演劇ユニットそめごころ 「走れメルス~少女の唇からはダイナマイト!

「形」があるから、「型破り」。
「形」がなければ「形無し」。


 私がこういう形で「演劇」をする上で「形」としているものが
ふたつあった、ひとつは「テアトルハカタと博多演劇」、
そしてもうひとつは「野田秀樹」だった。

 というか、「テアトルハカタと博多演劇」というきっちりしたものを
見続けて、ほかのを見ないと、という流れで最初に見たのが
村松利史の「変態演劇」と夢の遊眠社という取り合わせ。
「変態演劇」を見た時にえりこねえさんとうんぜんさんとの
「第一遭遇」があった模様。

 いっとき演劇から離れたい、と思った嫌な出来事があって、
そうなると物事は自然と離れるように事態を仕向けていて、
演劇の現場に行くことなく、「新感線・南河内万歳一座・そとばこまち」の
「関西演劇」やら「宝塚歌劇」やら何やらを「現場」ではなく、
「活字」で、あるいは写真やテレビで追っていて、心と体が疲れると
それすらできなくなっていた、というか「サッカー」という「戦争」を
欲していたほど、なんか異常だった。

 この異常さがわたしを壊していたのかもしれない。
壊れていたわたしを救い出して、直していったのもまた演劇だった。
その足がかりとして「からだの中にある言葉を引っ張り出す」ことを
見つけ、その中で「舞踏」を通して不思議な出会いがあり、
また「野田秀樹」に戻ってきた。

 さて、野田秀樹の片腕、というかメインの「音屋」さんをしている
高都さんとのなんだかんだは追々話を進めるとして、
自分にとって一番「蒙を啓かれた」ことが「ことばの出し方」。
「断定系」で話を終わらせるな、それじゃいろいろ不都合が起きるよ。
高都さんだからソフトに言うけれど、これが野田秀樹だったら
ボロクソのてんこすに言われて、落ち込んでいたのかもしれない。
そんなところを今のわたしは「改善」できているのだろうか?

 こういうことをそめごころを見る前のひととき、つらつら考える。
・・・前置きがすごく長くなってしまった、本題に移るか。

 今回公演の「肝」は3つある「初めて」。
ひとつは初めて「外部」から演出者を「招いた」こと。
ふたつは初めて「ダブルキャスト制」を敷いたこと。
みっつは初めて「野田地図」ではない、「夢の遊眠社」時代の
「野田秀樹」戯曲を演ったこと。

 まず、ひとつめの「初めて」は改めて演出者の所属先である
(劇)池田商会が「なんでもあり」の集団だった、と云う発見。
持ち味たる、コメディから、ガチの「時代劇」や、ガチの「演劇」、そして
いわゆる「地下演劇」までこなすことのできる「形」を持っていて、
この「形」を経験の少ない若者に「インストール」できた、という収穫。
・・・そんなことを言うとやのまゆから「来い。」と連絡が来そうだな、おい。

 ふたつめの「初めて」、「ダブルキャスト制」は「空気の違い」というか
配役を変えることで「空間」が180度変わってしまう、と云う発見。
わたしの「見る順番」が「シャッフルキャスト版」から
「ノーマルキャスト版」という流れだったからかもしれないが、
「見世物小屋」や「テント演劇」という「非日常」が強すぎる空間から
3時間の「間」を置いてガチの「地下演劇」という「流れ」を
感じることができた、という収穫。

 さて、最後の「初めて」、「夢の遊眠社」時代の「野田秀樹」戯曲を
演ったこと=「英国留学以前の野田秀樹」、さらには「走れメルス」という
戯曲を「選んだ」ことによる新しい発見。

 そめごころやら田原工業、こふくの永山さん演出による
「野田秀樹」戯曲を枝光アイアンシアターや甘棠館で見ると
どうも「地下演劇」というものと「親和性」が高いな、と感じることが
多々あり、その感覚を携えて演出者協会からもらった本、
「演出家の仕事(4)八〇年代、小劇場演劇の展開」を読んでみたら
まあ、驚いた。

 ・・・現在の「地下演劇」界の大親分、流山児祥と
野田秀樹が「組んで」仕事をしていた、という「意外性」。

 さらにあらためて読み進めると「走れメルス」を初演した翌年に
「第一遭遇」があったのか。
そして、一年後に野田秀樹が流山児祥のカンパニーに
「ぷらねたりよむ・あむうる」という戯曲を書き下ろしたが、
その公演の「打ち上げ」の席でカンパニー同士の「流血沙汰」に
より、野田秀樹は「地下演劇」と「決別」して、その「4年後」に
「向こう側」へと行ってしまった、という事実。

 となると、野田秀樹にとって「走れメルス」は
ひとつの「転換点」となった「戯曲」だったのかもしれない。

 そういう風に「捉えて」見たら「メルス」という存在の「本当の名前」、
「メルス・マークス」にひとつの「鍵」を見つけてしまった。
見ながら、まずは"mars/max"からドイツ語に飛んで、
野田秀樹流に「ことば」を分解して再構築したら
"Merkmal/feature"と来た、そのことばを日本語に直すと
「特徴、特色、面相、本領、そして"似る"」、さらには
"max marks/maks Marken"、日本語に直すと「最大級の評価」。

 ああ、わたしたちが「追って」いた、あるいは「求めて・闘って」いた
「何か」の正体はわたしたちが持つ「特徴・本領」に対する
「最大級の評価」というものだったのかもしれない。
で、「アイドル」や「売れっ子の女郎」、そして「犯罪者」というものは
何らかの形で「最大級の評価」を得ている、その様を眺めながら
私達も追い求めていた、という「現実」がうっかり見えた。
・・・これが「多幸症」な「多動性」というものか。

 さらに言えば、「多幸症」な「多動性」は
「繰り返し」というものへの欲望、へとつながってしまうのだろう。
・・・なるほど、「形」がない上で「繰り返し」を見せればこれは「苦痛」だ。
がだ、「形」のある上で「繰り返し」を見せることができれば「快楽」だ。
この極みがプリセツカヤの「ボレロ」だよ。

 「向こう側」へと行ってしまった野田秀樹は「歌舞伎」という
「形」と「西洋演劇」を「接続」する役割を果たしたことは
ある意味「当然の成り行き」だったのかもしれない。
スポンサーサイト
プロフィール

itumo25254you

Author:itumo25254you
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR