劇団ショーマンシップ 「唐人歌舞伎・沈黙は語る」

まじで震えた。震えるしかない。

 そういえば、ある仕事で前回の唐人歌舞伎「午前零時の椅子」で
「中野正剛」を「福岡初の総理大臣」と「取り間違える」という
最悪の「しくじり」をやらかしてしまった。

 というか、「中野正剛」と「広田弘毅」を取り間違えるなんざ、
わたしもとうとうヤキが回ってきたか、と落ち込んだところで
今回、唐人歌舞伎の題材は広田弘毅。
速攻ネタにして頂いて、本当に救われました。

 というわけで、熊本から枝光アイアンシアター、唐人町甘棠館と
「24時間演劇状態」の締めくくり、というかクタクタの出し殻になって席につく。

 表演空間のつくりが廻り舞台を3つしつらえたシンプルな作り。
おまけに「音次郎」ラインでギンギラのムネトさんが客演でやって来た。
ついでに甘棠館ラインでガラパの松野尾さんも客演だ。
ああ、なんだかんだいってもみんな「つながって」いるなぁ。

演劇をする事でわたしが今まで生きてきた
「世の中」の見え方が変化したようだ。
この流れからしたら、この「広田弘毅」と「東京裁判」のお話は
今まで、社会の中で「タブー」としなくてはいけない事情があったのだな。

 さらに言えば、「福岡」と「玄洋社」のことも「重大なタブー」だったのか?
もっと言えば、「明治維新」から「西南の役」、
「日清・日露戦争」、「太平洋戦争」、
そして現代につながる出来事がもしかしたら
「巧妙に仕組まれた罠」のように思えてならない、故にタブーだったのだろう。

 世の中の見え方がダブルスタンダード、トリプルスタンダード、
おまけにもひとつクワドラブルスタンダードとなっていることが
わかっていたから広田弘毅は「沈黙」を選んでしまったのかもしれない。

 スタンダードに対して「沈黙」で回答することを選ぶまでのすべてを
「日系合州国人」という「日本人」とは少し異なる存在が解き明かして
行けば行くほど、「戦争の持つ本当の3つの目的」がじわりじわりと
色濃く見えてくる、ということについてわたしの震えが止まらない。

 人間、普通に生きていたら「戦争」というか「対立」が
ひどくなることなんてそうそうありえない。
人対人で「戦争」に当たるものが「殺人事件」で、
そこまで来たら「異常」といつもは考える。

 だとしたら「人間」のなりをした「獣」がその「異常さ」を隠すために
あるいはその「異常さ」によって「人間」から排除されないように
逆に人間を排除し返すために「戦争」というものを利用しているのだろう。

 だからこそ、この戦争で「生き残らなくてはいけない」存在が優先的に
殺され、「死ななければいけない」存在がいろいろな手を使って生き残ったことが
あまりにも切なく、悲しい。

 正しいって、いったいぜんたい何なんだろう?
「ゆるやかなファシズム」、もしくは「ゆるやかな独裁制」のほうが
人間は個々の力を最大限に使うことができる、ということは
この世は愚かでしか生きられないのか?
という問いをうっかり貰ってしまった見後感。
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