北九州芸術劇場プロデュース「彼の地」

「土地」に「根」をどう生やして、生きていくのか?

 この演目、初演時は後ろの方で「人間」、それもこの「土地」に
まったく「関係がない」わけではないけれど、「深く関係はしていない」視座で、
今回は最前列、「猫」の視座で、「人間の縁」が
形作る物語を見ることになってしまった。

 というか、今回はこの次の次の週、広島で「書く女」から
「五十嵐伝」、別府温泉保養挟んで広島演劇協会のミーティングという
日程に加え、ホークスの年間会員の会費、銀行引き落としにしたし、
いろいろ物入りなんで見に行けなさそうだなぁ、なんて思っていたら
大雪で不思議少年行くよりもひどくならない内に、
家へ帰ることを選んだため、高速バスの切符が一枚余っている。

 更には久留米での特別競輪、特別室の抽選販売があたったけれど、
そのまま流してしまおうと思ったが、ホークスの年間会員会費の一部を
流用してしまい、同時にとあるところから、是非に、という声が出て
火曜日の初日、行こうかな、とか考えていたら(以下略。
・・・金曜日までになんとか「体調を戻す」方向性でなんとかなったけれど。

 それにしても、「工場の景色」ってどこか美しいけれど、
「街とわたし」、「わたしと街」という距離感と「関わる」という「歴史」、
これらにおいて、「否定」はできない、ただただ「肯定」するしかないが
そうなってしまうと、なんて言うか「今、ここに佇んでいる」感、というものが
体の隅々に染み渡る。

 初演時、(当時は)ガラパのただかおりは座組に居たの、わかっているが、
エゴナクの・・・は元からいないか、あと誰と誰が座組から外れて、
誰と誰が、新しく座組に入ったか、更には初演時、どう深く物語に入っていけたか
正直、訳がわからなくなって居るから、「今、ここに佇んでいる」感が
更に強まって、気がつけば本編に入る。

 こうやって、「猫の視座」で物語を見ると、
「居場所」は心の持ちようで如何ほどにでもなるし、
誰かを助け、誰かに助けられて生きている、ということがよくわかる。

 更に言えば、「死ぬ」ことを薄皮一枚で踏みとどまる強さ、弱さ、までもが
ないまぜになって、今、そこに存在しているということまでも。

 結局、「ともに生きる=共生」と気軽に言ってはいるが、
もし、本当にそうしたいのならば、あなたの心の中にある
「逃げる」という選択肢を真っ先に排除しないとまずいのでは?

  そうおいそれと、人はあちこちに「移動する」ことはできない。
「ある時」が来たら「彼の地」の土にしっかりと根を下ろして、
「わたし」を育てなければいけないのだろう。
いろんな不都合や、嫌なこと、辛いことが複雑に絡み合ったら
絡み合ったままずっと生きていくしかないわけで、そうしなければ
どんなことにも動じないしっかりとした「わたしの根っこ」ができない。
・・・そういう「覚悟」を決めろよ、と物語は見手に語りかけてくる。

 どんなにためになる、というか耳障りのすることを言ったって、
「彼の地」に「根を張って生きていく」覚悟がなければ、
その珠々の言葉は「根無し草」がほざく戯れ言にしか聞こえないものだ。
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