飛ぶ劇場 「睡稿、銀河鉄道の夜」

証明自己。(自己を、証明せよ。)

バージョンアップとは、こういうものなんだ。

 この演目を見たのは「ぽんプラザ10周年記念・九州、福岡地域演劇祭」以来。
そのあと、そこにいたひとりひとりがそれぞれ「旅」を続けていた。
というわけで、これらの「旅の成果」というものがそこらかしこに見えている。
 
 この演目の肝は観客席が「参加席」と「一般席」に分かれていて、
「参加席」のお客さんと一緒に一つの作品を作り上げる趣。
「つくり上げる感」というものがものすごく楽しい、ということは
よくわかっているけれど、「旅の成果」というものを見てみたくて
今回は「一般席」でおとなしく、じっくり見る。
[混ぜこぜ感、巻き込まれ感」というやつを見てみたかった。

 さて、旅の途中で鵜飼秋子氏が「結婚」という人生の分かれ道に歩みだし、
ブルーエゴナクという新しい道から穴迫氏が旅に合流した。

 んなことをつらつらと考えていたら表演部でウォーミングアップが
「参加席」と共に始まり、「一般席」もそれに合わせて
「息を合わせ」ようとしている。
・・・ほんと、「スポーツのような」演劇だな、この演目は。
ひとつひとつのムーブやマイムに「反応」がビンビン伝わってくる。
「反応」がものすごい精度と密度で伝わってくるから
「物語」が息をしている、息をしているから生きている。

 多分、「生きること」ということは、「目的地の見えにくい旅」を
なんかなし、続けていることなのかもしれない。
私はどこから来て、どんなところを通り、どんなことを成して、
どんなことを成さなくて、そしてどこへ向かうのだろう?
そんなことを前よりも「不思議なリズム」で演っている。

 そこには、色々な「生き方」があり、「いろいろな死に方」がある。
様々な形があり、そこには「運の善し悪し」ですべてが決まってしまう現実がある。
いつもの生活がある日突然良い方に転がって多くを得ることもあるし、
悪い方に転がって自らの命を含めたすべてを失うかもしれない。
これらはすべて様々な時代の空氣がそうさせるのであって、
個々人の努力だけではどうにもならない。

 そういう様々な場面で起こっている「すべて」の要素を取り込んで、
これらの要素を飲み込んで消化してみたら、
世の中で起きる出来事や、運、不運というものは
すべて紙一重のバランスで存在していた。
そう考えていると「運がいい」ということは誰かを何かしらの形で
「食べて」生きているわけで、「運が悪い」ということは他の誰かに
「命」を始めとした「何か」を差し出している、
これを「喜んでその身を捨てる」から「喜捨」というのだ、
という現実が板の上にあった。

 ということは、私達が「生きている」という事自体が
「ほんとうのさいわい」にたどり着くための糧になっているのだろう。

 宮沢賢治、という書き手は五体を使って働いてきた人間だった。
その言葉から五体を使って働いてきた人間にはごまかしが効かない、というのは
本当だったようだ、その事実を引っ張りだすこともこれまたすごい。
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