劇団ルアーノデルモーズ  「夜にざわめき」

六次の隔たり。

 人、という「いきもの」は「6人、もしくは6通り以上」の関係を
「経由」すると世界中の人達と関係になる可能性があるらしい。
・・・事実、ツイッターやらフェイスブックというものが
「ブースト」となって「六次の隔たり」という現象を実感、というか
痛感することが多くなってきた。

 ああ、これが「パブリックな存在に成る」ということか。

 にしてもなぁ、いろいろなことがあって、ひとつずつ
「潰して」いくように解決するのに一ヶ月、
やっと今後の方向性ができて、今週から動かしていくように
なってきたけれど、連絡の不徹底で見通しを再度説明せざるを
得ない状況、まあ、何とかなったけれど。

 そんな状況からネットカフェで「喧嘩商売」の佐藤十兵衛が
「金剛」をマスターし、「煉獄」を入江文学と解析してパクって、
「無極」をマスターして「そうび」を増やしてさあ金田保戦、と
いうところまで読んでからハコに行くと、驚いた。

 いや、まあ、モデルさんですから、色んな所からえらく派手な
お花が仰山飾られの、客席の人も恐ろしいくらいに線が細いし、
その「細さ」に加えて、なんというか「魅せつける」お洋服やら
お化粧やらをしている人たちが仰山おったりして、
すんごい「アウェイ感」を常々感じていたところ。

 がだ、今回はいろいろな意味で恐ろしいくらい「地味」だ。
ハコ主が「アクティブ・ハカタ(テアトルハカタ)」ということで
逆にノアールが「アウェイ感」を恐ろしく持っていたのかもしれない。
ちうか、提携しているのかな、「アサデス。九州山口」の水曜日に
みよしみゆうと徳永玲子ねえさんだしなぁ。

 おまけに表演空間と客席を「ひっくり返して」、
「日常」と「非日常」をマーブル模様にしてさらには変則的な
「ランウェイ」というものを表演空間の中に作りやがった。

 ほう、今回は「ガチの演劇」という「文脈」で
「美しさ」と「格好良さ」、そして「綺麗」というものを
「見せていく」腹づもりなのか、客入れ音もすごくおしゃれな音を
「音圧高め」に聞かせて、「下ごしらえ」は十分出来ている。

 さて、物語的には「夜のザワザワ感」をテーマにした短編2本を
「ファッションショー」の「やり方」で「演劇」する趣向。
故に、「立って」、「居て」、「振る舞う」のキレが
演劇とはほんの少しだけ「異質」だった。

 まずは一本目、半ば高校演劇部の同窓会、みんなで集まって
ワイワイと飲んで話して、地区大会止まりだった演劇部が
たまたま県大会に進出して、たまたま九州大会に進出して
もしかしたら全国、という展開でたまたましくじって、という
思い出話から「何かを為す」ということは意外と「気力」と
「体力」、そして「胆力」が重要で、これらが三位一体となって
「緊張感」というものが生まれる。

 この緊張感が程よく上がらないと何も成せないわけで。
・・・程よく上がった緊張感は「社会の窓」ひとつ開くだけで
簡単に崩れてしまった、という教訓に雨の音が重なると
もう、すでに「何かが始まっている」ことにみんな気が付かない。

 さらには「信じられない」という言葉に「ポジティブ」な意味が
乗っかってくるのか、「ネガティブ」な意味が乗っかってくるのか、
「そこにいる」けれど、もう「そこにはいない」、あなたの「ポジション」は
これからずっと「空いている」、そういう情報を淡々と入れられると
・・・糞怖いです。

 男と女、もしかしたら「三角関係」かも、という「疑心暗鬼」というものが
膨らみに膨らんで、これが夜、大雨で増水した河川、という
「死への入り口」に誘われて気がつけば「知らないところ」に
行っちゃって、二度と帰れなくなった。

 ものの取りようによっては「わたしは選ばれなかったのだ」という
心理的なダメージを生きている側に与えてしまった、とも言うし
「死」、というもので「究極の愛」が完成してしまった、ずるい、とも
言わざるをえないくらい震えるお話だ。

 ・・・「始まり」と「終わり」のお話だと思ったらヤケドする。

 さて、二本目は「吸う」という「行為」に「ダブルミーニング」を
ぶっこんだらえらいことに成るものだな、おい。

 最初の姉、弟のやりとりから福岡、九州の演劇業界、
男子喫煙者は3割位、女子喫煙者は自分が知るところでは
やまえり、りえぞお、みずほねえさん、よんぱた、それくらいか。
本当は喉がパクパク割れるからよろしくないんだよなぁ。
こういうことをつらつらと思い出す。

 てか、みよしみゆうが演ってた役の名前が「みずほ」とは
川口さん、みずほねえさんをどっかで知っているのかもしれない。
喫煙者だし、ほとんどああいう感じで慣れたらすごく居心地のいい人だ。

 うーん、「夜9時起床、朝6時就寝」と昼夜がひっくり返っていますなぁ。
・・・「禁煙合宿」だったら普通逆でしょ。
もしかしたら「大麻断ち合宿」でもおんなじか。
「人の匂い」とか「血液型」とか、物騒なことをおっしゃっているところで
これが「吸血鬼」が「人間と同化する」ために「血を吸う」ことを
「我慢する」合宿だった。

 この「いきちがい」、「すれちがい」、「かんちがい」が
怒涛のようにやってきて、無邪気な人間が「事の次第」というものを
あっさりとネタばらしてあっさりと状況を破壊する。
破壊したらしたで、「世の中は広くて狭い」ところを見せ、
「己の甘さ」を自覚し、まあ、収まるところに話は収まる。

 ・・・吸血鬼は曹洞宗のお寺にぶち込んで納豆ご飯と
味噌汁、たくわん、それだけで血を吸わずに生きていけるらしい。

 「演劇の三大要素」がきちんとしていると「事の次第」が
じわじわ、ざわざわと見えてくるのだな、あとは「出来事」という
「爆弾」の使い方やね。
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