福岡オトメ歌劇団「パシフィック・パニック・パーティ」

「演劇」って、いいものですよ。

 最近、みんな、みんな、「演劇」しているよ。
テレビでよく見るタレントさんも、アナウンサーの方々も、
グラビアでよく見るアイドルも、モデルの方々も、
そして「大人の世界」で妖しくうごめいているセクシー系の
方々までガチの「身体言語」を学んで「演劇」を始めた。

 いろんなことがあるからだろうか、まあ、とてもいいことだ。

 こういうことを考えていたら、変に疲れているからか、
いつの間にか、うとうとしている。

 さて、表演空間のサイズはぽんプラザホール108人サイズ、
アクティング・エリアはシンプルに平台5×5=25面、
上にはパンチカーペットやリノリウムのたぐいを敷いていないが、
平台の下に「防音・防振」のためのコルクボードが敷いてある。
奥の方には暗闇に紛れて何かが隠れている。

 客入れ音も波の音が断続的にざわざわしながら突然消え、
また唐突にざわざわと鳴っている。
そうすると「わたしたちは板の上で演っていて、音と光とにおいが
気になる、あと<<権利>>というものはすごく厄介だから
引っかかるようなことはしないでね」という前説が入り、
奥の暗闇に音担当の人が入る。

 こうして全ての「支度」が整ったところで、本編に入りますか。

 普通の人では「なりたくてもなることのできない」役割というものがある。
その役割に「たまたま」なる資格がある少年が「役割」になるための
修業をする「ある島」へ行くために船に乗ろうとするところから、
物語は始まる。

 というか、板の上に存在している「すべて」から「ナマの肉体」、
「ナマの声」、「ナマの音」になかむらゆきえはものすごくこだわりを
持って、「舞台」というか「エンターテイメント」というものを作っている、
ということがきちんと見えて、きちんと聞こえ、きちんと感じることが
できた、というか、できるためにあえて足元を「木の床」にしたのか。

 ダンスの基本的な「ステップ」や歩く速さ、リズムがもつ
それぞれの「音」が舞台後方にある音箱から出る「ナマの音楽」と
組み合い、重なりあってうねりというものが生まれ、
物語のひとつとして存在している。

 なるほど、「アイドル」というものの流儀で「劇団ぎゃ。」を
ぶちかましてみるとこういう風になるのか、というくらい
ゆきえさん、アイドルと言うものに徹底的な基本・基礎を
叩き込んでいるのかなぁ、うん。

 お話の中身は声をなくした「歌う人魚姫」と彼女の「陰」となって
「歌う」ことのできる存在を「探す」、という出来事があり、
背景にあるさまよえる魂、「人生、なにかごまかしていないか」という
疑問点、「責任」というものをひとりで背負えばいいや、から生まれる
なんか「変な感じ」、これらもろもろがぐるぐる回る渦巻き模様となって
混ざりに混ざるところにアンデルセンの「人魚姫」、
漫画の「ワン・ピース」、映画の「タイタニック」の要素をさらに加え、
更にグルグルかき混ぜた。

 かき混ぜにかき混ぜた結果、「子供」から「大人」へと変化して
「自らの人生を自らで決定する」ところで一区切り。

 うーん、彼女らにまだ「演劇」というものが身体に入っていないからか、
ムーブマイムに乱暴さや強引さが多々見られ、
おもちゃ箱をひっくり返したような乱雑さが目立つところが多かった。

 そこら辺をうまく整理できたら良くなるだろうし、実際良くなりつつある。
CD売り上げランキングにデビューシングルが入った、という現実が
これを物語っている、とは言い過ぎか。
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