劇団こふく劇場「ただいま」

「変えられるものを変える勇気」と
「変えられないものを受け入れる勇気」に繋がる祈り。


 最近、いろんなことがあって、ありすぎて、
「演劇」をまったくしていない。

 久しぶりの「演劇」が久しぶりの枝光本町アイアンシアター行き。
中に入ると、今までよりも質、量、ともに分厚くなった「劇場空間」が
その場に存在している。

 その分厚い「劇場空間」に「余白」というものを十分に取り、
この「余白」に「物語」の持つ「空気感」をしっかり含ませたうえで、
演者と見手はこの「劇場」と「表演空間」がもつ「空気」を
あるときは背後から「背負う」ように感じとり、
またあるときには真正面から「受け止める」ように感じとる。

 故に、演者の「演じるからだ」がものすごく「美しい」。
この「美しい」演じるからだで滑らかに「動き」、「話し」、
そして、それぞれの要素が滑らかに「響きあっている」ことが
板の上で繰り広げられている。

 この行為はまるで小津安二郎 作品の持つ全体的な空気を
形作るそれ、とほぼ同じものなのかもしれない。

 これら「総合」された要素に「日々の、淡々とした生活」と
いう「行為」が落とし込まれ、隠し味に演歌やフォークソング、
合唱曲という「歌う」こと、美しい所作で毎日の生活を表現したら、
それは「なんてことない日々の生活」に突然、飛び込んできた
「結婚」や「蒸発」、そして「死亡」というイレギュラーな
「出来事」のもつインパクトをよりいっそう強く感じ取ることができる。

 感じ取ってしまうと生きていれば自分の有り様を含めた
「生きているすべて」はじわりじわりと変化し続け、
ひとつとして同じところにとどまることはない、ということは
わかってはいるのだが、いざその場に立ち会う、ということになって
実際に「変化」を手触りした戸惑い、焦り、苛立ち、たくさんの感情を
歌や音にして「表演空間」と「劇場空間」両方に飛び交わせている。

 そういう様を感じ、味わっていると、いつの間にか
「変えられることは変えていく」、「変わらないことは受け入れる」という
「二つの勇気」を手に入れ、これらをどう使っていくか決断するための
「賢さ」、というものも学んでいた。

 けれども、学んだものを使いこなすには相当の踏ん張りが必要だ。
この「踏ん張り」を「伝える」力量の強さがこふくの強さだったのだ。

 いろんな場所で、この空気の違いを確かめたかったのだが、
いままでの疲弊がどっときたのかなぁ、うまく行かず。
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