木ノ下歌舞伎「義経千本桜−渡海屋・大物浦−」

本当は、演劇が「社会の木鐸」なのかもしれない。

 ・・・緑の中を走り抜けていく真っ赤な電車。
名鉄電車の東岡崎を過ぎてから伊奈までのルートって、
本当にこんな感じだ。
いやまあ、頭の中で山口百恵の「あの曲」が鳴っている。

山を抜けて、街に入って、川を数本渡るともう豊橋。
一度外に出てなんだかんだして、今度はJRでハコの最寄り駅へ。
以外にもすんなりとたどり着くことが出来て、落ち着きながら
道中で見たこと、感じたことを反芻していた。

その「良し悪し」は問いたくないけれど、「文化の厚み」というものが
ところどころに現れてきやがる、というか「お金」がないことは
すごく辛いやね、作り出せないのはもっと辛いけれど。

更に言えば、わたしたちは「がさつな」ところがあるから
「社交」というものを成立させることが難しく、その源泉は
「発達障害」というものを地域的に抱えているから「まともな」
仕事に就くことが難しく、もっと言えば「知育」にも障害を抱えているから
尚更まともな・・・。

これを「意図的」に放置しなければ世の中はうまく回らないのか?
こんなことを考えると、前説がいつの間にか始まって、もう本編だ。

この「劇団」というか「演劇ユニット」というか説明がしづらいけれど、
得意技、というかウリは歌舞伎「独特」の「身体言語」と「時代背景」を
現在の寸と尺に直して、「演劇」というものに「翻訳」する、ということ。

歌舞伎「独特」の「身体言語」と「時代背景」を
「演劇」というもの「そのまま」に「翻訳」する、ということを
試みた「劇団」が前進座であり、花組芝居ということも言えるのだけれど。

というか、「劇団」というある意味「固定化」した集団がいつ生まれたのか?
歌舞伎、特に「江戸時代」の歌舞伎は「劇団」というか、
むしろ「演劇ユニット」という形態で興行を打っていた、
違いは「一公演ごと」の「雇用契約」なのか、
「一年間」の「雇用契約」なのか、その違いだけで。

こういうところから見ても、今の小演劇って「大江戸歌舞伎」の
手法を知らない間に学んで、利用している、そういう発見をしてしまう。

表演空間の作り方だってそうだ。
歌舞伎の台本の書き方は最初に「本舞台三間の間」という一文を書くが、
これは「能・狂言」から「歌舞伎」というものが始まっていますよ、を
表すだけで舞台上の表演空間はそうではないのが常。

がだ、今回の、というのかどうかは「初見」なのでよくわからないが
「平面」としてはほぼ「本舞台三間の間」という「能舞台」を踏襲している。
違いは「花道」というものの位置が歌舞伎のそれであり、
あと何らかの「規則性」を持って配置された「奈落」と
「奈落」に透明の板をかぶせた存在があることのみ。

そして、平面から40度の斜度を付けて客席に近いところを低く、
遠いところを高くしたことで歌舞伎独特の「高足の二重」を
「現代演劇」の中にうまく取り込んでいる。

「尺高」から「常足」、「中足」、そして「高足」と演者が細かく移動し、
「物語」を様々な高さと角度で「演じる」ことで「普通」と
「普通ではない」世界が「同じ地平」に存在していることをそれとなく見せ、
更には「時代は違えども、同じ物語が進行している」という時間まで
見せることができている。
こうなってしまうと、「源平合戦」という「政治的主導権争い」の
始まりが壮大な「反戦の物語」に化けやがる。
だから最初の音楽を「君が代」にして、「日の丸」を「背負う」という
ムーブマイムが所々に入っていくわけか。

更に言えば、「政治的主導権争い」によってなんの罪もない
数多くの民衆が「殺される」様を衣剥ぎによって表現し、
そうしてたくさんの人間を犠牲にしても、最後は
「津波」に代表される「予期せぬ出来事」で死んでしまうじゃないか、
そう考えると「戦争」とか「主導権争い」って無益だよね。

「無益だよね」ということをストレートに表現すると言論統制に
引っかかるんで「安徳天皇は女性だったかもしれない」という
エピソードを混ぜて、エンターテイメントとしても楽しめる仕掛けを
それとなく作っているのも流石。

ほんと、こういうのを見ているとメディアが「社会の木鐸」と
勘違いしているけれど、本当は演劇こそが「社会の木鐸」なのかも
しれない、という可能性を信じてしまう。
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