飛ぶ劇場 「豚の骨」

「最後の晩餐」と「最初の晩餐」。

 そういえば、わたしはラーメン屋で食べる「ガチの」
とんこつラーメンを最近食べていない、というか、
ラーメン屋のラーメンを食べていないことに気がつく。

 春のすごく暖かい時、熊本に演劇の見学に行って、
いつものように桂花ラーメンで飯食って、やることやって、
福岡に帰ってきたら、というかその道中からなにか変だ。
・・・どこかから納豆のようなものすごく臭い匂いがする。
母に訊いてみると、ラーメンのとんこつ成分と
にんにく成分が汗に反応してそういう匂いになったらしい。
それ以来、わたしはラーメン屋で食べることをやめてしまった。

 このこと以外にも今までやってきたこと、食べ慣れていたものを
わたしの心と身体が拒絶反応を示し始めている。
この事実が何故かものすごくしんどくて、しんどくて、しんどくて。
まあ、「しんどい」理由はわたしの中にも、外にもあって、
これらを処理するためにひと月、ハンバーグ工場の仕事を休んで
事務処理をしながら養生し、もうひと月で集中し直すために
軽めのところで「訓練」というものをしてきた。

 月曜日まで訓練をして、会社の健康診断のち、
振り返り、水曜日から「戻って」来たが、なんというか
違和感なく「そこにいる」ように働いていた。
そういうことがあって、久しぶりの演劇、久しぶりの北芸。

 表演空間、ガチの「屋台」だわ。
・・・小倉らしく「お酒」を出さず、「おはぎ」とおでん、
そしてラーメンを出すところかな、と思わせて
客入れ音が「資さんうどん」の店内よろしく「オリジナル」の
音楽がひたすらかかっている。

 ・・・どうやら、おでんもない、おはぎもない、当然のことながら
お酒もない、ラーメンだけを「ひたすら」食べてくれ。
そういう「メッセージ」を空間自体が語りかけてくる。
だから、「スープ」にこだわりを持っているのだ、という説明を
ひととおりやって、更に観劇のご注意を混ぜて
これが前説、そして気がつけば本編。

 「スープ切れ」につき、本日閉店ですか。
まあ、人気のラーメン店にはありがちな出来事ですわな。
というか、「ガチ」でラーメンのスープを作ると手間暇かかる。
されど、手を抜こうと思えばどこでも手を抜ける。
特に、血抜き、アク取り、というところで、がだ、手を抜けば抜くほど
出来上がりはとても獣臭く、それをごまかすために(以下略。

 そんなところにまろび現れるはなにかワケありの
男と女、どうやらこのラーメン屋でたまたま出会い、
そこから「関係」が始まったらしい。
さらにはなんだ、「本日、人類最後の日」ということで
思い出になるものをなにか食べよう、と思ったら
ここに辿り着いたらしいが、あいにくスープ切れ。

 しかし、世の中は良く出来たものだ。
鍋の底に残っている濃縮したスープと新しい若いスープを
うまく合わせればなんとか一杯は作れるらしい、時間はかかるけれど。
この「最後の一杯」を待つ間に、
「この場所」と「この時」に「来るべき人」が何かに引き寄せられて
じわりじわりとやってくる。

 「おわり」というものがやってくると「人間」という
「いきもの」の「すべて」、いろいろな「本音」や「本心」というものが
より一層露わになってくるものだな。

 「不倫」やら「家族崩壊」、「同性愛」に「ドメスティック・バイオレンス」
「自らの不注意、というか適正のなさ」による「居場所の喪失」、
更には「ネグレクト」といろんな「負」の状況というものが
ひとつの坩堝、というか鍋にまとめて放り込まれて、混ざり始める。

 「混ざり」始めるとそこに存在している「立場」が主張し合い、
「対立」という「喧嘩」をおっぱじめてしまう。
・・・「立場」は「持ち味」ともいい、更には「役割」というものを持つ。
この場で、より強い熱量を持つ「役割」によって
様々な「立場」や「役割」が更に混ざって、煮込まれて、
「スープ」という名の「一つの場」へと「変化」していくのだ。

 こうして「一つの場」にならなければ、
「人間」という「いきもの」はそれぞれ「立場」と
それに付随する「役割」というものを持つということがわからない。

 更には、これらを「やり遂げる」、というか「完了」させるために
たくさんの「工夫」とよりたくさんの「準備」という「手間」を
かけて「生きて」いかないと人間はまずいのかもしれない。

 がだ、これらの「必要」な「手間」をかけることが
「面倒くさい」と思い、省くように「生きて」いくことも
また、人間なのかもしれない。

 「面倒くさい」と思い、手間を省いて今まで生きてきた人間が
そこに存在していない誰かによってささやかれた「終末論」と
いうものをそのまま信じこみ、知っている人しか行かない
ラーメン屋にまで「最後の晩餐」をするために早々と行き、
早々とスープ切れを起こして店じまい。

 満足したところで、あとは死ぬだけだ、とやりたいことを
野放図にやっていても、そこにいる人たちは
「おわり」の「合図」すら見つけられない。
「おわり」の「合図」を見つけられない「群衆」は
「烏合の衆」へと変化して、更には「暴徒」となり、
「やりたいこと」を更に先鋭化させて略奪へと走る。

 その様子を横目に、「面倒くさい」と思わず、手間を厭わず
自らに向き合うことが出来た人たちがこうやって集い、
「最後の一杯」と「最初の一杯」をその場にいた皆でわかちあい、
混ざって、一つになった結果をそれぞれが抱えて新しいところに
歩み始めていく、その歩みは良きものなのか、どうなのかわからない。

 約110分間、「じっくり煮込まれた滋味深い物語」を
一口いただいた、そうしたら今まで心に抱えていた
「寒さ」や「ひもじさ」がいつの間にか取れていて、
ああ、与えられた生命の終わりまで黙々と与えられた
「立場」とそれに付随する「役割」を生きていかなくては、
「面倒くさい」と思わず、手間を厭わず。
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