劇団ユニット・ラビッツ 「ラッキー☆アイランド」

物事の奥にある「何か」を通り抜けなければ「喜びの歌」は歌えない。

 わたしたちは「あの日」以来、「尋常ではない」空間と時間の中を
生きている、「のかもしれない」という言葉は敢えて付けない。

 現実、わたしも去年の10月、わたしの父がどこか遠くへ行く前の
週末以降、名古屋から東に行くことができなくなった。
なんていうか、それより前、関東に行った時、妙な胸焼けや
心臓のチクチク感を抱えて福岡に戻り、立て直すのに苦労したことが。

こういうことが多々あって、「危機本能」が働いてしまった。
本音を言えば、食べ物にも、水にも気を配らなければいけない。
しかし、現実にはなかなかうまくいかねぇや。

 ・・・うん、もろもろごとをハコの中に入り、防護服と
大震災の写真たちを見ながらつらつらと感じると本編。

 物語のベースはある作り酒屋の兄弟が「酵母菌」の着いた
米麹を作る箱と飼い犬を救うために避難区域へと入り、
監視の目をかいくぐりながら米麹を作る箱は取りにいけたものの、
飼い犬を探そうとしたら時間軸がどこかで曲がって知らないところへ。

 昔、放射能の害を真正面から見つめた画家と
取材中のテレビスタッフもそれぞれの時間軸がどこかで曲がって
同じところに放り込まれた。

 あらゆる意味で「前提」が大きく揺さぶられて、
揺さぶられた結果、壊れて、その隙間から「命や心より金」という
人間が元々もっている醜く、汚い部分がじわじわと染み出してきて
そのままどころか、どんどんひどくなってきている。

 その酷さをわたしたちは「生きるべくして生き、死ぬべくして死ぬ」と
言い訳して生きていかなければいけないほど、気持ちしんどい。
・・・ものすごく面倒だ。

 この面倒さが真ん中あたりの一つ一つはなんか緩い、
もしくはぬるい、というかへんな冗長さと重なってなんか厭だった。

 けれども、追いかけていけばいくほど、板の上にある全てが
「困難」というものに対して「普段着」で立ち向かい、戦っているさまが
見えてきて、第九の「喜びの歌」がそのさまを支えている。

 昔、わたしは第九の「喜びの歌」の歌詞について
「ほんとうの意味」を偶然、知ることができた。
「本当の幸いを見つけられたもののみが集まって喜びの歌を
 歌うことができる、そうでないものは泣きながらその場を離れよ」と。

 要するに、あらゆる「困難」に立ち向かっていく事ができた
者「のみ」が「生の喜び」を感じることができる、ということなのだ。
これがベートーベンの「交響曲第9番」全体を通しているテーマなのだ。

 すべての困難に立ち向かう人々に幸あれ!!
スポンサーサイト
プロフィール

itumo25254you

Author:itumo25254you
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR