万能グローブガラパゴスダイナモス 「ナイス・コントロール」

7日が一日、という時の流れ。


 この二年間、えらく大変だった。
まず、14+をめぐる厄介な人が巻き起こした「論争」にも値しない
いいががりに関与するつもりもなかったのに、自分が熊本雨傘屋で
やらかした不注意により、心理的に負荷のかかる形で巻き込まれ
やばい、演劇をやめようとガラパのチケットを返しにイムズホールに
向かったが、はしりさに「やめるな」と諭されてとりあえず続けることにした。

 けれども、厄介な人はわたしのあずかり知らないところで
陰湿により陰湿にいいがかりという攻撃を続けていたらしく、
その一年後、拒絶していたのに何かをかいくぐって直接攻撃が来た。
一番最初の攻撃の時、直接来たら「例のサイト」に今まで書いていた
演劇に関わるすべての文章を消去する、ということは決めていた。
決めていたとおりにすべての文章を消去して、「受け皿」を作り、
一連の出来事をあるところで吐き出して、出るところに出る、という
覚悟を決めて、あとは自分のペースでやり始めた。

 ついで、演劇大学福岡に参加して、ある意味「試験に受かった」という形で
あるところの会員、という形で足場を作り、いろんな繋がりや発見をもらい、
例のサイトにまたボチボチと書き始めるようになった。

 そうして自分の近辺が落ち着いた、と思ったら、大変なことが。
・・・いや、まあ、最近、「かゆいかゆい」と父はこぼしていたけれど。
今年の春、泊りがけで何かあった時に体調を崩したらしく、
下の妹の旦那さんと病院に行ったら膵臓にがんができていて、
それが肝臓にまで転移し、どうしようもできない、余命10ヶ月。
こんなことをさらっと自らの口で言うなよ。

 あとは奥山貴宏の「ガン漂流」三部作とほとんど同じ、というか
抗癌剤が効かない、打つ手なし、というところに脳梗塞を起こして
その治療に20日かかり、この間がんには手を付けられず。
その隙にがんは脊髄にまで転移し、髭剃りの時にできた
カミソリ負けがかさぶたにならないくらい免疫が落ちていた。

 あとは坂道を転げ落ちるように体力は衰え、
気力だけは最後まで残っていたけれど、
10月15日、午前4時52分、どこか遠くに行ってしまった。
 
 これが前作「星降る夜になっても」で薄ぼんやりと感じていた
わたしのあずかり知らないところで起こった変化のすべて。

 こんなことを考えつつ、表演空間を眺めてみる。
ベースは親富孝通りにある「屋根裏 獏」というアートな方々が集う場所。
この場所にガラパらしく「音楽」というものを溢れさせた作りになっている。

 本編が始まると、なんか、今までのガラパではない。
記念写真を撮っている様子があり、足元を見ていると、みんな裸足だ。

 「またこの世で」、一体何があったのだ?
そういえば壁には時計が沢山あるけれど、みんな11時で止まってる。
・・・「現世への扉」、「あの世への扉」、記録が残らない、なんか尋常じゃない。
さらには、「ファミコンのコントローラー」というものでポチポチっと
「投票」して、「全員一致」しなければ次には進めない。
この「投票」、チャンスは7回あるらしい、オプションとして
「スーパーなコントローラー」が投票の機会を一回飛ばしすることと
引き換えに使えるらしい。

 この感覚、どこかで感じたような。
まあ、はっきりと掴み取れたが、もう少し話を進めてみよう。
それにしても、水が出てこないのはどうしてだ。

 登場人物の自己紹介をしてみると、みんな若いな。
これからメジャーへの階段を登りはじめたアーティスト・アイドルと
そのマネージャー、マネージャーの夫とその同僚、
アーティスト・アイドルを病的に追いかける
ある意味ストーカーと間違われやすい男、美容業界、とはいうけれど
新興宗教団体の教祖と弟子、という関係の男と女、
プロ野球選手、それも育成と彼をひたすら「応援する」男。
そして謎の男が一人。

 最初のうちは早い段階で「全員一致」して「生き返りたい」と思うのだが、
なかなか「全員一致」にたどり着けない。
たどり着けないから、人間の心理として「犯人探し」をはじめてしまう。
この「犯人探し」を通して、それぞれの「リアル」がじわり、じわりと見えてくる。
このジワリジワリ具合が「記憶の手触り」と重なって
もっと近くにいるような気持ちに。

 大変きつい「心理ゲーム」によってそれぞれが生前隠していた
「欲」がむき出しになり、「世間体」というものが「欲」を「エゴ」に
変えて、にっちもさっちもいかない様として見えてしまっている。

 やっぱり、「あのこと」だったか。
中津川の演劇大学から名古屋で一休みして福岡に帰り、
うとうとすると電話がなって、から今そこにいる出来事の手触りが
板の上にある物語と重なっていやがる。

 父が本当に危ない、という連絡を聞き、全員が磁石のように
引き寄せられて、がんセンターの病室に、それから霊安室、
家に父が「帰ってきて」、葬式屋さんがやってきて、さくさくと物事が進み、
お寺さんがやってきて、枕経を読み、一晩過ぎて斎場に行って
納棺、末期の水を取ってお通夜、葬式、火葬場、骨上げをして家に帰る。
それぞれの出来事が、「逝く者の視点」としてよみがえる。

 結局、人間って「生きることを望む」のか、「死ぬことを望む」のか
「どっちつかざるの成り行き任せ」なのか、これらが「三角関係」になって
ぐるぐる回りながら毎日を生きていて、ぐるぐる回りながら
「あの世」と「この世」の間にある「つどい」に足を踏み入れる。

 ・・・だから7日、というか7回なのか。
こういうふうに父も場所は違うかもしれないが同じことをやっているのかもしれない。
その「意識付け」として今は簡略化の流れで骨上げのち初七日法要となりがちだが
自分のお寺さんは、「そんなことやめてくれ、きちんと一週おいて」といった。
で、初七日法要から7日毎にお寺さんがやってきて、
家族総員で経を読む、説教を聞く、この繰り返し。

 そうすることで「次に進む」という思いを揃えたら
「ナイス」という言葉とともに縄梯子が降りてきた。
その先に何があるか、見当はつかないが。
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