劇団ショーマンシップ×ギンギラ太陽「奪われた手紙」

「文化」の「戦争」は本当の戦争より、えげつない。


 そういえば、「唐人歌舞伎」というものを通してショーマンさんと、
非常口の「四畳半の翅音」からの一連の出来事を通してムネトさんと
「戦争」というものの「本質」やら「生き残り(SURVIVOR)」について
いろんなことを話していたことを思い出している。

 思い出している時に客入れ音でいきなり「東京の花売り娘」が
聞こえてくると、わたしがもともと持っている「何か」が呼び覚まされて
ものすごくびっくりしてしまう、わたしそのものが。 

 おまけに、この空間と同じ時間に父が生まれ、母が生まれ、
言葉にできないたくさんの「事情」を抱え、「這い上がり」ながら
生きてきた、故に、心から嬉しがるし、心から悔しがる。
これもまた、生きる「エネルギー」になっていたのだろう。
この「生きるエネルギー」がなければ、人はなかなか這い上がることが難しい。
両親が生きているすべてを見て、ずっと考えていたところ。

 お話は戦争が終わり、外地から福岡に引き上げてきた復員兵が
残された家族を探すため、手がかりを求めようとするけれど、
なかなか見つからず、それでも生きていかなくてはいけない、
この「生きる術」としてたまたま外国語、という技能を
持ち合わせていたため、進駐軍で働くことになってしまった。

 そこで働く業務の内容は「人様の手紙(信書)」を先方さんに届ける前に
中身を開封して、内容を翻訳し、配達の許可、不許可を判断して、
上にいる「アメリカ人、もしくはその手先たる日本人」に「報告」する。
ここで働きさえすれば、「まともな」食べ物、飲み物がたくさん手に入り、
外に出て「不衛生な」食べ物を食べる必要がない。
おまけに住むところもある程度「まとも」な環境で、
これならばなんとか、どころか十分に生きていける。

 しかし、これらの「待遇」を守るためには「アメリカ」の要求する
技量を身に着け、その技量を保ち続け、更には向上させなければならない。
そういった「要求」の中からそれぞれの「価値観」という「心のせともの」が
カチカチぶつかり合う音が、様子が「自由」とはなんぞや、
もしかしたら「加工された自由」というものを私たちは崇拝しているのかも、
こういった「問い」をどんどん板の上から客席に投げ込んでいく。

 投げ込まれた「問い」を受け取りながらしばし考える。
「言葉」や「文化」、あるいは個々人が持っている「得意」というものは
それぞれの「考え」、「思い」というものを外に向かって「出力」し、
周りの環境や人々が持つ「考え」や「思い」を「入力」する「装置」になっている。

 故に、よく使えば、それぞれの「心と心」をうまくつなげて、
個々の関係をより良くすることができるのだが、
「欲」というものに絡め取られると「イメージ戦略」やら「洗脳戦略」という
「心の戦争」を引き起こしてしまう。
・・・使われる武器は「検閲」と「著作権」、あと「商標権」も入るのか。

 このようにして「心の戦争」が始まると、「本当の戦争」より
えげつない「奪い合い」が始まってしまうのです。
 
 このえげつない「奪い合い」を見ていると、
ここ数年来考えている「戦争とわたし」について
ひとつの答えがでたのかもしれない。

 「つよい」ものは「よわい」わたしたちを「権利」というものを
振りかざしたり、「事実」を捻じ曲げたりして思いのままにさせようとする。

 ・・・「よわい、けれどつよい」わたしたちはいろんな手を使い、
連帯して「レジスタンス」を行い自分たちが「生きる」という「権利」と
「事実」というものを必死で守ろうとしている。

 こういう「心のレジスタンス」を続けることが「戦争」を防ぐ
唯一、無二の道、とはいうけれど、人間の持つ「金と欲」というすごく
べとべとしたものに絡め取られるが故に、うまく「心のレジスタンス」を
続けられず、「戦争」というものが繰り返されてしまうのだろう。
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