九大大橋キャンパス演劇部「ゴミくずちゃん可愛い」

「世の中の狂い」を
「本当の稚気(チャルダッシュ)」で見せている。


 正直、ぬいぐるみハンターの元版も見たくなった。
というか、元版見なければ内容や技量をはじめとする
様々な「差異点」についてうまく話が展開できないわけで。

 一年ぶりの芸工大多目的ホール。
自分たちは「道真」でああいう「使い方」をしたが、
今回は更に発展した形で空間を作った模様。
・・・流石に音響はスゲェや、王子小劇場にシステムを
まるごと持って行きたい、尾本さんとつなぐ場を作らなければ。

 それにしても、芸工大演劇部の伝統なのか、
何なのか、よくわからないところがあるが、
演目のチョイス、キャラメルボックスや
野田地図、新感線に代表される「商業系演劇」でもなく、
「平田オリザと青年団」に代表される「こまばアゴラ系演劇」でもなく、
演劇界の「新潮流」、「王子小劇場系演劇」を選ぶ傾向がある。

 この「王子小劇場系演劇」、いろんな「演劇的背景」を持っている
作り手、演者、見手が集まって、それぞれの「流儀」で「演劇」を作り、
そして見せることでそれぞれの「演劇」という「言語」がぶつかり合い、
ブラッシュアップ、というか修練と鍛錬を重ねていくことが特色。
これら「修練と鍛錬」の成果を顕彰する「仕組み」として
「佐藤佐吉演劇賞」というものがあるのだ。


 「王子系演劇」が問うているものやことは
もしかしたら、「今までの演劇」というものが
時代の流れによって「限界」というものがやってきていて、
「限界」に「幻滅した」ひとは「演劇」に対して
「悪態」をつき始めた、それってまずいよね?
悪態つくなら、文句言うなら、出来ることでたたかうしかないのだよ。

 そんなことをつとつと考えていたら目の前には
「世界」というものの「終わり」が目の前に。
「終わり」が近づいてくると「不要なもの」ばかりが増えてきて、
その「不要なもの」を処理する場所はパンク寸前、
こうなると、陸を走って「不要なもの」を運ぶには
いささか面倒だ、いっそのこと空から振らせてしまえ。

 こういうある意味「危険な場所」に何らかの理由で
自らの「たましい」を捨てた、捨てざるを得なかった
人間がいつの間にか、集い、好きなことをして働き、
好きなようにして生きている。

 その場に「ゴミ」と「ソニー」という二人の子供が
「放置」され、「産まれ」た。
「子供」を育てる、ということで、「たましい」を取り戻す、
その一部始終が物語の肝。

 ここで問われている「テーマ」みたいなものは
「人権」とはなんぞや?
「人権」というものの中に「生存権」というものが
「存在」しているのか?
「生存権」とはなんぞや?
もし「生存権」の中に「生きることをやめる権利」があるとしたら
「自殺権」や「殺人権」はあり、なのか、ナシ、なのか?

 そういうことを「児童ポルノ禁止法」に絡めたことやら、
経済に関する事柄などでそれとなく見せてはいる。

 がだ、テーマ、というより演者それぞれが年齢的に若いし、
「幼稚」ななりをしていると、妙に「時代」というものがリアルに迫ってくる。
ああ、現代はものすごく「幼稚」な時代なのだな、世界中どこでも。

 「世界」というものの「終わり」と「再生」の入り口とは
こういうものなのか。
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