KAKUTA  「痕跡」

「人生バンジージャンプ」。

 ・・・はい、ぶっ倒れていました。
先々週末の広島、楽しく飲んで、ご飯食べて、かなり寝不足、
宿を出て、ウロウロして、ネットカフェに立てこもってから汗が止まらない。
おまけに夜遅く帰り、早く起きて仕事に行く、その仕事自体は楽しい、
問題は人間関係、勤務の「交通整理」というものが全く出来ていない。
お互いがお互いの「優先順位」を強調してものすごくしんどい。

 さらにはお盆、チンタラチンタラ働く輩の後始末をするために
気がつけば帰りは18時、酒の量が気がつけば増えていた。
内蔵ボロボロ、心もボロボロ、という状態で鹿児島へ。

 宿について、ご飯食べて、汗を流して寝るまでは良かった。
けれども、寝汗が尋常じゃない、おまけにもんもんしている。
過去のスカウティングレポート読んだり、抜いてみたりしてみると
もう3時、もう4時、もう5時、もう6時、ここまで行くと汗も引いて
すっと眠れる、と思ったら「臨死体験」という「金縛り」に合う。
身体がズブズブと沈んで意識はあるのに立ち上がることができない。

 これが二回続いてスッキリ目覚め、宿を出て見学する前に
演出者協会の会費を入れようと郵便局に行き、払込票を
機械に入れたら大変なことになり、手間を掛ける。
・・・劇作家協会の会費も入れた、阪急友の会の会費も入れた、
お金、一体どうなるの、と変なスイッチが入る。

 この後、鳴かず飛ばずを見学し、さあ福岡へ、と思うが
なんかしっくりこない、お茶をしながら切符を手配するが
指定席が満席なのでグリーン車を取る、駅に向かって食べるものを
探すが、なんか嫌な感じ、仕方がないからコンコースのうどん屋で
そばを食べる、そして新幹線に乗る。

 福岡に帰り、少し飲んで家に帰ると雨に濡れたかのように汗が酷い。
あと、例の手紙でスイッチが入り、慌ててお風呂に入り、
口に手を突っ込んで吐いてしまう。
あとは喋れないし、動けない、横になるしかない。

 それから日曜病院に行くと「精も根も尽き果てる状態」といわれ、
この後、ずっと火曜日まで眠り込んでいた、HMEに出る以外は。

 いろんな出来事を乗り越えて、やっとこさ、ここまで辿り着いた。
一時期はせっかく買ったチケットを無駄にしてしまうかも、と思ったが。

 それにしても、青山円形劇場は見やすいけれど、
椅子の座面高が恐ろしく低いし、隣の席との間隔も
恐ろしく狭く、満員の状態で見るとかなりのストレスになる。
この表演部や座席の作りを北芸小劇場に「もって」来ると、
「演じる空間」はすごくぎゅっとしているが、座席の作りは
えらくゆったりしている、ストレスなく見ることはいいことだ。

 疲労が溜まりすぎて、何やらかすかわからない時にはなおさら。

 「疲労」でよく考えるのだが、最近良く「毒親」という言葉を
目にしたり、耳にするようになった・・・ネットの中だけだが。
「親としてアタリマエのことをする」こと自体が子供をダメに、
もしくは子供を殺してしまうことがあるらしい。

 まあ、このことはある意味現実で、ある意味嘘かもしれない。
がだ、今こうしてこのレポートを書いているうちに潰され、殺されている
子どもたちが居るわけで。

 そういう人生を送った大人たちが「新しい人生」を送るためには
いったいぜんたい、どうしたらいいんだろう、今のままでは
「毒親」というものに死ぬまで絡め取られてしまう。

 だとしたら、「わたし」という存在を「解体」しなければならない。
さて、「わたし」はどれだけ「解体」できる?
私を縛っている「戸籍」をどうやって抜いて、別のあたらしい「戸籍」を
どこで、どうやって、手に入れて、それに付随する免許証やら
パスポートやら、健康保険証をまたどういう手段で手に入れる?

 「人生を変える」ということはこれぐらい徹底的にやらなければ、
住所や、仕事や、人間関係変えたって「元」がよくなければ、
そのよくなさが「あとあと」わたしの人生ついてまわる。
過激に、厳しくやって「人生のバンジージャンプ」は意味を成すのだ。

 たまたま「人生のバンジージャンプ」を成功させることができたけれど、
この「成功」が以外にも沢山の人々の人生を巻き込み、狂わせた。
ここがこの演目の肝。

 ある夏の嵐の夜、自分の意志なのか、導かれるように家を出た
10歳の少年が何者かによってひき逃げされ、
生きているか、死んでいるかわからない、
ホントはどうなのか、ということを母親が探しに行く
というロードムービーを軸に、「無戸籍児」、「密入国者」、
その他もろもろの「表には出ない、出て来られない」存在が
板の上に存在し、そうならざるを得ない事情までも垣間見えてしまう。

 そういうような存在に対して、知らぬ存ぜぬを決め込んで
のんべんだらりと生きていればそこそこ幸せだ。
けれども、この世界をうっかり知って、触れて、手を突っ込んで
しまった、それでもそうしたことを「隠し通せば」まだいい。

 けれども、「隠し通す」事によって「あとあと」生まれた毒が
皆の心を蝕んでいき、最後の最後「良心の呵責」に負けて
「普通」が同時多発的に崩壊するさまに戦慄を覚える。
 
 私にはそんな勇気がないから、と言って
自らを責める必要なんてないし、痕跡のリスクなんて背負えない。
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