ブルーエゴナク 「交互に光る動物」

結構ヘビーな「クラブ系演劇」。

 ひとつ、「実験」というものをしてみる。
というか、このカンパニーを「鬼の生活」という演目で始めてみた時、
いわゆる「クラブ」というものの空気を演劇の方に「持ってくる」と
こんなふうになるのか、ということを感じ、さらに男肉ド、ソレイユという
更に突き詰めたところまで見て、こういうたぐいの演劇は
「お酒」入れてみたらどうなるんだろうと。

 というわけで、福岡公演、西鉄ホール近くの「角屋」という
立ち飲みの居酒屋でビールは演劇前にはキツ過ぎる、
それならハイボールはどうだ、と飲んでみたら、いつの間にか
駆けつけで3杯、脳みそゆるゆるで西鉄ホールにやってきた。

 そうしなければいけないほど心も体もしんどかったのか。
道理で小便頻繁に行くはずだわ。

 初見の「鬼の生活」では尿意が途中でひどくなって(以下略。
春先は「冬のからだ」から「夏のからだ」に変化する入り口だから
汗、というものが出にくくなっている。
だからこそ、この時期の演劇の仕事は「水分コントロール」、
そして花粉症対策が重要になっているという発見。

 西鉄ホールでの表演空間は昔飛ぶ劇場がここでやった
「正しい街」とほぼよく似た作り、違うのは飛ぶ劇は長方形の
対面座席だったのがエゴナクは正方形の四面座席。
ここに客入れ音でテクノがガンガン効いていたら
開演前からわたしの脳みそはトランス状態。

 トランス状態があまりにも効き過ぎると物語が
より一層重く入ってきて、処理できる能力に限りが出てくる。
処理能力を超えるといつの間にか頭のヒューズが飛び、
気がついたら結構いいところ。

 わかったことは「路上の現実」というものは
わたしたちの創造をはるかに超えた「えげつなさ」なのか。
えげつないが故に美しいものは、より美しく見えるのだろう。

・・・そんなあやふやでレポートを上げられるか、自分。
上げられないだろ、自分、ということでその夜に
枝光アイアン公演のチケットを手配する。

 西鉄ホールよりものすごくぎゅっとした空間だ。
さらには外で聞こえる「生活の音」と中で聞こえる「演劇の音」が
なぜかしら混ざって、不思議な響きを作っていて、ここに「クラブ」という
ある意味「アシッド」な空間が存在している。

 真っ昼間のまったりした空気でそういう空間にいる、という
不思議な違和感というか、なんというか。

 そんなことをつらつらと考えていたら須藤元気とニューワールドを
彷彿とさせるコーディネーションから本編に入る。

 「元夫婦」というか、「夜鷹とその客」、「ヒモとヒモに貢ぐ女子大生」、
「一緒に生活はしているのだが、結婚に踏み切れない男女」、
「カルト宗教にハマる女と飼われている男」、これらの男と女が
織りなす「関係性」と「自覚していない精神病患者」と「チンピラ」が
「関係性」に「介入」することを通じて、様々な「狂い」というものを
これでもか、と見せている。

これらそれぞれの「記憶の断片」を繋いで、壊すという繰り返しが
わたしと云う「物語」だったのか。
「物語」を路上の現実と生活を加えて板に落とし込むと
これらの「闇と病み」が福岡の時よりくっきりはっきり見えていた。


 物語がヘビーでえげつない、そして怖かったから、
終演後、福岡でも、そして枝光でもいろんな人に会えたことで
なんか良くわからないが、「わたしは孤独ではない」と思った。

 ・・・結論、開演前に酒は飲むもんじゃない。
あくまでも演劇はわたしの「仕事」だからこそ。
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