福岡市文化芸術振興財団 「パンチネロ~たいせつなきみ~」

全ては「見通されている」。

 やって来ました、さいとぴあ。
博多駅から地下鉄に乗り、姪浜から今宿、福大の野球場が
見えたら、九大学研都市、イオンの隣になにかいいものが。

 ・・・というか、この場所、「福岡外環状道路」に関わる
「代替地」に作られたものだったのか。
それが何より証拠には、福大の野球場だって、外環状線と
都市高速環状線の「福大トンネル」を作るために
場所を提供して、このおかげで七隈の体育関係施設が
再レイアウトされ、福大病院の新棟ができた、
そのさまを自転車で見てきたのか。

 だとしたら、地下鉄七隈線も、天神南駅から博多駅と
橋本駅から九大学研都市駅までは通るのだろう、時間はかかるが。

 ・・・いや、まあ、北芸の「痕跡」があったけれど、ぶっ倒れて以来
久しぶりに演劇の仕事「だけ」をする日程。
おまけに、夜は月一回の「大切な人」に会いに行く。
終演後から会いに行くまで、結構時間が空いている、
そういう時ほどサッカーもない、野球もない、ついでになにもない。

 どうしようとイオンのスタバでお茶を飲み、
11月の広島から沖縄、という大移動の日程をまとめ、
熊本方面の手配もしてから現地に向かう。

 それにしても、ここ数ヶ月あった、ツイッターの中で
ある写真家「もどき」が日本の文化や他者の人生を
口汚く喚いていて、非常に気持ち悪かったのです。

 この件についてなかめぐに夜中「この人知っている」てなことを
ことばのパスを回してしまって、なにか申し訳ない気持ちになる。

 この思いを感じながら、小便したいなとトイレに行き、
戻ってきたらしまださんに捕まり、体のことを聴かれる。
・・・まあ、なんとかっす、3日間寝てたら何とか戻って、
今度ぶっ倒れたら入院も選択肢のひとつかなぁと
話してから入場の列に並ぶ。

 ドアが開いて、中に入るとなんかすごい表演空間。
おまけに客席は子供連れがかなり多い、というか、
イオンの中にあるゲームセンターや、楽市楽座なんかに行くよりも、
近所にこういうものがあって、行く機会があるならば、得るものが
あるのかもしれない、見手にそう仕向けるような「強度」のある
演劇を作っていく、そしてつないでいく。

 ポイントは「0を1にする」、そしてこの「1にしたものをそれ以上にする」
その方策、ロジックの組み立て方、組み立てて、どう実行するか、
任せるところ、凌ぐところ、こんなことを考えるとまた吐きそうだ。
人を殺すような汚い言葉を感じ、それに対していろいろ考えすぎて、
動き過ぎて、気がつけばピークアウト起こしている現実。

 そんなことを感じていたら、もう本編だ。

 物語の基本構造は「彫刻家」という
ある意味「孤独な」アーティストの工房と彼によって「創造」された
「人形たち」の「社会」でそれぞれ起きた出来事が交互に
展開していく、なんか、これを見て、感じて、ふと思う。

 この様子、ツイッターやら、フェイスブックのような
SNSや、2ちゃんねるのようなBBS、さらにはネットゲーム、
NintendoDSやらPSPのような通信型ゲーム、要するに、
インターネットと現実社会、という対比と全くもっておんなじじゃないか。

 現実社会も、現実じゃない世界でも「わたし」には
それぞれ位置や役割があるけれど、その位置や役割が
「ポジティブ」な位置や役割であるならば、それはそれでいい。

 けれども、ポジティブの裏にはネガティブ、というものが存在し、
なんていうか、位置や役割に対する不平や不満を解消するための
「はけ口」としての存在も少数ながら必要なのだ。

 この、はけ口として「創造主」はパンチネロをお作りになられた。

 がだ、当の本人はそういう位置や役割であることを知らず、
ただ、その位置や役割を果たしているから、理不尽に悩む。
「なぜ、わたしは、まわりと同じではないのだ」と。

 そして、「わたしはこんなに劣っているのに、ここにいていいのだろうか」
さらには、何を一体、どうしたらいいのか、わからなくなる。

 「大切」って一体何なんだ、「わたしに出会う」とは一体何なんだ、
「ありのまま」とは一体何なんだ、これらを見つけるのはとても大変だ。

 大変だから普通は「はやり・すたり」を追いかけてみたり、
みんなそれぞれ生まれや育ちが違って当たり前なのに
その生まれ、育ちをことさらに強調して優劣をつける、という
ある意味「差別主義」に走りやすい、という愚かさ、などの
「人間の可笑しさ、悲しさ」ということを非常にわかりやすく見せている。

 普通は立ち居振る舞い、さらにはツイートの中に
様々な人生が見えてくるのだけれども、何も見えない人が居て、
ググって調べるにしてもなんか嘘をついていそう。

 こないだ、他者と繋がろうとしないのですか、という問いに
乗っかったら「わたしは創造主だ、わたしの創造物を買え、
つながることには意味がない」と言ったので、
なるほど、と思い関係を絶ったことを思い出す。

 この人、孤独で、とても弱い人なのだな、不特定多数の意見を聴くのに
耐えられないメンタルかもしれない、はまるいの演った「貴婦人」と
おんなじような、だから「材質」という狭い価値基準しか信じていない。
逆に「彫刻家」という「創造主」は傷ついた心を受け入れ、癒やし、
正しいと思われる道を指し示す手助けをする。

 「特別な存在」なんて人それぞれなのに、この狭い価値基準を
不特定多数に強要する、部分的には正しいかもしれないが。
がだ、窮地に立たされた時、「差別」した奴に生存を
助けられることもあるかもしれないのに。

 「差別」って不思議な力を持っていて、「わたしはわたし」と
存在を強く持っていても狭い価値基準に合致して「褒められて」
しまうと、簡単に「崩れて」しまうんだな、魔力だ。

 そういう人に出会うと、私の人生や学んだことに不安を感じるけれど、
もういいや、私はそうとしか生きられないし。
これが、わたしにしかない「良さ」というものなのだろう。

 今年、3年に一度の「八雲国際演劇祭」というものがあって、
そこは「3歳からの演劇祭」と銘打たれている。
この演劇祭にフルパッケージで持って行けたら化学変化が起こりそうだ。

 ・・・終演後、程なくして「大切な人」からメールが入り、わたしを気遣って
「今日会うのやめにしよう」と連絡が来た。
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