ニットキャップシアター「ピラカタ・ノート」

「ひらかた」というくうきが、そこにいた。

 自分自身が生まれてから10年生きていた、
そして、離れた後10年の空気がそのまま存在していた。
だからこそ母が言っていた言葉がそれとなくわかった。
それくらいお話がえらくハード、
そのハードさがからだに残っているから、
わたしはわたしだったのだ、ということを強く感じた。

 ハコに入って、椅子に座ると、小さいけれど、あの空気が
ぎゅっと詰っている表演空間が。
自分は生まれて10年間、枚方から少し遠い四條畷という街に
住んでいた、そんなことを少し思い出す。
ちょうど、江瀬美町というほんの少し歩けば大阪外環状線という
大きな道路があって、そこを歩道橋で通れば北出の小学校、
小学校に行く途中、外環状線の陸橋を渡れば
そこは隣の寝屋川市、松下電器の配送センターや
大阪ガスのガスタンクがあって、その奥には市民プール、
その道を一度戻って、外環状線を行くと京阪の寝屋川市駅、
更に外環状線を行くと東寝屋川のグリーンシティ、まだイオンじゃなくて
ジャスコだったショッピングモールがあって、小学校3年、4年の日曜日は
自分の体に馴染み始めた自転車でそこまで行っていたんだよな、親の知らない間に。

 眼の前に広がる空間は、自分が幼くて、親と一緒にしかいけなかった
その先、の風景そのものだった。

 この「ひらかた」という「まちづくり」の物語を
「古事記」の「国つくり伝説」という語りを借りて始まった。

 まずは「まつしたこうのすけ」という男神と
「おけいはん」という女神が出会って、くっついて、
街を「産んだ」というマクロ的な広がりが、なんとも言えない。
外環状線、蔀屋本町の交差点を寝屋川方面にまっすぐ行かず、
左側に曲がり、松下の配送センターを見ながら道なりに進むと
萱島に向かう道になり、それを更に真っ直ぐ行くと
門真の松下電器の本社工場にたどり着く。
そこから更に真っすぐ行けば守口、そこに父の働く工場があった。
この門真、守口で働く、さらにはその先の天満橋、淀屋橋で働く人々のために
枚方、という街が生まれたのだ。

 ここにくすぐりとして今の阪急京都線はかつて「新京阪」と言う形で
京阪電鉄のものだったのだ、そういった逸話を
「ひらかたはよつくらんとはんきゅうにながれちゃうよ」と
男神が女神にせっつく様として演劇的に混ぜ込むのは、さすが。

 このマクロ的なお話からストンと「そこに住む人々の様々な生活」という
ミクロ的な拡がりに急降下することで何故か不思議な感覚を見せつける。
片親家庭とか、知的障害と発達障害の境界線ギリギリだとか、
昔からのお金持ちのおうちに生まれたけれど、居場所がないとか、
子供がなかなか生まれない若夫婦が訳あってピラニアを飼うようになり、
その水槽を「ぴらにあのいるひらかた」=「ピラカタ」というふうに見立てた、
このミクロのお話が寄せては返す波のように続けながら、古事記特有の
「田楽」≒「神楽」の要素を現代の形にアレンジしたムーブマイムで見せている。

 この見えてくるものが、自分が四條畷にいて、そこから離れて
わかってきた感覚、「いろいろな意味で隔離されて、慣らされた
混ざることを拒まれた、ひとつひとつが区分けされた空間」として感じられ、
「理想」というものはそれぞれ持っているんだけれど、
なかなか近づかず、近づけず、このささくれ立ちがあまりにも切なくてたまらない。
さらに、自分が四條畷から離れて、福岡に移ってから10年の間で、
大阪が東京に擦り寄ったのか、はたまた東京が大阪に嫉妬したのか、
それぞれがそれぞれと混ざり始めて、「大阪」が大阪で「なくなる」変容までも見せている。
この変容による「狂い」を久しぶりに訪れた1994年3月、いろんな所で見ることがあり、
その狂いが「阪神大震災」という形で顕在化して、わたしが生まれた大阪と
今の大阪はものすごく違う、「区分け」と「均質化」が極限まで進みきった
空気がそこに流れている、そして、そんな時代に変化した。
その変化の様を「表へ出ろぃっ」で野田秀が演ったように
「色を消す」光と色の使い方でうまく表現しやがった。

 本当は人それぞれの立場、というものは様々な形で変化して
ひとつところにとどまれない、と古の知は教えてくれるのだが、
「区分け」と「均質化」が進めばそれぞれの立場は固定化できる、
そして立場を固定化すれば多くの面で都合がいい、という社会になり、
このことを嫌がれば、居場所がなくなるように「システム自体」が作られている
現実の流れを上手く見せているから、母が久しぶりに見た大阪に対して
「あんな淀んだところ、残らなくて本当に良かった」という印象の真意もわかるし、
切なさもよく分かる、けれども、私は複雑だ。
その複雑さがラストに繋がる一連の動きでズシンときた。

 ・・・欲を言えば、プラレール、京阪普通色に塗った国鉄113系だったのが残念。
京阪電鉄の車両は、まだプラレール化していなかったのだろーか、とふと思う。
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