ルアーノデルモーズ 「ゴールデン・ゴールデン・ポイズン」

「調べる」の先にある「何か」。

 そういえば、前回公演、行こうとして手配していたのですが、
財布を忘れ、しかも大雨で博多駅にたどり着いたのが
開演の15分前、「これは完全に遅れる」と門松駅で
来ない電車を待つ間にキャンセルの電話を入れる。

 家に帰り着いたらもう7時半。
翌日は日田で快快、ピーチに乗って、大阪へ向かい、
人の気も知らないでから新幹線と瀬戸大橋線を乗り換えて
高松、船に乗って直島で指輪ホテル、開場10分前に
大雨が突然来て、中止。

 ものすごく残念だったけれど、あるひとつの「旅」が
終わったのだな、という思いと、また「新しい旅」を始めよう
という思いがない混ぜになった旅だったわけで。

 けれどもなぁ、白白白、白一色でガラパのような「仕掛け」を
作られるとものすごくおしゃれで、さらには真ん中にある
バルコニーの具合がなんだか「わたしたちと住んでいる世界が違う」と
また「アウェイ感」がひどくなって、ため息つきたくなるほど
やりきれない気持ちになってしまう。

 ・・・「お家賃いくら?」てなことまで考えるともう本編。

 「幸せ」というものについて「疑うことを知らない」多勢に
背を向けた女がひとり、赤い傘を指して、佇んでいる。

 「疑うことを知らない」多勢は「政治」というものが持っている
薄っぺらい「ことば」に乗せられ、踊っている、否、踊らされている。

 ここからある意味、「ファッシヨン、あるいはモデルの現実」というものを
「楽園みたいな街」という「空間」に「落とし込んだ」物語に引き込まれる。

 引きこまれていくに従って、わたしは開演前にうっすらと
考えていたこと、いままで「そうなっていない」現実に対して
苛立っていたこと、両方がないまぜになり、「幸せ」というものと
わたしが今まで、どう生きてきたのかというふたつを問われてしまう。

 というか、わたし、あるいはあなたにとって
「人生のあるべき姿」ってなんなんだろう。
いままで「感性」で生きていたのかもしれない、
「理性」というものをうまく使っていなかったのかな。

 さらに言えば、あらゆることを「芯から」考えていなかったのか?
もしかしたら「上っ面」の部分しか考えていなかったのかもしれない。
物事ひとつをやるにしても「納得して自らやる」のではなく、
他の人間から「やらされて」いたのかもしれない。

 「納得して自らやる」事ができれば、「調べる」という作業の質が
変わってきて、見つけた「ひとつ」のキーワードから
知りたい情報が情報自体からわたしに「飛び込んで」来るのかもしれない。

 そういう状況がきちんと「板」の上で表現されている。
前々回は「おしゃれ」な男と女が「小金持ったら」こういう風に
生きていくのか、という「演劇」だったのだが、
場数を踏むことで「演劇」というものに
慣れてきたからかなんか、響き合っている。

 さらには「隠し味」として「ほXXxXX」という「ある物質」を
直に「ことば」として使うことをせず、
この物質が及ぼす影響をファッションモデルの
「現実」として見せている。

 恐ろしいくらい世間ずれしているところとか、安易に物を買い、
安易に恋愛から結婚まで持って生き、子供を産み、別れ、
意地を張ってシングルマザーとして生きていく様子として。

 さらには、「完璧」を目指してはいるが、それ自体がないことを
すでに知っているし、いま、そこに在る状況は「受け入れがたい状況」が
多いのだが、それを受け入れることで「大金を稼ぐことができる」ことを
周りよりも「いい暮らし」ができることを知っている。

 けれども、その暮らしは長くは続かない、
その事実もうっすらとわかっている。
うっすらとわかっていることに向き合うと「存在意義」と言うものを
根底から崩されてしまう、故に必死で隠してしまおうとする。

 本当は、肯定も、否定もできなくて、良いことと悪いことは
マーブル模様になっているのだが。

 「変化」とは斯くも「重い」ものなんだよなぁ。
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