように、
「単価の安い」文章を「素早く」書くことができる「才能」がなかった。

 けれども、「言語化」には恐ろしいくらいの「錬る時間」と「研ぐ時間」が必要で、
それなしには「研ぎ澄まされた」言葉は生まれないのだが。

 「研ぎ澄まされた」言葉が突きつけるものは「男性的なもの」と
「女性的なもの」の対立、更に突き詰めれば「共生」と「非共生」の対立が
叉酷くなっている、そうなってしまう理由はただひとつ、「こうでなければ」という
こだわりが酷くて、その酷いこだわりを他者に押し付けるからでは?
という問いかけから、更に命を削るラストまでの疾風怒濤。

 彼女が手に入れたのは誰にも揺るがせない、揺るがせることができない
「強く」て、「しなやか」な「自由」だったのかもしれない。

 たたかう日々の最中にいるときは、当たり前すぎて実感ないのです。
けれども、現実は動くもハード、「待つこと」もハード。
・・・一体どうなることやら。
スポンサーサイト

演劇引力廣島「五十嵐伝」

「プロフェッショナル」を舐めるな。

 わたしも大学時代、「プロレスの現場」の大外で4年間働いていた。
こうして、レポートを書きながら考えてみると、
わたしが演劇というものから「離れていた」時の
出来事だったわけで。

 あの頃はジャイアント馬場も、三沢光晴も、
橋本真也も、まだ生きていて、そうそう、ターザン山本と
「週刊プロレス」が仕掛けた「活字プロレス」が
東京ドームでの「夢の祭典」で全盛を迎え、そこから徐々に
下降線をたどり、様々なところで「内部分裂」が起こり、
DDT、大日本を始めとした「インディーズ」が萌芽を始め、
アメリカのWWF(現WWE)というものがケーブルテレビや
CS放送によってより手元に近くなり、ハッスルが
出てきては消え、という時代の流れだった。

 その流れの収束点がオカダ・カズチカの新日本であり、
DRAGON GATEであり、DDT、なのかもしれない。

 そういった、自分の感じた「空気感」が
広島アステールプラザ、多目的スタジオの中に
プロレスの「道場」(らしきもの)として
「再現」されていた。

 肝心要の「リング」がない、ということと
「体を作る」観点から見て、きちんとした食事を
「作る」環境がしっかりしていないな、というところ以外は。

 これはもしかしたら、「インディーズ」、
それも団体を興したての「インディーズ」のお話なのか、
と思ったらとある工業系の学部がある大学の
「プロレス同好会」だったことを導入部できっちり見せて
「プロレス」という現場の裏側・バックステージで起きた出来事を
春・夏・秋・冬、という季節の移ろいの中で見せている。

 正直、「活字プロレス」が衰退して以降、「プロレス」というものが
「闘う演劇」になってしまったのか、「フィジカルな演劇」が
「プロレス」になってしまったのか、わけがわからなくなる時がある。

 それくらい、「プロレス」というものが中途半端になってしまい、
結果、「試合」という「現場」の中で信じられない事故が起こり、
たくさんの大怪我や死亡事故が起こってしまった。
広島でもアステールプラザの中ホールで女子プロレスラーが
事故で死んで、グリーンアリーナのサブアリーナで
三沢光晴がああいうことになってしまった。

 その結果、より、「演劇」と「プロレス」の境界線がなくなって、
更に、中途半端になって、「わたしは、何を見せたいのだろう」という
「基本」すらわからなくなっていた、というかそれを知ることすら
やりたくなかったのかもしれない。

 この「自覚していない中途半端」が漂う場に五十嵐という
ひとりの人間が「プロレス」をやりたいとやってくる。
体自体も「プロレス」の体、「格闘技」の体ではないし、
「格闘技」の技術、「プロレス」の技術はまったく持ってない、
ただ、あるのは「佐山聡のタイガーマスク」に対する「記憶」と
プロレスに対する「熱意」だけ。

 なんだかんだありながらも、「プロレスラー」になる一通りの
「儀礼」を通過してリング上の「キャラクター」もつき、
何回か興行を打って、五十嵐以外のみんなは薄々気が付き始めた。
「違和感」というやつに。

 この「違和感」の出処が「高機能記憶障害」というものだった、
というところにわたしは少し、どころかかなり引っかかる。
そういえば、おんなじ障害を持つ人とほとんど毎日顔を突き合わせて
生きていて、「違和感」を感じて苛立ちながら働き、生きている。

 わたしも「人生のアクセルとブレーキ」の使い方が
よくわからないので、「他者」との「交流」から生じる
「衝突事故」を恐れていることが多く、自分のやること
あるいは生きていくことを邪魔されると嫌になる時がある。

 で、「高機能記憶障害」の特徴として
「人生にアクセルしかなく、ブレーキがない」ということが
あり、そこのところが自分のやることや生きていくことを
邪魔されているようで、「衝突事故」を起こしそうになる。
故に、事故を起こさないようにその人をあえて「空気」のように
扱って生きているのだが、「違和感」はじわじわ残っている。

 けれども、この「プロレス」はなんとかぎりぎりのところで
踏みとどまりながらなんとか受け入れ、引き立ててもいる。
この違いは一体何なんだ、と考えてみると、こんなことを思い出す。

 ・・・あいつも五十嵐のように時折自分の感情を顕にして、
というか感情を吐き出しきったらよかったのに。

 なのに、あいつと来たらテレビの中の人や、
今、そこに存在していない人が「一生懸命何かをなそう」と
している様子に対して「引き笑い」やら「こいつ、馬鹿じゃん」と
冷たい感情を出したり、おまけにうざいくらい
「自らのこと」や「今そこで映っているテレビのこと」、
しかもみんな見ているから、流れをわかっているのにそれを話してる。
またはそういう話しかできない、そこにうんざりする。

 がだ、五十嵐のようなことは「学校」という環境だから
許されるし、受け止めてもくれる。

 でも、わたしが今いる場所は「プロフェッショナル」=「仕事」の場。
「プロフェッショナル」の場では「感情」は「仕事」の妨げとなるわけで、
吐き出せば多くの不都合がやってくる。
故にどんなことがあっても、なるべく「感情の発露」を抑えて、
自分のやることをやるしかない。

 「プロフェッショナル」の一歩手前にいて、
「プロフェッショナル」の世界に踏み出すか、どうか迷っている人間は
この「感情のコントロール」の問題と「何かを諦める」ということを
同時に学ばなければいけない、そして今いる場所でやるべきこと、
否、やることをやりきって「完全燃焼」させなければ次には進めないし、
「完全燃焼」させる行為を受け止め、手助けすることで
それぞれの人生、運命がどういうふうになるか、分からないが
変化していくのかもしれない。

 ターザン山本と「週刊プロレス」が旗を降って先導、扇動してきた
「活字プロレス」の後にやってきた「プロレス」はどうなんだろう?
・・・なんか、中途半端すぎる。

 とくにNOAH、三沢光晴が死んで、新日本から鈴木みのるが
やってきて引っ掻き回しているさまを見て、
「これは演劇でもなく、プロレスでもない」中途半端な「興行」、
こんなもの、正直、見たくない。

 五十嵐伝はタイガーマスク、あるいは三沢光晴へ贈る物語だから
ジャーマンスープレックスを劇中に入れることがいいかもしれないが、
頭部のダメージを考えに入れたら特別な訓練をしないとできない技、
それをしないことが「プロフェッショナル」に対する「敬意」なのに、
NOAHにおける鈴木みのるはその「敬意」がない。
・・・たとえそれが「演劇」であったとしても。

 この「敬意」がないまま勝ち続けて、団体乗っ取ったら、
いつか、また洒落にならない「事故」が起きて「プロレス」は
本当に終わるだろう。

北九州芸術劇場プロデュース「彼の地」

「土地」に「根」をどう生やして、生きていくのか?

 この演目、初演時は後ろの方で「人間」、それもこの「土地」に
まったく「関係がない」わけではないけれど、「深く関係はしていない」視座で、
今回は最前列、「猫」の視座で、「人間の縁」が
形作る物語を見ることになってしまった。

 というか、今回はこの次の次の週、広島で「書く女」から
「五十嵐伝」、別府温泉保養挟んで広島演劇協会のミーティングという
日程に加え、ホークスの年間会員の会費、銀行引き落としにしたし、
いろいろ物入りなんで見に行けなさそうだなぁ、なんて思っていたら
大雪で不思議少年行くよりもひどくならない内に、
家へ帰ることを選んだため、高速バスの切符が一枚余っている。

 更には久留米での特別競輪、特別室の抽選販売があたったけれど、
そのまま流してしまおうと思ったが、ホークスの年間会員会費の一部を
流用してしまい、同時にとあるところから、是非に、という声が出て
火曜日の初日、行こうかな、とか考えていたら(以下略。
・・・金曜日までになんとか「体調を戻す」方向性でなんとかなったけれど。

 それにしても、「工場の景色」ってどこか美しいけれど、
「街とわたし」、「わたしと街」という距離感と「関わる」という「歴史」、
これらにおいて、「否定」はできない、ただただ「肯定」するしかないが
そうなってしまうと、なんて言うか「今、ここに佇んでいる」感、というものが
体の隅々に染み渡る。

 初演時、(当時は)ガラパのただかおりは座組に居たの、わかっているが、
エゴナクの・・・は元からいないか、あと誰と誰が座組から外れて、
誰と誰が、新しく座組に入ったか、更には初演時、どう深く物語に入っていけたか
正直、訳がわからなくなって居るから、「今、ここに佇んでいる」感が
更に強まって、気がつけば本編に入る。

 こうやって、「猫の視座」で物語を見ると、
「居場所」は心の持ちようで如何ほどにでもなるし、
誰かを助け、誰かに助けられて生きている、ということがよくわかる。

 更に言えば、「死ぬ」ことを薄皮一枚で踏みとどまる強さ、弱さ、までもが
ないまぜになって、今、そこに存在しているということまでも。

 結局、「ともに生きる=共生」と気軽に言ってはいるが、
もし、本当にそうしたいのならば、あなたの心の中にある
「逃げる」という選択肢を真っ先に排除しないとまずいのでは?

  そうおいそれと、人はあちこちに「移動する」ことはできない。
「ある時」が来たら「彼の地」の土にしっかりと根を下ろして、
「わたし」を育てなければいけないのだろう。
いろんな不都合や、嫌なこと、辛いことが複雑に絡み合ったら
絡み合ったままずっと生きていくしかないわけで、そうしなければ
どんなことにも動じないしっかりとした「わたしの根っこ」ができない。
・・・そういう「覚悟」を決めろよ、と物語は見手に語りかけてくる。

 どんなにためになる、というか耳障りのすることを言ったって、
「彼の地」に「根を張って生きていく」覚悟がなければ、
その珠々の言葉は「根無し草」がほざく戯れ言にしか聞こえないものだ。

劇団ショーマンシップ×ギンギラ太陽「奪われた手紙」

「文化」の「戦争」は本当の戦争より、えげつない。


 そういえば、「唐人歌舞伎」というものを通してショーマンさんと、
非常口の「四畳半の翅音」からの一連の出来事を通してムネトさんと
「戦争」というものの「本質」やら「生き残り(SURVIVOR)」について
いろんなことを話していたことを思い出している。

 思い出している時に客入れ音でいきなり「東京の花売り娘」が
聞こえてくると、わたしがもともと持っている「何か」が呼び覚まされて
ものすごくびっくりしてしまう、わたしそのものが。 

 おまけに、この空間と同じ時間に父が生まれ、母が生まれ、
言葉にできないたくさんの「事情」を抱え、「這い上がり」ながら
生きてきた、故に、心から嬉しがるし、心から悔しがる。
これもまた、生きる「エネルギー」になっていたのだろう。
この「生きるエネルギー」がなければ、人はなかなか這い上がることが難しい。
両親が生きているすべてを見て、ずっと考えていたところ。

 お話は戦争が終わり、外地から福岡に引き上げてきた復員兵が
残された家族を探すため、手がかりを求めようとするけれど、
なかなか見つからず、それでも生きていかなくてはいけない、
この「生きる術」としてたまたま外国語、という技能を
持ち合わせていたため、進駐軍で働くことになってしまった。

 そこで働く業務の内容は「人様の手紙(信書)」を先方さんに届ける前に
中身を開封して、内容を翻訳し、配達の許可、不許可を判断して、
上にいる「アメリカ人、もしくはその手先たる日本人」に「報告」する。
ここで働きさえすれば、「まともな」食べ物、飲み物がたくさん手に入り、
外に出て「不衛生な」食べ物を食べる必要がない。
おまけに住むところもある程度「まとも」な環境で、
これならばなんとか、どころか十分に生きていける。

 しかし、これらの「待遇」を守るためには「アメリカ」の要求する
技量を身に着け、その技量を保ち続け、更には向上させなければならない。
そういった「要求」の中からそれぞれの「価値観」という「心のせともの」が
カチカチぶつかり合う音が、様子が「自由」とはなんぞや、
もしかしたら「加工された自由」というものを私たちは崇拝しているのかも、
こういった「問い」をどんどん板の上から客席に投げ込んでいく。

 投げ込まれた「問い」を受け取りながらしばし考える。
「言葉」や「文化」、あるいは個々人が持っている「得意」というものは
それぞれの「考え」、「思い」というものを外に向かって「出力」し、
周りの環境や人々が持つ「考え」や「思い」を「入力」する「装置」になっている。

 故に、よく使えば、それぞれの「心と心」をうまくつなげて、
個々の関係をより良くすることができるのだが、
「欲」というものに絡め取られると「イメージ戦略」やら「洗脳戦略」という
「心の戦争」を引き起こしてしまう。
・・・使われる武器は「検閲」と「著作権」、あと「商標権」も入るのか。

 このようにして「心の戦争」が始まると、「本当の戦争」より
えげつない「奪い合い」が始まってしまうのです。
 
 このえげつない「奪い合い」を見ていると、
ここ数年来考えている「戦争とわたし」について
ひとつの答えがでたのかもしれない。

 「つよい」ものは「よわい」わたしたちを「権利」というものを
振りかざしたり、「事実」を捻じ曲げたりして思いのままにさせようとする。

 ・・・「よわい、けれどつよい」わたしたちはいろんな手を使い、
連帯して「レジスタンス」を行い自分たちが「生きる」という「権利」と
「事実」というものを必死で守ろうとしている。

 こういう「心のレジスタンス」を続けることが「戦争」を防ぐ
唯一、無二の道、とはいうけれど、人間の持つ「金と欲」というすごく
べとべとしたものに絡め取られるが故に、うまく「心のレジスタンス」を
続けられず、「戦争」というものが繰り返されてしまうのだろう。

熊本ポペンク企画プレゼンツ

ままならないのが「人生」、ままならないのも「人生」。

 久しぶりの熊本、dengeki以来の早川倉庫。
今回は2階ではなく、dengekiと同じ1階のコンクリ土間に
少しだけシンプルな表演空間を作っている。

 少しだけシンプルだから、dengekiの時にはわかりにくかった
下手奥からセンターにかけての微妙な「傾き」というか
「傾斜」がはっきりと見える。

 ・・・みきてぃにあえるかな、と思っていたら
なんか、土曜日から北海道に行っていて云々、
ああ、こっちも札幌演劇やらわれらが愛媛の札幌遠征行きたいのに
現実はままならない、まあ、ままならないのが人生か。

 まあ、今回いくことになったのも、去年夏のクリンク本公演、
間の悪いことに野球と重なって、間に合うかどうか逡巡した末に
行けない、というか行かないことを選び、そういうことがあると
これまた「次」はない。

 今回はラグビー・トップリーグ入れ替え戦がレベ5であって、
入れ替え戦前の「チャレンジ戦」はJRFU管轄じゃないから
例のタダ券は使えない、今回は管轄だから使える、
また、ヘスケスを見に行くか、と思っていたら、この演目に重なる。
次キャンセルしたら以後、みることが難しくなるわけで。
となれば行くしかない、いろんな意味で身動き取れないのはなぁ。

【大帝ポペ】
 「居場所」のなさ、というものをこの場にたどり着く前、
つらつらと考える。

 最近、わたしに「受容」という能力を持っている。
ということがわかって、さらに、わたしの「問題」や、「性分」、
そして「障害」というものに「名前」をつけることができた。
そうなると、「対応」のやり方がかなり違っている。
かつてはそうできなかったから「居場所」がなかったのか。

 というか、「受容」ができる「世界」にいる人と
「受容」ができない、「拒絶」しかできない世界にいる人の
ふたつに分かれていて、それぞれの多さ少なさで
「居場所」があるのか、ないのか、に別れるのかもしれない。

 更に言えば、わたしは誰かに「人生」を邪魔されているわけで、
また、わたしはだれかの「人生」を邪魔している。

 こういうお話を「桜塚やっくん」というひとりの芸人の
半分実話、半分伝聞に井上ゴムの持つ「変態性」や「狂い」を
加えてみてみると非常にえげつない、戦慄を覚えるほどえげつない。

 人って、生きていればいるほど「しくじり」というものを
これでもか、というくらい抱えすぎて、「受容」ができる世界にいる
人間はそのしくじりを折りに触れてじわじわと思い出す。
そして、改めて「思い出す」ことによって、ふのわるか、
いたたまれない感情が沸き起こり、どうしようもなくなる。

 けれども、「受容」というものができなければ、
人間が生きている間に感じたすべてのしくじりから
「逃げる」、というかしくじり、というものごと自体から
「逃げられて」しまう。

 そういう「素質」を持った、人間があらゆることから「逃げて」
流れ着く「場所」と自らが覚悟を決めて向かう「場所」、
この2つの対比、そして熊本、ひいては九州演劇業界で
「先を行くもの」に対する「リスペクト」の気持ちを込めながらも見せる
世界は「怖くて、重い」ダークサイド。

 こういう「ダークサイド」にたったひとり存在すれば、
人は簡単に「死」を選ぶのだ。

目の前にある「ダークサイド」に向き合うことが
「生きる」ということかもしれないけれど。
がだ、最後の最後で本当に信じている人、
そのものが突然現れて「生きる」ことを取り戻すことも、ある。
・・・お前はどっちだ?

 「えげつない」お話を70分間、ひとりで「持たせる」技量はさすが。
INDEPENDENTという一人芝居の祭典に持っていきたいところだが、
規定の時間に削り込もうにもどないしようもできない。
まずは話だけ、持っていくか。
 
【with a clink 】
 こんどは、程よい関係。
といいたいけれど、「二人の女性、しかも親友」が
「ひとりの男を半ば取り合う」というライトな「恋愛泥々系」は
当方、きっちり読んだ、聞いたことはないが「パフに会えたら」で
多少、免疫、というものはできている。

 で、前々回のdengekiでなぜ、クリンクはタイトルをとれず、に
終わってしまったのか、どうすれば上に上がれるのか、という
「問い」を残したが、今回、その「問い」に対して、
福岡「非売れ」の「歌謡劇場」と熊本「きらら」の「見立て」を
自らの「スタイル」に受け入れようとしたことに、
ひとつの「解」を見いだした模様。

 お話は、ざっくり言えば、二人の「女の一生」やねん。
で、それぞれの「人生曲線」というものの中に一人の男がいた。
これを世の中は「三角関係」といい、ある意味、暴力的で
ある意味、悲劇的な成り行きを好む傾向がある。

 そう、クリンクの「音楽的色調」になっている、山下久美子も
布袋寅泰と今井美樹、その三角関係の入口でできた曲が
「愛してたなんて今更」、この曲がずっと自分の心の中で鳴っている。
ここに、実際、板の上でかかっている田坂さんのオリジナル楽曲による
「ミュージカル」ではない、「歌謡劇場」が不思議なくらい反響して、
「暴力的・悲劇的」ではない、「デリカシー」を持った、程よい距離の
「付き合い」での「三角関係」もありなんだな。

 さらに、こふくの浜砂さんが「やさしさはやりようによっては
優柔不断という毒に化ける」を地で行く情けなさ、というか
たくさんの色んな感情を表現している。

 こうして醸しだされた「空気」に「見立て」によって作られた
豊穣の空間が加われば、結局は「人生とは自転車レースの
スタート前、パレード・ランからレースが始まり・・・」の
繰り返しじゃねーか、まあ、これから始まるのがノーマルステージか、
山岳ステージかわからないが、ただひとつ言えることは
タイムトライアルレースではない、ということ。

 こういうふうに、「人間の一生」を異なった切り口で見せる。
そうしていると「共通点」と「相違点」がよく見えてくる。
おまけにわたしの過去、周りで起こった出来事すらも
「こういう意図」だったのか、と驚きまで生まれる。

 ・・・ままならない「人生」もええもんやね。
プロフィール

itumo25254you

Author:itumo25254you
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR