劇団goto 「お皿の話」

たどり着いてるのか、いないのか。

 「タンバリン」を見て、その次の「Listen」は体調の問題か、
日程の問題かはっきりしないが要は、見逃した。

 最近、見逃した、ということがあまりにも多すぎて、
そのことからしてもわたしがここ最近あらゆる意味で疲弊しすぎていたのかな。
こういうことをつらつらと考えながら、開演前のえらくシンプルに机と椅子、
そしてその他もろもろがある表演空間を眺めている。

 というか、小泉八雲、というか火野葦平の「怪談もの」を
「教育番組」という形で「ドラマ化」する、ということ自体が
人によっては「ツボ、突いているな」ということになるし、
または「なんか、マニアックだな」と受け取ってしまう可能性もある。

 昔はこういう「文化」にお金が使われていたかもしれないけれど、
今は「文化」が「分散」してしまって、お金も分散したがゆえに
少ない予算と人員で回していかなくてはいけない苦労がたくさん。

 そんな苦労の中で「女優」という誇り高き存在、
コンテンツを安易に作らず、コツコツ丁寧に作っていこうとする
「職人魂」、この掛け合わせがものごっつい。

 このものごっつさが英語の暗号性と日本語の繊細な感情表現の
対立、対比が噛み合って、不思議な人間関係の物語になっている。

 お話が進めば進むほど日本語って物凄く「豊穣」なんだよな。
というか、この「ことば」の背景にある「日本人」という「生き方」が
「豊穣」だったのかもしれない。

 対して、これを文化の違いというのかもしれないが英語は
「伝える」という意味では物凄くシンプル、だからこそ実用的。
故に、世界中で広く使われるようになった。
けれども、そうなったことで「犠牲」となったものがあるのだろう。
「人」としての生き方の中で生まれた「何か」というものとして。

 わたしたちはいったいぜんたい何のために「結果」を出そうとしている?
というか、何とために、そして誰に対して、もしくは誰のために
「評価」というものを欲しているのか?
その先を知るのが怖いからずるずると「続けて」いるのかもしれない。

 けれども現実、というものは「やる気」だけではなんとかなるわけではない。
何とかならなくても真っ向から「ぶつかる」とか、手は色々とあるのだが。

 いろいろな手を変え、品を変えて「現実」という皿を数える。
足りない、足りないいうて、探して、見つけたけれど、
実はこの「最後の一枚」というものが「プライド」というもので、
本当は残したほうがいいのかもしれないが・・・。
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