だーのダンス 「女のとんがり」

「丹頂鶴」の生態をダンスに起こすと、こうなるのか。

 前の日、熊本でゼロソーを見学の後に飲んで、宿に戻って
少し書き始めて寝るが、部屋が乾燥しすぎてぱさぱさになる。
そうなるとうまく眠れず、悶々としているともう朝だ。

 寝る前に飲んで、食べているので朝ごはんはパス。
飲まず食わずで小倉行きの高速バスに乗り、ひたすら眠り込む。
後ろに人間がいるかも、と思うとリクライニングが倒せず、
座ったまま眠り、福岡ら近辺が異様に混んでいる様子を感じ、
目が覚めるともう北九州。

 小倉平和通で降りて、まずは北九州芸術劇場のチケットボックスで
「劇トツ20分」のチケットをピックして、お金と切符の手配をして枝光。
・・・えんやらやっと今週もアイアンシアター。

 それにしても、「縄張り」というものを一度決めてしまうと
この場所から動きたくなくなるものなんだな、という発見。
ついでに「そこ、俺の縄張りっすから」なんてことを
うまく言えないチキンであることも。

 まあ、ここはパブリックな場所なわけで、「縄張り」を
修正せざるをえないのかなぁ、ということを考える。

 そういうやりとりがあって、表演空間の中へ。
「とんがり」をやり過ごしながら席を探し、座る。
人は「とんがり」というものを使って「結界」を作りたがるのかもしれない。
空間自体はいつもの部分にテント風の空間をこしらえる趣。

 私事をうつらうつら考えているといつの間にか、全てが真っ暗になって
表演空間にある「白いとんがり」がすうっと「光の柱」になっている。
その「美しさ」にはっとさせられるとプレイヤーが入ってきて身体言語をぶちかます。

 白と黒、そして赤の塩梅がいい。
そして赤の「とんがり」というもので顔を「隠す」ことで
「わたし」という「ことば」を消し、一切の「個性」という
「感覚スイッチ」を落としてひたすら「何か」を語りかけている。

 この様子はわたしにとって「丹頂鶴」の生態に見えてきた。
なんていうか、「求愛する異性」が板の上に存在しないが、
「愛を何か、もしくは誰か」に求める「身体言語」がその場で表現されている。

 どうして丹頂鶴の雌は「ペアリングのダンス」を
するのだろう、そんなことを考える。
その思考にまた「私事」にまつわるもろもろが
くっついてきて、おまけに粘っこい何かが
わたしの心と体に絡みついていつの間にか意識が遠くなる。

 遠くなった意識を無理やり引き戻しながらまた遠くなる、
この繰り返しから抜けだして再び正気に戻れば、
いつの間にか「赤いとんがり」を顔から外して「丹頂鶴」から
「女性」に戻っていた。
 
 そして、ラスト、赤いトンガリを空に放つ、という動作を通して、
「女の喜び」にまで身体言語を昇華させた、とはこのことか。

 「不思議な問」をもらった見後感だった。
何かから私を護るためにとんがりだったのか。
男はとんがりじゃなくて「トゲトゲ」なのかもしれない。

 数日後、中洲のある橋の袂にある原田種雄という詩人を
記念した碑に書いてある詩を思い出し、「いたわる」ことを大事にしなければ。
そんなことを改めて感じ、思った。
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