柿喰う客×福岡市文化振興事業団 「ゴーゴリ病棟」

        わたしの中に隠れている「全て」が引き出されていく。

 落語と狂言、広い意味での「バレエ」、その他もろもろを混ぜて、
溶かして、「わたしの中にある狂気」をこれでもか、と加えてみせた。
もしかしたら狂気は「お金」によって引き出されているのかもしれない。
精度・密度の高い「身体言語」というものを使ってこういう内容の会話を
うっかりやってしまったところをたまたま見て、聞いてしまった。


   物凄くシンプル、というか「シンプルこそが肝」と
表演空間自体が「語って」いる。
この表演空間に「身体言語」が乗っかり、
さらに「言語」が「身体言語」を補強するように乗っかっている。
だから、しなやかなんだけれど、ものすごく頑丈。
故に「時間」というものを感じさせない。

 そんな構造で「絶海の孤島」に「隔離されたある病院」で
起きた出来事を絶妙のリズムでやっている。
まずはテクノミュージックを「出囃子」にしてお話を回す存在が登場して
前説の諸注意をやってから「マクラ」に入り、いつの間にか本編。

ムーブ・マイムのひとつひとつが美しいし、演者それぞれの仕事を
いろんな場所で、いろんな形で見てきたが、「新しい身体言語の領域」と
言うものを上手に引っぱり出されて、新しい形でうまく見せている。

 ここにゴーゴリの「鼻」という小説とカフカの「変身」という小説が
絶妙に響きあう「重低音」が流れ、主な旋律は「病院」、
特に「大学病院」という「組織」が抱える「闇」という「病み」と
いうものが流れている。

 この旋律に「ゴーゴリ」という「狂い」が乗っかって、
さらにダメ押しで「お金」という「魔物」がうねるように襲いかかる。
これらのひとつひとつに「説得力」というものが強く現れているから
見ている人ひとりひとりの「感覚」にいつの間にか入り込んでしまってるよ。

 この感覚に入り込んで「人は何かの拍子で突然狂うことがある」という
現実をしきりに「演者のからだ」を使って語りかける、その語りかけに
見手はただ納得するしかない。

 まるで口に出る言葉を使うことなく体が話し始めている。
この「からだが話す」様をそれぞれが耳ではなく、
それぞれが持っているからだを使いながら
懸命に「聴いている」、しかも恐ろしいくらいのスピードで。

 こんな体験をしてしまったがゆえに改めてゴーゴリ、というものを
「読む」ことで何かを掴みたくなってきた思いを抱えて次に向かう。
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