北芸×北美 「モテたい売れたい僕らアーティスト」

Life is Art. Art is Life.

 年に一度の「美術館と劇場」のコラボレーションがやってきた。
今年は、「バスキア」の「消防士」。

 ・・・なんていうか、「攻めて」くるなぁ、泊さん。
というか、北九州市立美術館の「所蔵作品」の
ラインナップ自体が硬軟取り混ぜた「攻めた」感じとも言うが。

 開演前、いつも感じるのだが、「美術館の人」と「劇場の人」が
並び立つとものすごく面白い。
着ている洋服の色目や体の作り、そして体の動きが
どこかしら微妙に違う、その様子を見ることが新鮮だ。

 去年はひどく汗をかいたがゆえの「使い捨てカイロ」だったのが、
今年は薄着をしすぎたがゆえの「使い捨てカイロ」だった。
美術館というところは着るものに困るのです。

 少しイラッと来ることをやり過ごして中に入ると
すっげぇシンプル、なんていうかイケてるバーって
こんなかんじなんだよな、てか昨日は近所に出来た
そういうところ、その前に博多駅近くで久しぶりに飲んで、
で、帰りに寄って色々話しながら生を二杯飲んだら
いままでのわたしにはなかった変な感じ。
こういうことを思い出すほどの表演空間。

 さらに、客入れ音が初期の「テクノミュージック」。
それを聞きながら、「バスキアって、音楽や演劇で言えば何なんだ」
ということをつらつらと考えたら前説、美術ファンのかたって
携帯電話の電源を切らないのですね、というか、切り方を知らない人も
いるもんだ、それに驚き、集中を切ったことに対して少しキレてみせる。

 お話は1990年代、「現在の芸術」というものが芽生え始めた時、
路上でたまたま出会ったラッパーの男と美大生の女。
お互いがゆる~く惹かれ合い、ゆる~く反発し合い、
ゆる~く助けあって、ゆる~く別れてそれぞれの「芸術」を見つける、
そういう中身、ここに「先輩」のそこそこ売れてるアーティストが
絡み、そして、「あこがれ」というか「とある山の頂」として
バスキアが存在している。

 うん、なんていうか、「ぐしゃっと書かれた」絵画に、
「他人の絵画をズタズタに切り刻んで、適当に貼り貼りした」絵画に
どうして「価値」というやつが生まれるんだい?

 もしかしたら「市場価値」というものは「運」と同じ意味なのかも。
「偶然」でしか動かないものを追い求めて、ウロウロとしているのかな、
こういう世界で「売れたい」とかそんなことを望む、ということは。

 あるものは「偶然」というものを「強引」に「必然」へと
変えようとするし、また別のものは「恨み節」を見ず知らずの他者に
撒き散らかして鬱憤を晴らそうとしている。

 その様子と「なんでも出来る、かも」という根拠のない自信に
「突き動かされて」何かをなそうとするけれど、
過酷な現実というものに嫌でもぶつかって、血まみれになる。
それでも前に迷いながら進んで、「わたしにしかないもの」を
見つけて、掘り出して、「人生」と云う作品を生涯かけて作る。

 
 続けていたらいろいろな形で、色々なやり方で、
「アート」できるのだ、そういうところまで「深く」見せている。
てか、「売れて、モテる」と「終わり」が早く来ちまう、ただそれだけ。
スポンサーサイト
プロフィール

itumo25254you

Author:itumo25254you
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR