鹿児島演劇見本市(その四)

 ええっと、こないだの「演劇大学」の流れで
「日本演出家協会」の末席に加わらせていただいた。
 というわけで「演出家協会」から「勉強せえよ」と言われてもらった本が面白い。
てなわけでより一層サクサク行くよ、サクサク。

鹿児島高校演劇部

 ・・・高校生が、こんなに「深くて、重い」演劇ができるなんて。
まず、導入部からすごい。
ものすごく立て込んだ状況が一時的に終わって
精神的にも肉体的にもひどく疲れて、スイッチを切っている状況、と
言うものが、今、そこにできている。
こういう状況が積み重なって、何かに苛立って、徐々に食べるということが
億劫になって、気が付けば……・という空気だ。
 その空気を察してか、なにか不思議な存在が付かず離れずついてくる。
というか、ああいうふうに「陰膳」置かれたら……・ねぇ。
空気は状況を作り、抜き差しならぬ「恋愛」というところまで
連れて行かれるのか、とおもいきや、不思議な力が働いて踏みとどまる。
そういったことをきっかけにしてまた心と身体を立てなおそうとする。

 ここの学校はものすごく立て込んだ「社会状況」を
描くことが更に上手くなって、「実年齢よりも年が上」という
世界をまったく違和感なく演れていた。


演劇ユニット「まちねとそわれ」

 ・・・人生って、油断も隙もねぇよな。
ちゃんと「お別れ」を言って「人生」という場を離れることは
すごく幸せなことなんだよ。
大体の場合はそういう「お別れ」をいう機会もなく、
「突然」、あっちの方に連れて行かれてしまう。

 特に事故で連れて行かれてしまうと「想い」というものが
「存在していた」それぞれの「場所」にへばりついていて、
なかなか引き剥がせない、相当厄介だ。
生きている方はこの「想い」を引き剥がさないと次へ進めない。
連れて行かれてしまう方は引き剥がさないと
「来世」に進む時の扱いが悪くなる。
「一等車」と「二等車」、さらには「三等車」の間にある
「差」というものは現世の鉄道、船舶よりも過酷なのだろう。

 だからこそ、現世にいる人間はああいう過酷なやり方で
引き剥がさなければいけなかったのだろう。
まあ、最後の最後に肉じゃがが食べられる「猶予」を作ったところに
そこはかとない切なさを感じるのです。


 さて、このふたつは東日本大震災、という「非常事態」を
「食べる」というアプローチを頼りに「人と人(死者)とのつながり」を
うまく表現できていた。
とにかく、その場にいなくとも私は「食事」という行動を通して
「あなた」と「つながっている」のかもしれない。
そういったことが見えれば見えるほど、災害や災難というものが
実はそれぞれの「心」というものが引き起こしたり、
酷いものにさせているのではなかろうか、と考える。

 求められているものは「強さ」でもなく、「しなやかさ」でもなく、
ある種の「思慮深さ」と言うのだろうか、未だに言葉を見つけられずにいる。
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