最強の一人芝居フェスティバル「INDEPENDENT:FUK14」

凄いけれど怖い。

 今年もやって来ました。
いろいろな意味で演者の持つ「地の力」が問われる
「魔法のおもちゃ箱」というものが。

 より一層「攻めた」演者を揃えた、毛色の違うラインナップ。
大分のところは全く知らないわけで、あとこぱる親子やら
そめごころ、14+と言葉悪いが「えげつない」ところを突いてきた。

 徐々に「演劇の興行」から「プロスポーツの興行」へと
客入れ音の作り方や、演者の入り方、ありとあらゆるところが
進化、というか変化している。

 いまどきのアイドルの音が外の湿気がいい塩梅に取れた、
スッキリとした澄んだ空と相まって、夏がやってきた。


[オープニングアクト]
OPA1「或る棋士の肖像」
出演:鈴木春弥(演劇ユニット永久磁石)×
脚本・演出:工藤菜香(演劇ユニット永久磁石)

 「将棋盤」が陰の主役なのだがうまく視点がそこに集中できない。
集中できないところに演者が入ってきて、ワイシャツを着、
ネクタイを締める、そしてジャージの下にズボンを履き、
トートバックを持つ。

 「プロ棋士」という商売は日本で、あるいは世界で
一番過酷な商売だと思う、そこにたどり着くまでも、
たどり着いてからも。

 まず、奨励会というところに入ってその中で年間とおして
総当り戦を戦い、初段戦、二段戦、三段戦と勝ちあがり、
四段でようやくプロとなり、C級戦、B級戦、と勝ちあがり
年間10人しか戦うことができないA級戦、そこの一位が
本当のチャンピオンである「王将」と七番勝負をする。

 上がったり、落ちたりがそこにはあり、
そして「年齢制限」という最大の難関が存在する。
ある年齢までにその位置に行かなければプロへの道を
「自動的に」絶たれてしまう、というものが。

 その中で生まれるたくさんの葛藤、辿り着くまでに
得たものと喪ったもの、これらをプロフェッショナルの空気を
使わずしてプロフェッショナルの持つ、
ほぼすべてを表現した。

 人は誰しも、「成し遂げられなかった」無念を背負って
こつこつ、こつこつ毎日を戦い、生きている。
それしかできないもん。

[Aブロック]
●「明朗、暮らしゆく」
出演・脚本・演出:上田奈津美(Drama Art Unit Beauty-pool)

 身内が入院すること、特に「死ぬことが目前に迫っている」と
なんか、恐ろしく切ない、というか今まで生きてきた時間、と
「最後の時間」がじわじわとシンクロして、わたしの母も
父に対してこういう時間の使い方をしたのかな。

 わけのわからん「正面衝突」をして家から疎遠になったり、
なんて言えばいいんやろ、良好な関係を作ることができたり、
いろいろな人生が見えてくると、わたしの人生を考え、
父との関係、母との関係、今後のわたし、いったいぜんたいどうなる?
そんなところにまで不思議に引きこまれていく。

 これを見た数日後、「もう、赦してやりなよ」と天の声がした。
私に辛くあたった人々に対してもう、赦してやりなよと。

うん、そうだねと言ったらなにか軽くなった。
それがいいのか、よくわからないが、そうすることにしよう。

●「トルコライス ラプソディー」
出演・脚本・演出:村上差斗志(14+)

 きっつい仕事をようやらやっと終わり、近くの洋食屋で
飯でも食って帰ろうか、にしても近頃の若いもんは反応悪いのぉ。
おっ、トルコライスがメニューにあるじゃないか、なになに
とんかつをチキンカツに変えることができてしかも100円引き、という。
こうして「マクラ」を緻密に作り、RockerとLockerをくすぐりとして
「トルコライス」をネタにした「動きのある落語」になっている。

 「ガリバー旅行記」やら「ピノキオ」やら童話、寓話、
いろいろな日本の古典文学、さらには個人的な思い出が
程よくミックスされた「大人の童話」になっていて、
最後のオチが「一炊の夢」になっていることがなんとも言えない。

●「10周年孤独乱交パーティー」/from大阪
出演:一瀬尚代(baghdad cafe')
×脚本:山本正典(コトリ会議)×演出:泉寛介(baghdad cafe')

 白、白、白一色。
美人が白い風船膨らまして「おまた」に入れて、「破裂」させる。
こういう傍目には「変態」と見えることをいともあっさりとやってのけたら
却って、というか結構清々しい。

 というか、こういう「性的行為」を目の当たりにすると
セックスしたい、ということを強く感じてしまうじゃないか。
「クンニリングス」こそが(以下略。
この「性」という業によって周りの人を傷つけ、殺してしまった。

 けれども、わたしはこの業を生き抜かねばいけない、
どんどんどんどんやってくる業をこれでもか、これでもか、と
受けて、受けて、受けていく。

 「業」を生き抜いていく、とはこういうことなのか。

[Bブロック]
●「優しくない手」
出演:田崎小春(万能グローブ ガラパゴスダイナモス)×
脚本・演出:田崎尚登

 ガラパの「レモンサイダー・バカンス」でこぱるを初めて
「ちゃんと」見ることができたのだが、いままでの福岡の
演劇業界の女の子の持つ「身体言語」とは少し違うなと。

 うん、体の線がものすごくエロい、ムーブ・マイムもすごくエロい。
特に「レモンサイダー・バカンス」最後らへんの「真珠の首飾り」の
ムーブ・マイムが「性的なもの」を喚起するに十分すぎる。
それくらい生々しいのです。

 そういう流れで「少子化」を克服する一つの手段として
「マジック・ホール」という穴にペニス突っ込んで「抜いて」もらうという
昔、「歌舞伎町」とか「中洲」にあったらしいお手軽風俗で
「精子バンク」のネタを採取する、という一石二鳥のお話。

 ここではたらく女の子の喜怒哀楽、そして「実らぬ恋愛」が
突然蘇ってどうしたら良いかわからない戸惑い、
水商売や風俗で働く女の子は多かれ、少なかれ、こういう思いを
抱えて毎日を生きている、そういう話を直接、間接的に見聞きすると
さらに生々しくなるのです。

●「ノクターン」
出演:田島宏人×脚本・演出:石田聖也(演劇ユニットそめごころ)

 ああ、野田秀樹が書いた「一人芝居」、特に男のやつを見てみたい。
そういう空気感で、「学生運動、連合赤軍」と「ニート」という
時間と歴史的空間がかけ離れた出来事を「焦燥感」という
「共通項」でまとめ上げた趣。

 昔もいまも、「焦燥感」というやつを若者というものは
常に抱えている、それを抱えているうちは「おとな」ではなく、
まだまだ「若者」なのかもしれない。

 がだ、この「焦燥感」を抱えなければうまく前に進めない。
これに「正しい」という言葉を頭に付けたいけれど、
「正しい」という言葉の定義、というものがますますわからない。

 「責任感」と「無責任感」という相対する感情が
クロスオーバーして爆発するさまを見れば尚更。

●「安土町歌集」 / from大阪
出演:林裕介(劇団自由派DNA)×脚本・演出:谷口はるか(悲願華)

 演者の「身体言語」というやつを見て、うっかり感じてしまった。
この感覚、「柿喰う客」の玉置玲央を大阪のINDEPENDENTで
見た時とほとんどおんなじ身体言語だった。

 この身体言語で一人の男が「父」になり、覚悟を背負い、
子を育て、妻を送り、新しい家庭を作るまで子を育て、
父として人生を終わる、という物語を三十一文字のセリフを
スパイスにして表現している。

 というか、橋下が大阪の市長になる以前は
こういう思いを詩歌にして路上で見せて、売っている場所が
梅田の高架下、なんばの地下、天王寺公園とたくさんあった。
そういう空気感をうっかり感じると私自身いったいぜんたい
何なんだろう、これからいったいぜんたいどうなるんだろう。

 ものすごく切なくて、しんどいわ。


 今年の取り合わせはどうやら「人間の持つ業」を
いろいろと角度を変えて見せている。

 人間の抱える「業」っていったいぜんたい何なんだろう?
この抱える「業」を何とかすることが「人生」というものなのか。

 故に、自分の身の回りで起きた様々な出来事や
これらによって想起される感情がじわじわとにじみ出てくる、
それがなければわたしはとっくの昔に死んでいたのかもしれない。

 そんなことをつらつらと考えては見るが、
そうすればそうするほど「業」という「蜘蛛の糸」に絡め取られて
ややこしいことになってしまうよなぁ、ふうっ。

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