カムヰヤッセン 「新説とりかへばや物語」

「役割」って一体何なんだ?
「立場」って一体何なんだ?


 昼に見た北九州芸術劇場「彼の地」から
抱えたぞわざわ感が止まらない。

 体中から湧き出る「なにか」が「震え」として出てきて、
これを人は「恐ろしい」というのか。

 たぶん、この演目が終わったあとに「大事な人」に合うこと、
そして翌日のあおきりみかん宮崎公演に行くために朝早くの高速バスに乗ること。
この2つの「単純だけれど、重要なこと」が重なって、さらには(以下略。

 表演空間に入り、客入れ音の落語囃子に「江戸時代の寄席小屋」は
こういう感じだったのかな、そんなことを考えつつ、
「見切り」の部分をきちんと囲ってものすごくぎゅっとした空間が
出来ていることに感心しながら、
それでいて、「シンプルに賑々しい」という空気を感じている。

 最近、わたしはビッグコミックオリジナルでは
尾瀬あきら作「どうらく息子」という落語漫画をよく読んでいる。
話の内容は「落語が好き」というか「落語に惹かれた」主人公が
「世間」というものを「落語」という「道具」を使って学び、たたかって
「居場所」を作っていく、というお話。

 読み始めて、最初らへんは「落語」を知る以前に「世間」を知らない
主人公の粗忽ぶりと「落語」という「話芸の戦場」で繰り広げられる
演者同士、演者と聞き手、その他いろいろなところで繰り広げられる
「凌ぎの削り合い」というものが息苦しくてある意味きつかった。

 その息苦しさというものとおなじ感覚が表演空間にあった。
この感覚をうっかり感じてしまうと手に力が入りすぎるのか、
もしくは手から力が抜けて、物をつかむことや書くことができない。

 あ、この感覚、去年の6月、演劇を見る前に中洲の場外車券売り場で
久しぶりにお金を打ち込んだレースを見た時、発走前に感じたやつとおんなじだ。
そうなったらヤバイからおとなしく板の上であることに集中しよう。

 集中すればするほど、よく練り上げられた「落語の高座」とはこういうものなのか。
「前説」からして「前座さん」がやるような塩梅で「空気」が動いているし、
その空気を舞台裏の「楽屋」の感覚まで移動している。

 お話の幹は古典の「とりかへばや物語」、
これを「新作落語」というものに「起こした」ことで始まった「化学変化」を
手を変え品を変えこれでもか、これでもか、と見せる、という趣。

 なんていうか、「女性優位」の世界と「男性優位」の世界が
同時並列に存在していて、あの乾物屋の兄妹がそれぞれの世界を
つないでは切り離し、つないでは切り離す。
つないでは切り離す度に「生態上」の現実が乗っかり、
あとなんだ、「人間」というものの「生きにくさ」というものが乗っかってくる。

 あれっ、これはジェンダーフリーやら役割と立場の話じゃないか。
そのことを感じると同時にわたしは「スタニスラフスキーくん」のことを
なんとなく思い出して、在る木曜日に起こった出来事に対して
板の上に在ることと混ぜあわせて反芻を始める。

 スタニスラフスキーくんは、どういう人生を生きて、
どういう事情で演劇を選び、どういう経緯でヨーロッパに渡り、
演劇を勉強してこの福岡に「流れ着いた」のか、まだまだわからない。

 わからないからスタニスラフスキー・システムと
「公立の演劇学校による俳優教育」とか要するに「他国のシステム」に
「固執」しているのか、はっきり言って理解できなかった。

 理解する以前にスタニスラフスキーくんは人間的にまずい。
まず、「自分」を懸命に伝えるに夢中で他者の話を聞かない、
聞こうとしない、これ、事を進めるにあたって一番まずいこと。

 わたし自身も、かつてそうだった。
だから「近親憎悪」的な感覚を持ってしまったのかな。
という認識を持って少し「武装解除」をする。

 武装解除をしたらその裏に隠れた「本音」というものが
ちょっと見えてきた。

 ああ、「立場」と「役割」というものに痛めつけられたのだな。
特に「日本社会」という奴は「立場」と「役割」というものを
病的に強要するんだよな。
この「病的」というものがあまりにもクセモノで、クセモノであるがゆえに
「人間」というものの「生きにくさ」というものが乗っかって大変だ。

 その「大変さ」に辟易して海を渡り、「異者」から「他者」へ
周囲との対応を「変換」する戦いを通り抜けてしまうと
「異なった」認識を手に入れることはできる。

 問題はこの異なった認識で「立場」と「役割」というものを
「システム」として「再定義」してしまうことで「システムの崇拝者」なのか、
はたまた「システムの奴隷」なのか訳の分からない態度をとりがちになる。
あなた達「日本人」は「立場や役割の崇拝者」とか「立場や役割の奴隷」だ。
そういった状況を脱すためには(以下ループ。

 このぐるぐる周りを断ち切るためにそれぞれが持っている
「大事なもの」を一つだけ「手放して」、自由になることで
何かが動くのかもしれない。

・・・お後がよろしいようで。

まじで凄い。
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