北芸リーディングセッション 「書く女」

すべてがあまりにも壮絶過ぎて、
思わず、この現実に「悶絶」する。


 この戯曲、どんな形でも、どうしても見たかった。
そのきっかけが数年前だろうか、寺島しのぶ主演で
二兎社が演った公演のチラシビジュアルなわけで。

 ・・・あのビジュアル、ものすごくインパクトがあった。
机があって、ワープロ、もしくはパソコンがあって、
プリンタとファクシミリ、メモを貼るコルクボード、
椅子は普通の椅子ではなく畳椅子。
そこに座って、寺島しのぶがものさし片手に
苦悩呻吟している。

 さて、樋口一葉という女「性」を井上ひさしという男「性」は
「頭痛肩こり樋口一葉」という戯曲で「因果の糸」の結節点、
もしくは「因果の起点」として捉えて、この「因果」というものに
多くの人々がぶんぶん掘り回されていく様子と因果に
振り回されることで生み出されるエネルギーを「文章」にしたためて
その「仕事」でお金を稼いで、生きていこうとする女「性」としてみた。

 そうした見方を同「性」である永井愛は樋口一葉という女「性」を
どういう「存在」として捉え、背後にある「何か」をどう感じて
戯曲化し、板の上に載せていくのだろう?

 こんなことを考えていると、いつの間にか前説が始まっている。
物語の説明役、というか案内役である「現代人」が
わさわさとやってきて、その中に札幌の「千年王国」に居た
榮田さんを見、年賀状代わりに道真のチラシを札幌に送った時、
「北九州にお嫁にいったよ」ということを聞いたことがあり、
現実にいることを見たことで真実だったことを更に知る。

 前半部からマジで凄い。
「生きていくため、食べていくため」の「手段」として
「文学」という道を選んだ「人間」というか「女性」の苦しみを
これでもか、これでもか、と板の上に、演者のからだに、心に
叩きつけ、叩き込んでいる。

 相手とするのはありとあらゆる「無知」や「偏見」、
そして「既得権益」に守られて生きている同「性」、異「性」の
いかんを問わないすべての存在。

 これらに真正面から相対すればするほど樋口一葉が「武器」とする
「言葉」はより一層砥ぎに研ぎ澄まされ、人と人の付き合い方というか
「面対面」までも洗練されていき、今まで内気でどうしょうもない
ひとりの「少女」が「戦う女性」にまで急激に成長し、変化するまでが
めくるめくスピードで表現されていく。

 後半は戦う女性がありとあらゆる現実にぶつかり、
血みどろの血まみれになり、ボロボロに傷つき、
脳みそぶっ壊れたのか、心臓ぶっ壊れたのかわからないが
「寒い、寒い」言いながら、呻きながらそれでも言葉を書き続け、
書き続けてももらえるお金はほんの僅か、貰ったほんの僅かなお金も
「昔の価値観」に引きずられて、しがみついて生きている
「親族」が見栄を張って生きているお陰で右から左、
むしろ、出て行く金のほうが多い。

 目の前に立ちはだかる苦境を何とかしようと「言葉を書き続ける」他に
様々な手段を模索していくが、なかなかうまくいかない。
うまくいかないことで無理に無理を重ね、更に言葉という武器を研ぎ、
磨いて戦い続けたが29歳、という若さで力尽き、死んでしまった。

 この一部始終を見守り続けていた現代人は一体何を思う?

  現代人はある意味「自由」を手に入れたのかもしれない。
けれども、この「自由」を手に入れるまでに血みどろの血まみれに、
とはいえ、実際には血を流さないたたかいのほうが多すぎた、
この「事実」も忘れてはいけない。

 この「現実」を忘れて、「書くこと」はすなわち戦うこと。
「たたかう」覚悟もできていないのに鋭い、砥がれ過ぎた言葉を
ブログやらツイッターやらフェイスブックなどのインターネットで
ところかまわず振り回している奴がいる。

 どうせ振り回すなら、も少し命削って来いや、と諭される見後感。
諭しの持つ凄み、現実の持つ凄みが生み出す戦慄に震え上がる、
とはこういうことを云うのだろう。
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