ゼロソー「アクワリウム」リーディング

善は善じゃない、悪は悪じゃない。

そういえば、「父と暮らせば」を見に天草に行って、
その足できららの東京公演に向けての仕上がり具合を見て以来の
熊本行きだったし、「あの地震」が起こって以来の・・・だった。

地震が起こる前、熊本の「文化の軸」が辛島町、花畑町の
交通センターを始めとしたところの再開発事業の絡みで
河原町も再開発されそうだ、という流れで移動を始めたらしい。

河原町の「文化の軸」をなすGallery-ADOが健軍に移ると
同時にゼロソーが同じ場所で花習舎を作り、きららさんなどで
お馴染み、アクトアップダンススクールのスタジオだってある。
・・・健軍より中心に近い、国府というところでは第七インターチェンジが
Studio In-ckという場所を構えた。

けれども、こないだの地震はそういう流れを
「ひとまずおやすみ」にするくらいの威力、というか、
なんて言えばいいか、ようわからん状況がいまも続いている。

特に熊本市内ではここ健軍とかその先の秋津が
ものすごくひどく、「とりあえず、大丈夫だけど」という緑色の紙物件、
「大丈夫だけど、住めるかどうか分からない」という黄色の紙物件、
「完全に住めない」という赤色の紙物件がマーブル状に点在している。

その中をずんずん歩いてまずは「秋津有楽園」という
地下水を使って錦鯉の養殖をしたり、釣り堀をしたり、
ビジネス旅館やゲームセンター、おまけに保育園まで
やっている場所までたどり着く。

  ・・・地震が起こると、建物ってあっけなく壊れるんだな。
というか建っている地面がぐちゃぐちゃになり、ぐちゃぐちゃに
なったおかげで地下水の水脈がどっかいって、というか
なくなって、どうにもならなくなり、廃業とのこと。

秋津の公園には仮設住宅もできてはいるが、まだまだ道半ば。

そういえば、この演目を見てから、もうずいぶんな時間が経つのか。
どんな心持ちを携えて熊本に赴いて、この演目を見て、
どういう感覚を持って帰って、レポートを書いたのか、正直わからん。

ただひとつ言えることは、「ミナマタ」を「題材」にして、
現実は凄いネガティブだったことを凄いポジティブに変化させて、
「生きていくためには良い、も悪い、も無いねん」というメッセージというか、
別の意味ではある種の「割り切れなさ」が未だに突き刺さっている。

さて、今回の趣向はぎっちりした空間で、「物語を読む」という形式。

「知らなくてもいいけれど、知ってしまったら逃げられない」という話を
「聞く」と、初演見たときよりも「えげつない感」が半端ないな。
おまけにいまの社会の縮図やないですか、それくらいよく練られている。

「生きていくためには良い、も悪いも無いねん」という「割り切れなさ」と
いうものになんとか折り合いをつけて生きていると、結果として
「金(利益)を得る」ことと「心」の両方(とも)取る、というか
手に入れることが出来ない、「金(利益)を得る」こと、「心」の
どちらかを「選択」しなければいけない、その「選択」の結果が
「いま」なのだ。

そして「世界」というものはわたしたちが「存在している」ところ以外にも
たくさん存在していて、というか「生きている」私達一つ一つにも
「世界」はそれぞれ存在している。
この「世界」の中で起こった「事件」のひとつを起きた「世界」の中に居る
「存在」と一体化して「感じる」、ことで「割り切れなさ」に折り合いを
つけていくのだろう、わたしたちは。

そうなると「魚を食べない」という選択やそうしなかった存在が
「受け入れよう」として「魚を食べたが、嘔吐した」と
いうことにも納得がいく。

「順応性」と「創造性」の問題や、そこに繋がる「文化」とは
「囲い者」や「被扶養者」の作ったもので、「文明」は「扶養者」の
作ったものなのか?ということ、「成長ホルモン垂れ流す」ことが
「知能」を高めたり、いいことずくめで「悪は悪じゃない」というが・・・。
そういう引っ掛かりを残して次に進もう。
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