劇団鳴かず飛ばず 「ダブリンの鐘つきカビ人間」

「たかが30分、されど30分」。

 上演時間の長さ、というものも満足度を左右するのか。

 さて、この演目を今年の5月、広島のtempaというところが
演ったのを見た。

 そのときは「福岡演劇フェスティバル」週間のまっただ中、
ttu「おやすみカフカ」を見たのち、クロサイ「#」を見て、
うまく食事や風呂もできずに広島行きの高速夜行バス、
またいつものようにとなりあわせで人がいる、というストレス。

 このストレスをえんやらやっと、というか路線自体のルート変更に
驚いて広島にたどり着いて、いつものサウナで汗を流して、
一眠りして、気がつけば場所を出ていかなくてはいけない時間、
ゆっくりと広島駅まで歩き、途中のJRA場外馬券売り場で
スカウティングレポートを書きながら時間を潰し、
なんか落ち着かない、というか腹が減ったので新幹線口の
グランヴィア、ビュッフェレストランに並ぶ、その合間にも
しこしことレポートを書く、食べて、ハコに向かい、
レポートを書きながら会場、というか受付を待つがなにかしんどい。

 うまく眠れていないからなのか、入口近くにキャンプでもするのか、と
うす汚い野郎たちが(以下略。

 おまけに、15時半開始で途中休憩がどこに入るかわからないが
終演は18時過ぎ、なんだかんだしていたら19時10分発の
福岡行き最終の高速バスに間に合わない、と気をもんでしまう。

 その旨、挨拶がてら親分に聴いてみると、大丈夫、という。
「間に合う」というならば、信じるしかない、と腹をくくる。

 ということがあったので、鹿児島で鳴かず飛ばずがやる、という時、
まっさきに見に行く、という基本方針は固まった。
泊まるところも久しぶりにレム、問題はお盆の交通問題と
スケジュール管理、どのタイミングで工場での仕事を抜けることができるか。

 そして、上演時間がどんな感じになるのか、もしかしたら
広島のように休憩時間を挟むのか、そうじゃないのか、
下手に長引いたらいけないから早いタイミングで
交通機関が抑えられない。

 おまけに、今後の問題、お金の問題、人間関係の問題、
いろんなことがまとまらなくてものすごくきつい。

 きついことをやりこなして新幹線に乗り、鹿児島について、
宿に入り、外は大雨だから中のレストランで飯を食い、
タンバリンのスカウティングレポートを書いて寝ようとすると眠れない。

 タブレットいじったり、何やらしているともう明け方。
目をつぶって寝ようとすると汗がひどい、朝になって
やっと眠れるが、金縛りが酷い、「臨死体験」とはこのことか。
「ああ、もうすぐ、わたしは、ここで死ぬのだな」と。

 奇跡的に目が覚めて、ご飯を食べ、汗を流してテレビを見る。
・・・おどろいた、名は敢えて秘すが、この演目の出演者が
舞台衣装とメイクで鹿児島の情報番組に出ている。
鹿児島のフットワークの良さ、というか、過酷、というか。

 それを見ると、そろそろ外に出なくてはいけない時間帯。
まずは演出者協会の会費を入れに郵便局に行くが
やらかして、時間がかかりすぎる。
あとは天文館をウロウロして、お昼なのに何も食べられない。

 気がつけばもう時間近いのでハコに向かい、じっと待つ。
鹿児島の中央公民館は漆喰を塗り直すとものすごくいい感じ。

 開演前、腹をくくる、あらゆる感覚を板の上に落とし込む、
そのための準備をやっていると、なんだかなぁ(以下略。
いつものtempaはそう言うのなかったし、この部分だけが
tempaではなく、G2プロジェクト、あるいは商業演劇だった。
・・・大概行儀の良くないわたしが言う義理ではないが。
ということが広島では多々あって、心配したけれど、
鹿児島ではお客さんがすごくちゃんとしていた。

 こういう様子を見ると「ああ、わたしのやっていること」が
気に入らない人、というものが居て、そういう方々から
キレられていることもあるのだな、と思い知らされる。

 故に、不思議な違和感を感じながら本編に入ることが
広島だったけれど、鹿児島では前説のコールアンドレスポンスで
違和感を「ほぐす」ことですんなりと本編に入る。

 前半部、G2って、「中性的な要素」を持っていたのか、
物語が「男性性」と「女性性」が曖昧なまま存在していて
時と場合によって「男性性」と「女性性」のどちらかが
寄せては返す強弱具合で板の上に現れている。

 お話のベースは「ノートルダムのせむし男」だな。
「ノートルダムのせむし男」は「先天的奇形」だったのだが、
「ダブリンの鐘つきカビ人間」は原因不明の「病気」による
「後天的奇形」によって起こった不都合、それだけの違い。

 前半部の肝は男女性の違いそれぞれを見つめる
おちさんの「女性的な要素と視点」が広島は甘く、優しく効いていて、
ものすごくキラキラしている。
キラキラしているからこそ、なんかものすごく落ち着かない。
落ち着かないから物語を捉えられない。

 逆に鹿児島は「男性的な要素と視点」が「いま、そこに在る現実」として
「苦い」辛口として効いているけれど、なんか後味の良い苦辛さ。
地味で苦辛さはあるのだけれども、「歌舞伎」の「見得を切る」と
いうような「形」がきちんと出来ているから「身体言語」としての
一つ一つがメリハリがあって、落ち着いて物語を捉えられる。

この肝に現代から「迷い込んだ」、「男と女」がドラゴンクエストを
はじめとしたRPGというものをプレイする、ということがうまく絡んで
「違い」から派生する「差別と嘘」というものを
くっきり、はっきりと見せていく、という趣。

 後半部は「後天的奇形」によって「正直者」になった
「大嘘憑き」と「後天的奇形」によって「大嘘憑き」になった
「正直者」による「不器用」だけれど、「本当の恋」という
物語の肝があって、肝の周囲に「欲」と「うそ」という
「人間の原罪」というものがグルグルと絡みつく「気持ち悪さ」、
その気持ち悪さを断ち切る、というRPGを「プレイ」する感覚、
それを見手が「見ている」けれど、
どこかでは「参加している」というところの曖昧さ。

 これらを精度と密度の良さでやられると、途中休憩なんかいらない。
故に物語を動かすリズムがさらに良くて、「因果応報」というか、
「因縁の巡り」やら「愛しているから憎い」としか言えない
苦しみとかが切れ味よく表現できている。

 「欲」と「嘘」はいつも仲良しでこの仲良しぶりが
「世界」をある方向(善悪はここでは問えない)へと連れて行き、
退っ引きならない事態へと気がつけば連れて行かれる。
こんな事態をご破算にし、すべてを中和する塩梅は
梨木香歩の「裏庭」のように「生と死」の両方を抱き寄せて高みに
ひっぱりあげて、「喜捨」という形で見せた。

  だからこそあの「市長」は「嘘」をついて皆を「扇動した」罰、
として「この世での永遠の命」を得た、と「死」という形で
「あの世」に行きたくても、死ぬことすら許されない、
「魔法の剣の奇跡」だって「私利私欲なく使用する」ことが条件な
ものだから起こりようがない、ひたすらに罪もないものを殺して
殺して、自分「だけ」生き続ける、これこそ惨めで酷い罪はないな。

 がだ、「鐘つきカビ人間」の方だって、結局のところ
そうなる前に起こした「過去の因業」が災いして
「助けてほしい時に助けてもらえない」事態を呼び、
自らの「欲」と「嘘」によって自分を滅ぼした、とも取れてしまう。

 ・・・人間というものはものすごく哀しい動物だ。
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