henhouse 「しろいとりにげた」

 とにかく、シンプルに「おしゃれ」とはこのことか。

「山笠渋滞」に引っかかり、川端通で洒落にならん、と地下鉄に逃げて
恐ろしいくらいギリギリでハコに辿り着く。

 まあ、「至らないところ」はお互いにあった、という結論。
最近、「殺気」というか、「殺意」というものをわたしに誰かが振りまいたり、
わたし自身が撒き散らかしたりして、尋常じゃないことが多々多すぎた。

 さらには、この振りまかれた、というかぶち撒かれた「殺気」やら「殺意」を
浴びてしまうとろくな事にならないことがわかっているからこそ考えてしまう。

こういうことをつらつらと考えていたら、もう本編。
そういえば、自分が演劇のスカウティングを始めた時、
おーたさんとこの「試演会」で一度見たことがあることを思い出す。

ある「学生寮」で青春を過ごした芸術系の「ぶっ飛んだ」女の子たちが
数年ぶりにその場所へやって来た。

 どうして、忌中の「鯨幕」を掛けているんだい?
不幸事があったとしても、一体何が起こったのだ?
謎、というものがじわりじわりと膨らんでいく。

 おまけに、この学生寮は地盤が緩んで半分使い物にならなくなった。
故に取り壊して次の月には跡形もなく消えてしまうらしい。
「建物」というかこの「空気」にお別れをいうために集まってきたのだろう。

なんていうか、おーたさんとこの試演会では感じることの
できなかった「女の子の友情」と「滞ってた感情が再び通う感覚」、
「言葉は人を簡単に殺す」感覚が次から次へとやってくる。
このことがもしかしたら、「年をとる」ということなのかもしれない。

 いろんな「女の子」の人生が板の上にあり、通ってきた道、というものが
演者の持つリアルの人生と重なり、さらには見手の人生とも重なる。

 重ねて思うに、わたしは「不器用」なのかもしれない。
「他人様」は邪魔ばかりする、変な「電波」出して
「ノイズ」というものがひどくて、その中を生きていかなくてはいけない。
そんな「自分」しか見えていない「他人様」を見て「わたし」は
一体どうなんだ、ということを考える。

 多分、そういう「人間の持つ不都合」を「感じ取りすぎる」という
変な癖があって、この癖が面倒、と思われているのだろう。
けれども、「演劇」をすることでこの変な癖や面倒さを
引き受け、受け入れてくれる存在が多少なりともいる、
ということもわたしは理解しなければいけない。

 こういったことを踏まえて物語に戻ると
「かわいそう」に「しがみついている」、ということと
「かわいそう」に「しがみついている」から後悔を延々続けていて、
この後悔はわたしが死ぬまで続くのかもしれない。
故に「わだかまり」を「溶かす」ためにやることはやらなければいけない。
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