劇団ショーマンシップ 「柳暗花明~博多・柳町の栄落~」

まずは前向け、萬行寺。

いや、まあ、しくじった。
必ず日程を確認していたのだが、あまりにも人生が
急展開しすぎていて、日程変更かけようにも
ベストの日程がすでに完売していて、更に言えば
ずっと月曜の楽日にチケット手配していた、と勘違いしていた。

で、月曜日チケットを取りに行こうとしたら驚いた。
・・・日曜日、夕方の回でどうやら予約したらしい。
となったら、来た回も全席完売、「間違えました」と
頭下げてそのままお帰りしたほうがいろいろ都合がいい。

そう自分が考えていても先方さんがそう考えていなかったら
「結論」というものに対して「押しくらまんじゅう」になってしまう。
なってしまったらこっちの都合を引っ込めて、おとなしく見るしかない。

・・・まあ、開場前の「花魁行列」という趣向に救われたけれど。

福岡の「風俗史」を扱った演目、といえば、
非・売れ線型ビーナスの田坂哲郎が「たさか歌舞伎」という形で
劇団ぎゃ。に卸した「博多女王街テクニカラバー」という戯曲で
呉服町にかつてあった「楊ヶ池神社」の人魚姫伝説との合わせ技を
使い、遊女の「強さ」の裏にある「切なさ」というものを見せる一作がある。

今回は「たさか歌舞伎」で扱った時代よりほんの少し後から
物語を進めていくことで、福岡という街の「中心軸」がどう変化したか?
ということを「柳町」という福岡を代表する「色街」の変化として見せる、
ことが今回の趣向。

まず、福岡最初の色街は今でいう川端のリバレインから競艇場に
向かう道すがらにあるラブホテル街に面影を残している。
その場所に黒田藩以来、営業を続けていたある遊郭が九州帝国大学
(今の九大医学部)を誘致するため、今の中央区清川ホテル一楽近辺、
アパホテルやらサニーやらがある、つい最近までカオスだったところ、
そこから通りをひとつ外れると雰囲気を少し残すところに移せと。

ここまでが「博多なんとかテクニカラバー」で話されたこと。
【第一話】
【第二話】
まずは、「間夫」という「存在」がいなけりゃ、
「女郎」という「商売」は暗闇の中を生きなきゃならぬ。
自らの意思に反してこの「苦海」に身を沈めたのならば尚更。

で、第一話は「間夫」という存在を見つけて
「暗闇」を抜けだした「女郎」の物語。
・・・その前に「間夫」って、なんだよ?
「間夫」っていうのは今流行の言葉で言えば「アモーレ」、
言葉硬く言えば「大切な人」のことさ。
そんなことをコミカルにりえぞおが見せている。

この物語は第一話が肝。
「間夫」たる一人の男が見た「色街」の姿でもあるわけで。
・・・この男の「正体」はまた後ほど。

第二話は逆に「間夫」になるべき存在を諸々の事情で
失った女郎がそうなるに至った状況に対して復讐を果たす物語。

ここまではいままでの場所から移転してなにもないところから
新しく「商売」を始める、なんとかするために渡辺さんが
近くに路面電車、というものを走らせようと頑張っている。


【第三話】
というわけで、此処から先は福博電車(後の西鉄福岡市内線)の歴史と
重ねあわせて物語を説明しなければ「奥行き」というものができなさそうだ。
中身は大正デモクラシーから幸徳秋水事件に至る出来事を軸に
「純愛」と「偽愛」の間に揺れる女郎のお話。

1910.3.9

福博電気軌道、大学前—黒門橋・呉服町—博多停車場前間(6.4km)、
運輸営業開始(3月8日開業式挙行)
→ようやく近くまで電車、やってきたよ。

【第四話】
此処から「女郎」という「職業」に若干の「変化」が始まる。
この「変化」というものを体現した姉妹の女郎のお話。

1911.10.2

博多電気軌道、博多駅前—取引所前間(3.8km)、
運輸営業開始(10月1日開業式挙行)

1911.11.2

博多電灯、福博電気軌道を合併し、商号を博多電灯軌道に変更


1912.6.29

博多電灯軌道は九州電気を合併、商号を九州電灯鉄道に変更

1912.11.15

九州水力電気、博多電気軌道を合併


1914.4.22

九州水力電気、大学通—博多駅前間、運輸営業開始(循環線全通)
→新柳町に安定した交通手段が供給できるようになる。
ということは、ある程度のお客さんが質的にも、量的にも
やって来るようになった。
もしかしたら、ここが「職業」としての女郎、というものの「転換点」かも。

1929.7.1

九州水力電気、福岡市内の電気軌道事業(福岡鉄道部)を
博多電気軌道(5.17設立登記)に譲渡

1932.3.25

東邦電力、今川橋—西新町間、運輸営業開始
(今川橋—西新町間の軌道事業を博多電気軌道より譲り受ける)


1934.10.26

福博電車設立

1934.11.1

福博電車、東邦電力の福岡市内電気軌道事業、
博多電気軌道の電気軌道・バス事業を譲り受け、運輸営業開始

1938.10.1

福博電車に女性車掌55人が登場

1942.9.1

5社合併、西日本鉄道としての最初の組織改正実施

1942.9.22

商号を西日本鉄道へ変更登記完了、福博電車は福岡市内線となる

【第五話】
ここで第一話の「間夫」が夢野久作という人物である、と正体を明かす。
そして彼の代表作たる「ドグラ・マグラ」がもしかしたらこの「苦海」の
物語かも知れない、そして「間夫」の養子、女郎に初めて出会う。
1945.6.19

福岡市内線、福岡大空襲により循環線天神町—千代町間など被災


1947.5.3

福岡市内線、新憲法祝賀式典に合わせ、花電車運転(戦後最初の花電車)

まあ、本編としてはここで物語が終わるわけだが、街自体が終わった
きっかけとなった出来事として、以下のことがある。

1964.7.1

福岡市内線、馬場新町—住吉間(博多駅新線)1.6km、運輸営業開始

1964.12.7

福岡市内線、馬場新町—管弦町—住吉間1.2km、運輸営業廃止
→電車が通る場所、ほんの少しだけ遠くなり、より客足が遠のいてしまう。

物語の最初から最後までを一貫して貫いている「テーマ」は
「女郎」は「間夫」がいなけりゃ暗闇、と「まずは前向け萬行寺」、
そして、「風俗」とはなんぞや?
これら3つやねん。

現代は「風俗」とひとまとめにしているけれど、
古き時代の「遊郭」というものは「風流」、あるいは「粋」という
物質的、ではなく、ある意味精神的なもの、ことに重きを置く
「世界」だったのかもしれない。
・・・だから一話と二話には「粋と不粋」という空気が漂っていたわけで。

これが三話、四話になるに従い、
「風流」から「俗流」へと「粋」というものが徐々に失われていく、
それに合わせて遊びも時代もそれぞれ変化していく様、
この様と響き合って、それぞれの生き方、働き方の変化、
さらには博多駅、天神、中洲と街の中心軸が変化していく。

そうなることで柳町の遊郭から中洲のみつばちを始めとした
「高級クラブ」、ミナミを始めとした「キャバレー」、戦後すぐの
「福岡国体」(平和台球場と今の国体道路はこの時できた!!)以後
生まれた南新地の「トルコ」(いまのソープランド)街、へと
歓楽の内容が細分・変化したがゆえに立地は移動し、
現代ではキャバクラ・ラウンジ、セクキャバ、特浴、ヘルス
デリバリーヘルスというものに代表される「ゆるくて、ふわっとした」
存在にまで細分・変化してしまった。

これらすべての細分・変化を加不足無く、さらに重すぎず、軽すぎず
「エンターテイメント」というもので見せる。
さらには福岡、及び日本を背負って立つ若き力まで引っ張りあげて
きちんと「戦力」にしている、マジで凄いわ。
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