二兎社「書く女」@広島はつかいち

わたしたちは「たたかう日々」を生きている。

 もし、小説を「書いていなかったら」、彼女は24歳で死ぬこともなく、
「ある程度」、長寿を全うしていたのかもしれない。

 そういえば、去年の今頃もこうして旅に出て、
締めくくりが北九州芸術劇場リーディングセッションで
この演目、その開演前の客席で実演演るよ、
オーディションの書類は云々、稽古日程、
公演日程がどうのこうのと踏み込んだ話が隣席であり、
同時に、物語がところどころに現れる「死の匂い」によって
内容の一つ一つが心に刻み込まれているので、
終わったあと、誰とどんなお話をしたのか、思い出せない。

 家に帰り着いて、仮チラシを見、「書く女」が
北九州で実演をする、ということが本当だったことを知り、
日程もなんか、宮崎の「演劇時空の旅シリーズ」といい塩梅に
組み合わせることができるかもと踏んではいた。

 そうこうしていると、夏の入り口、もりおかひかると
みやむらじじが小倉で「女同士の因果」をめぐる不思議なお話を
演ったあと、じじからもりおかがこの実演、出るみたいよ、
ということを本当にうっすらと聞き、ネット上で事実として知る。

 で、更に夏は深まり、このリーディングで樋口一葉を演った、
あの時はガラパ所属のただかおりが「実演、客席で見ることできるかな」
なんてことをどこぞで言うてたものだから
「おいおい、オーディションに潜り込めなかったのか」、
「オーディションに潜り込めなくとも稽古場に見学(以下略」と
いうことを云うてみたら、気がつけばただ、東京に拠点を移し、
KAKUTAというところにお世話になる、とのこと。

 また、季節は深まり、秋になって詳細な日程が出ると
・・・何だこりゃ、時空の旅と日程はずれるは、公演自体も
一日限り、しかも日曜、犠牲が多すぎる。
更に、冬真っ盛り、あと半月で年も変わる、ここで一つ決断をする。

 宮崎時空の旅は神奈川大楽に向かう、
入場券詳細はそこだけ出ていないけれど、
松山で演劇、もしくは愛媛FCのホーム戦があれば、
そこから夜行バスないし飛行機で乗り込めばなんとかなりそうだ。

 そして、去年は演劇引力広島をキャンセルしてしまった。
何回か続けてそんなことをしてしまうと行きにくくなる、というか
いけなくなるわけで、今年はどうしても行かなくては、というところに
「書く女」のはつかいち公演があり、チケットは北九州公演よりも
一足先に売り出す、おまけにまだ余裕はある。

 「蒸発するように」北九州公演は売り切れる。

 「手に入らない」リスクを考えれば「演劇引力広島」と組み合わせすれば
日程は何とかなる、火曜日、富良野塾の広島公演があるが、
水曜日がどうにもならないので木曜日広島に入り、書く女、金曜日五十嵐伝、
土曜日と日曜日は別府温泉保養にして、
月曜日に戻って火曜日演劇協会ミーティングに
出る日程にしておけば、なんとかなりそうだ。

 これら大小様々な「変化」というものをえんやらやっと乗り越えて
久しぶりの広島、ICカードの「更新」にいささか戸惑い、宿に入って
うだうだしていたらもうはつかいちに行く時間。

 行って、ティナコートの広島銀行で原寸大パネルのかわさきゆうを
見つけて、それからさくらぴあに行き、雑談のち、前を見ると
ものすごく驚いた。

 ・・・「プロのもぎりさん」が入り口にいるよ。

 入場ゲートに「仕立てと色調の良いお洋服」を着た、
そこそこ美しいお姉さんが「居る」だけでも、
なんか「ハレ」と「ケ」の「境界線」を意識してしまう。

 この部分、福岡の劇場は、北九州芸術劇場はどうやねん?
「ハレ」と「ケ」の「境界線」が曖昧だから働いたあとに
演劇の仕事をしようとすると、頭が切り替わらないことが多々あるわけで。

 ・・・これもまた「居眠りさせない」工夫というのかな。

 ハコの中に入るとこれまた驚いた。
奥が深い、おまけに石段が連なる「山道」を彷彿とさせる
空間のしつらえ、「情に棹させば流され、知に働けば角が立ち、意地を通せば窮屈」
と夏目漱石がおっしゃった「人生の難しさ」が今、そこに存在している。

 いろんなことがぐるぐる渦を巻いていて、「もの」や「こと」はじわりじわりと
良きにせよ、悪しきにせよ、変化しているわけで、その中でわたしは
どう変化「して」、どう変化「する」のか、正直分からないや、と思っていたら
開演ベル代わりの風琴がサワサワと鳴り、ビアニストが入ると本編が始まる。

 北芸リーディング公演ではおもな出演者の他に「アンサンブル」という形で
「現代に生きる人々」を「戯曲」というか「物語」の中に入れて、
戦後70年、誰も殺さず、殺されることがなく、自由にものが喋れて、
自由に考え、自由に生きることができるのは樋口一葉を始めとした
多くの先人たちが血を流し、命を削って戦ってきた「結果」なのだよ。

 その結果を誤解して、変な言葉の「使い方」をして誰かを非難する、
攻撃するのはまずいんでないかい?
「言葉」というのは本来、人に何かを指し示し、励まし、
「力」と「気づき」を与えて「次の人生」につなげるものだろ?
そういう「諭し」をものすごい精度と密度で指し示した。

 この点を踏まえて実演を見てみよう。
北九州リーディング公演や同じ樋口一葉を扱った井上ひさしの
「頭痛肩こり樋口一葉」とは「方向性」をあえて「違う」方向に
永井愛が「演出」の技術で持っていった。

 強調した点はただひとつ、「覚悟」のふた文字。
「生きていく」ために「書き続ける」覚悟、
「書き続ける」ために「学び続ける」覚悟、
「学び続ける」ために「妨げとなるものをできるだけ排除していく」覚悟。

 これらの「覚悟」があるときは積み重なる、あるときは織り上げられる、
またあるときは降り積もるように見手の前に手を変え、品を変え
見せつけていくことで樋口一葉は何とたたかい、何を手にしたのかが
よくわかる見せ方、趣向にしている。

 樋口一葉が小説家として名を遂げれば遂げるほど、住処を
吉原という「苦海」の入り口に近い荒物屋、さらには吉原よりもっと酷い
「苦海」のど真ん中に移していったのも市井の人々の「人間観察」という
一面があり、気がつけば「冷徹な観察者」という一面をところどころ織り込みながら
あるところでは思わず「冷徹な観察者」という一面を疑いたくなってしまう。

 彼女は「書く」という作業を通じて「生きてきた、生きること」で
見つけたことを「言語化」して「他者」というものの目に晒し、
晒したことで「他者」と「わたし」の「ものの見方」の「ズレ」を見出し、
これらの「ズレ」を更に言語化し、これらの行為を繰り返すことで
「社会」と接点を持つ、意見を持つ、そうして「わたし」は「変化」していく。

 不幸にも樋口一葉はドフトエフスキーのように、
「単価の安い」文章を「素早く」書くことができる「才能」がなかった。

 けれども、「言語化」には恐ろしいくらいの「錬る時間」と「研ぐ時間」が必要で、
それなしには「研ぎ澄まされた」言葉は生まれないのだが。

 「研ぎ澄まされた」言葉が突きつけるものは「男性的なもの」と
「女性的なもの」の対立、更に突き詰めれば「共生」と「非共生」の対立が
叉酷くなっている、そうなってしまう理由はただひとつ、「こうでなければ」という
こだわりが酷くて、その酷いこだわりを他者に押し付けるからでは?
という問いかけから、更に命を削るラストまでの疾風怒濤。

 彼女が手に入れたのは誰にも揺るがせない、揺るがせることができない
「強く」て、「しなやか」な「自由」だったのかもしれない。

 たたかう日々の最中にいるときは、当たり前すぎて実感ないのです。
けれども、現実は動くもハード、「待つこと」もハード。
・・・一体どうなることやら。
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