マニアック先生シアター 「妻の家族」

「家」という「磁石」。

 そういえば、この演目以降からラッパ屋の
北九州芸術劇場公演に行っていないことに気がついた。
うーん、主宰で座付作者の鈴木聡氏が某国営放送の朝の連ドラ
(榮倉奈々主演のやつ)のホンを書いたものだからチケットが取りにくくなって、
この演目と次の「ブラジル」までだろうか、北九州芸術劇場では小劇場で
金曜、土曜、日曜公演だったのが、いつの間にか中劇場で一日のみになってしまった。
そうなってしまうと日程の調整がつきにくくなって、さらには(以下略。

 その隙間にマニアック先生シアターというところが
表演空間の寸法が小さいことと、ハコの制約で「本水」が使えないという
二点さえ除けばかなりの精度と密度で鈴木聡戯曲をやりこなすところを
見つけて、今に至る。

 この幅の広さ、あじびホールでないと出せないよな。
天は北芸のほうがあるから屋根まできっちり作りこむことはできないけれど
逆にとらえると「物語」というものに集中できる作りになっている。

 そんなことを考えつつ、今いるところは冬、板の上では夏。
「ハハキトク」の知らせを聴いて駆け込んでみたものの、というところから
物語に雪崩れ込む、とはこのことか。

 どうやら、この家は「女系家族」らしくて男の居場所が少ないようだ。
故に「遠くに生きたい」と言ってはいるが、家の都合で行けない。
傍目から見てもなにかしんどいよなぁ、「フリーダム」なまわりを見れば見るほど。

 「フリーダム」な方々を見れば見るほど、とはいうけれど
そのフリーダムな方々だって「幸せ」って一体何なんだ?という
永遠の「宿題」を解決できずにいる、という現実がある。

 「幸せ」って一体何なんだ?という問いは生きていく中で
大変厄介な問いで、真剣に答えを出そうとすればするほど
世間と「感覚」が違っていって、なんていうか「余所者」という気持ちになる。

 わたしは「何者」から十分すぎる「餌」を「貰って」生きていくことが
「幸せ」と思うのか、それとも「自分」でなんとか行きていけるだけの
「餌」を探して、取って生きていくことが「幸せ」と思うのか、その違いを
知ってしまったがゆえのなんとか、なのかなぁ。

 その「知ってしまったがゆえのなんとか」がもたらす「身体的反応」と
いうものを「脳科学」の観点で説明する。
 ここに「なりはロックだが、音はフォーク」やら
「落語のリズム」、さらには「プロレス的展開」が絡みに絡み合って
「知的程度の高い」物語に仕上がっている。

 「フリーダム」な方々に腹を立てて「家出」をするけれど間が悪く
身ぐるみ剥がされて命からがら家に帰り着いた。
しかし、身ぐるみ剥いだ人が「シメシメ」と思って道を行ったら
雷に会って死んじゃった、なんともまあ理不尽だな。

 けれども、この理不尽なことを通して、「家」というものが
「不思議な磁力」を持っていて、この力がわたしたちを
「つないで」いたのかもしれない。
この「極普通」なことに気がつく、これが「幸せ」というものか。
スポンサーサイト
プロフィール

itumo25254you

Author:itumo25254you
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR