飛ぶ劇場「工場S」(再演)

生と死が混交している空間に「帰ってきた」、とはこのことか。
 
 最初足を踏み入れた時、そこにはビールの匂いが残っていた。
しかし、建物の「響き」、演者の「響き」、見手の「響き」、
あと、街の「響き」が良い感じに重なって、
「ここでしかできない演劇」によって空気が入り、混ざったおかげで
少しずつビールの匂いが消えている。

前に同じ演目を見た時は終演後、北九州空港から
東京行きのスカイマークに乗らなければいけなくて、
大雨の中、時間との戦いになって物語をざっとしかつかめなかった。
開演前、上演時間についての細かいところを聞いて、然るべき手を打ち、
バタバタして移動したものだからアンケート出し忘れたり、さらには
鉛筆を黙って持っていた、こないだの大砲の家族の時まで。

 おまけに東京着陸寸前に尿意切迫感がひどくなって(以下略。

 ドアが開いて、客席に着く前に、ひと通りビール工場の
跡地を見てまわる。
なんて言うか、未だ、生々しい。
そんな空気をもらって、地下にある「秘密基地」のような
奥の深い表演空間にたどり着く。

 このお話を見たあと縁あって、京都でロングラン公演をしている
「ギア」という「身体言語」を使ったエンターテイメントを見た。
まさしく、この「工場S」とほぼ同じ空間のつくりだ。
違うのは表演空間の天が工場Sよりも高くて、
巨大な扇風機があって、通路の切り方、そんなものか。

 で、開演前にこのビール工場で働いていた人を
招いて物語の暖機運転とその場所に携わっていた
すべての人々に対する「リスペクト」の意味を込めた
軽いおしゃべり会、工場での休憩時の雑談から
始業のベルが鳴り、リラックスして物語が始まる。

 初演時感じたのは、「労災事故」で突然、人生を「失った」魂がそこにいて、
生きている、働いているからいろんなことがあるけれど、
…………まあ、嬉しいんだ、働ける、ということは生きていることだから。
けれど、自分の領分を超えて扱うものが大きくなればなるほど
「事故」の規模は大きく、ひどくなって「死の世界」と隣り合わせになっている。

 それが「三角関係」であり、どこかでふっと気を抜いた、ということなのだろう。
そういう「緩み」がじわじわと心と体を蝕み、気がつけばM地区の工場S にいた。
「何も生み出せなかった、生きているときに」という後悔と共に。

 そういうことになってからではもう遅い。
だからいつも「だ」を日常生活に込めて、その込めたことを
どう自分の与えられた場所、仕事、役割で表現していくか、を
最近、よく考えるようになった。
この「わたし」を出しきって表現したことが「生きている」ということになり、
この「生きている」の積み重ねが「ものがたり」なのだ。

 「ものづくり」と「ものがたり」の魂がじわじわと効いていて、
「時間」と「時間にまつわる面倒事」を忘れされる魔法まで効いていた。

 こういうことを考えながら人生を生き続け、父が「人生を終わる」様子を
見続け、厄介な方々にいろいろ言われながらも、理解してくれる人に恵まれ、
たくさんの関係性が生まれ、化学変化が起こった上で物語を見る。

 これは「四十九日」の物語だったのか。
「死」から「生」を見ると執着が存在して、この「執着」というものが
いろいろな面で「妨げ」になっているのだろう。
この「執着」を「想い出」という物語にして手放した上で
昇華させる、否、させなければいけない。
父を亡くしてからこの作業を毎週火曜日していた。
そして、この演目を見た翌日に全て終わった。
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