劇団きらら 「踊り場の女」

「怖い」を「怖い」と素直に言ってみる。

 この一年、とにかく「築」の一年だったよな。
父はあっけなく「遠いところ」に行ってしまうし、
自分も自分で方向性の変換を図らねばならなくなったわけで。

いいことか、悪いことか、正直わからない。
「家を出て、自活しなければならない」という「縛り」というものが
綺麗さっぱりなくなって、逆に「集まる場」を残さないとな、という思いが
だんだん生まれてきた。

 この「集まる場」を作っていきたい、という思いを土台に
今後の人生を生きていくのかなぁ、なんてことを考えているともう本編。

 「星の王子さま」以降のきららは「フランス風味」というものを
隠し味として空間のつくりや物語の作りに加えつつある。
この「隠し味」が程よく混ざった中で「無縁社会」というものを見せ、
そして、「無縁社会」の周りにある「過干渉社会」まで精度の高い
「身体言語」で見せつけられるとあらゆる人生のもろもろごと、という
「リミッター」が解除されて自由度が増すとこのように「物事」は見えるのか。

 というか、いけだみきって、リミッター解除すると西原理恵子のように
「信じられないところ」にまで見手を連れて行くことができるのか。

 人生の中で起こりうるありとあらゆる「怖い」というものに
はっきりと「怖い」といえないタブーが人生のトラブルに
繋がっているのかもしれない。

 「怖い」と素直に言えないから、「所属」や「帰属」のもとでの「自由」を
「自由」と言っているのか、その自由の中で生きている人が「怖い」と素直に言える
「存在」を疎ましく思って、ああいう「ことば」を発してしまうのかな。
そんなところまで考えてしまうようにできている。

 「幸せ」って一体何なんだ?
「成功」って一体何なんだ?「失敗」って一体何なんだ?

 こういうことを思えば思うほど
「人生とは思うようにならない」とはよく言ったものだ。
わたしの意図しない方向にしか物事は運ばず、
そうなるようにしかならないようにできている。

 「縁」というものを残したい、と思えばいつの間にか「切っていく」方向になる、
逆に「縁」というものをうざったく思って、切りたいな、と思えば思うほど
この「うざったい縁」がしつこく残るようになっていて、大変面倒だ。

 けれども、「生きたい」と思っているのだったらうだうだいう暇なんかない。
面倒なものを引き受けるだけ引き受けて生きてやる。
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