ゼロソー「父と暮らせば」

「葛藤」を乗り越えて。

やっとこさこの演目を見に行くことができた。
熊本公演があった時は日程調整がうまくいかず、
見送ってしまい、この戯曲と作者たる井上ひさし氏に
映画の山田洋次監督が「お手紙」を「書く」ように
作った「母と暮らせば」という映画も見ることができず。

そういう経緯があり、天草でこの演目やるよ、という話を
聞き、どうやって行くか、その他諸々を情報交換している。
前の日、長崎市内にいるので、バスで諫早、それから
島原半島を口之津まで行って船で天草、を一番に考えたのだが、
諫早から口之津、鬼池港から本渡市のバスがわかりにくいので
どうしよう、と思案したら、「もう単純に長崎熊本の
高速バスに乗り、そこから天草快速に乗り換えたほうが
15時開演な分、いいんじゃね?」という結論にたどり着く。

で、当日、長崎からひたすら眠り込んで目が覚めると
もう熊本、いわゆる「継ぎ目なし」で天草快速が乗り場に滑り込むので
トイレでおしっこする暇もない、おまけに天草快速にはトイレがない、
時間が進むに連れて増す尿意、結局、本来のトイレ休憩場所より早めに
無理を言ってトイレにいく羽目になる。
・・・仮設、しかも露天ターミナルはしんどい。

 それからバスは海と山が混ざったなんとも言えない道を
えんやらやっと進み行くと本渡のバスセンター、降りて
少しだけ来た道を戻ると今回の会場。

体育館と中くらいのホール、あといろんな施設がコンパクトに
まとまったところの展示ホールにシンプルな表演空間を作り、
しかも午前中は市の子供会に関する話し合いと講演、
それから演劇だから「前説」がそれなりのものに。

さて、井上ひさしの「広島原爆三部作」といえば、
この「父と暮らせば」、「紙屋町さくらホテル」、そして新国立劇場
俳優養成所が必ず教材としてやる「少年口伝隊」。

そのうち、「少年口伝隊」は広島の「現場」近くで見た。
「紙屋町さくらホテル」はまだ未見だけれど、何時かは見るだろう。

この「父と暮らせば」という戯曲を簡潔に言えば、
広島原爆を「伝える」には欠かせない、「語り部」という存在が
「語り部」という存在になる手前の出来事を原爆でなくした
「父」の幽霊とのある意味「コント」に近い「戯曲」にまとめた。

そこには、「大勢の人がこうして死んでしまったのに、
私は、今、こうして生きていることが申し訳ない」という罪悪感、
「悲惨な出来事を素直に話すには抵抗がある」というためらい、
「大切にしたい」と思っている異性がいるけれど、その人は
「被爆者」としてなのか、それとも「異性」としてみているのか、
その他、様々な「葛藤」がぐるぐると渦巻いている、「現実」。

その「現実」を幽霊たる父が程よくかき混ぜ、程よくほぐす。
けれども「現実」という「葛藤」はより重くのしかかる、
のしかかるのが嫌になった娘は知り合いのいる宮島に
逃げようとするが、逃げたら、どうしようももならんぞ、と諭す。

その「現実」を「ほぐす」様子が天草、というこれまた、過去に
「隠れキリシタン」という信仰上の葛藤を抱えた土地と響き合う奇跡。
そして、天草と広島の物理的距離は遠いが、想いの距離は
遠くしたくないやね、ということを考えてしまう見後感。

帰りもいい具合にバスが来て、熊本市内まで戻り、
東京へ向かうきららの最終調整を見学して福岡に戻る。

・・・その一週間後、地震は起こり、日常は日常ではなくなった。
けれども、私達は生きなければいけないのだ、生きているから。
打ちのめされると、そんなこと考えられないほどしんどいけれど。

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