北芸プロデュース 「《不思議の国のアリスの》帽子屋さんのお茶の会」

「縁」を繋いで、繋がれて、わたしたちは生きている。

 この演目のリーディング公演、出された座組を見て、驚いた。
よく、この面子集って、というか、引き寄せられてくるとは。

 この「事実」はわたしにとってどういう「合図」なのか、
この「合図」に対して、わたしはどう反応すればいいのか、
どのような「立ち位置」でどのような「役割」をやればいいのか、
この数ヵ月思案し、城崎温泉でこってり絞られて、様々なことに
ぐるぐるして、いろんなどん詰まりを感じ、休んで、整理を始めた。

 整理を始めてみると、わたしの「人生のテーマ」や「表現手法」、
「立ち位置と役割」、「今後の方向性」、いろんなものが見えてくる。
見えてくるとどう対応、対策していくか、色んな所と連絡して
手段を講じる日々が数ヶ月続いたわけで。

 そういうことがありすぎた後、久しぶりに北芸へ。
小腹満たしにクリスピー・クリームドーナツに入ると、
そこにただがいた、昨日、デルモーズ、予約リストに入っていたが
来てへんようやったけれど、言うたら来てた、とのこと。
てか、ぱっと見ではわからないくらい美しくなってきやがる。

 ついでに14+の「三人娘」は隣のスターバックス、テラス席で
大変かしましくやっていたし、まあ大集合、という趣だ。

 そういう喧騒をすり抜けてエレベーターに乗り、
6階の中劇にたどり着いて、中に入る。
座席の決まった位置に入り、回りを見渡してみると
種種雑多な人たちが客席に集い、今か今かと待ちわびている。
そのさまはまるで植生が各々異なっている「木」であり、
「木」が集うと「林」となり、「林」が集うと「森」となる。

 わたしたちは「客席」という「森」に生えている
「観客」という「木」となって「あり得ない場所」で繰り広げられる、
「あり得ないお話」を見る、という趣向。

 この「あり得ない」お話の肝は、アリスという一人の少女が
「不思議の国」に迷い込んですぐに起こった「お茶会」の場面を
「入り口」にして、「果てしないかくれんぼ・もしくは鬼ごっこ」
というものをおっぱじめる、という出来事を切れ味鋭いエンターテイメント
へと仕立て上げた、ということ。

 座組、というか「役割分担」は主だった「役割」を
「言語担当」と「身体言語担当」、もしくは「性格」という鏡の
「裏と表」、という形で分けて、混ぜて、カオスを作り出し、
「ひとつしか存在しない」眠りネズミと、謎の男が物語を動かしている。

 「不思議の国のアリス」というメルヘン、なのかファンタジーなのか
わたしは正直、わかりかねる物語を別約実とコンドルズの手にかかれば
「生きる」って、もしかしたら「ぐるぐる回り」を
永遠に続けていくことなのだろう。
このぐるぐる回りの中にはたくさんの「問題」が内包されていて、
それらを一つ一つ潰していかないと終わり=死ぬ、というものが
なかなか見えてこない。

 さらに言うと、今の世の中、こんなにめちゃくちゃなのは、
わたしたちが「終わらせたくない」とか、「死ぬのは嫌だ」と
「強情」を張ってしまい、「強欲」にまみれ、自身より偶々
いろんな意味で「弱い」立場の存在に「おわり」や「死」を
「押し付けて」、都合の悪いことやものから逃げ切ろうとしている。

 こう見ると、人間、という「いきもの」は「繋がっている」と見えて
実は「離れ離れ」で「孤独」の中にいるのかもしれないし、
「孤独」の中を生きていても実は「深いところ」で
「繋がっている」のかもしれない。
こういう主客がひっくり返る、内と外がひっくり返る中を
わたしたちは生きている。
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