最強の一人芝居フェスティバル

これは「演劇」ではない、「エンターテイメント」である。

ハコの中に入って、驚いた。
・・・なんなんですか、一体。
ここは「夜中まで」やっているクラブですか。
そういう「雰囲気」で演劇を見る、と言うおもしろさ。

サッカーというか、フットボールでもこういうユーロテクノとか
あんまり客入れ音やら何やらとして掛けないもんなぁ、
イングランドプレミアで言うたらチェルシー、
フランスリーグアンで言うたらPSG、そういうところぐらいだもんなぁ。

こういうことをつらつらと考えながら数年来、この催しに
顔を出せていない、また不義理しているよ。
去年なんか、いろんなことに手を尽くしぃの、ホルブラの「上野真冬」とか
gotoの「タンバリン」と言う演目の「延長戦」と言うか「スピン・オフ」が
掛かっていたりしてすごく楽しみだったのだが、お金やらメンタルの
問題がひどくなって顔を出せず。

今年もその次の日から四国方面に演劇丁稚奉公へ向かうため、
いろんなことを考えなければならぬ、けれどもなかなかうまく行かねぇや。

さて今回のツアーは外来勢としてここ数年間の
ベストセレクション4本と、それを半ば迎え撃つ格好の九州勢3本。
1本当たり30分として、3本90分が1セット、セットの頭は九州勢、
となると一日3セット、通しでみると外来勢がダブる回があるわけで。

・・・本当はセットの頭から尻尾まで見ないといけないし、
見に行っても天神で関西行きの西鉄夜行バスに間に合うことも
確認済み、がだ、早く目的地に着くに越したことはない。

さて、諸々ごとにおいて肚は決めた。
実際の見た順番とは変化してしまうが、スカウティングレポートを
外来勢から上げてみようか。

c 「DANCE BURRN」
出演:河口仁(シアターシンクタンク万化)
脚本:二朗松田(カヨコの大発明)
演出:福谷圭祐(匿名劇壇)

「演劇」というものを影で支える「チラシデザイナー」の
「目線」で「演劇」という世界を見てみたらこんな世界が広がっていたのか。

というか、A4サイズの紙の上に「もう一つ」の「演劇空間」を
表出させる「作業」がこんなに大変で、「別の意味」で妄想というものを
じわりじわりと膨らませて、作り上げていく様子を見ていくと、
この様子に加え、放ったらかしにしていた彼女とのデートの件、
「演劇」として全体が見えない今度の依頼、そして過去のなんだかんだに
ジェンダーアローワンスとして「男と女」の「考え方の相違点」や
「約束」というものの重たい、軽いをどう考えるか、これら相違点が
摩擦を起こして火がついちゃった。

f 「次の場所までさようなら。」
出演:中嶋久美子
脚本:二朗松田(カヨコの大発明)
演出:泉寛介(baghdad cafe')

最近、相撲漫画ですげぇ面白いものを見つけた。
「バチバチ」、「バチバチburst」、
「バチバチ・鮫島鯉太郎最後の十五日間」、
この三部作を読めば、相撲感がマジで変化してしまいます、うん。

それはさておき、「相撲」と「クラシックバレエ」という「身体表現」は
「修練」と「鍛錬」の積み重ね、という点でものすごく似ている。
というか、「クラシックバレエ」の「ポジション」で「相撲」の「四十八手」を
表現しても違和感、というものをあまり感じない。

番付の枚数が上がる楽しさと苦しさも程よいバランスで
表現できているし、更には「八百長メール」、しかも濡れ衣か?
という話までぶっこまれたら、更に自分が今住んでいる土地から出た
幕内まで行った某力士を髣髴とさせるキャラクターとして表現したら
二重の意味で正直、怖いです。

・・・というか、その話について、前の日にしているんだよ!!
「大切な人」とのデートの場で。

i 「仏の顔も10度目にもう一度」
出演:maechang(BLACK★TIGHTS)
脚本演出:野村有志(オパンポン創造社)

・・・竹中直人の出始めより、怖ろしいくらいにぶっ飛んでやがる。
このぶっ飛び具合で老若男女問わず、様々なキャラクターを
これでもか、と演じきり、その先にある「縁の循環」というものまで
ぎっちりとした精度と密度でつなぎきって、「災い転じて福と成す」やら
「人間万事塞翁が馬」やら、「災厄は糾える縄のごとく」という
ことわざの本質まで見せているよ。

j 「シロとクロ」
出演:米山真理(彗星マジック)
脚本演出:勝山修平(彗星マジック)

「赤猫ロック」のような狭いグリッドの中を「全力疾走する」
コンテンポラリー演劇を更に改良、発展させたらこうなった。

「シロ」と「クロ」とは言うけれど、見手によっては
「大きい屋外犬」と「小さい室内犬」の他に
「子供」と「大きい犬」の関係を想起してしまうかも知れない。

そして、子供が生まれたら「犬」を飼いなさい。
子供が赤ん坊の時、子供の良き「守り手」となるでしょう。
子供が幼年期の時、子供の良き「遊び相手」となるでしょう。
子供が少年期の時、子供の良き「理解者」となるでしょう。
そして子供が青年になった時、自らの死をもって子供に
「命の尊さ」を教えるでしょう。
というイギリスの諺をコンテンポラリー演劇、季節の移り変わりや
「生活」という「言葉」をきちんと韻を踏ませたラップ・ヒップポップを
使い、「死ぬ・死んだ」という表現を直接使わないやり方でみせた。

さて、迎え撃つ九州勢はどうなんだ?

k1 「ロストサムライ」
出演・脚本:大串到生(劇団ZIG.ZAG.BITE)
演出:山口ミチロウ(劇団マニアック先生シアター)

「剣術アクション」というものにかけては九州の若手で一二を争う
技量を持つとーい、その「からだ」に「ままならない」せりふを載せる技量が
ピカイチなマニ先のミチロウさんの掛けあわせ。

「武」の時代が終わる少し前のお話、
「比べられる」、「比べる」ということに囚われて前に進めない男の話。
・・・俺って一体何だったんだろう、もしかしたら「比べなくていい」人生、と
いうものを選択して生きていられたのかもしれない。

さらには「勝つ」って、何なんだろう?
「負ける」ってなんなんだろう?
ということにも思いを馳せてしまい、おまけには「勝つ」ということは
誰かを「殺す」ということをしなければいけないし、「負ける」ということは
誰かに「殺されてしまう」ということになるのだろう。

この「勝つ・負ける」や「殺す・殺される」という出来事が走馬灯のように
ぐるぐるしながら、「もう一人のわたし」という存在に出会う。
・・・自分とついつい重ねてしまい、すごくしんどくなる。

「勝ち負け」に拘泥している間はどうにもならないんだよ。

k2 「時間切れを待ちながら」
出演・脚本・演出:白濱隆次(謎のモダン館)
演出:大坪文(謎のモダン館)

この演目はしらはまさんにとって、「出世作」だったのかもしれない。

忘れていた、忘れかけていた「過去の罪」がある日突然蘇り、
「過去の罪」によって「失ったもの」を取り返すために「現在の罪」を
犯した結果、より大勢の人々から「大切なもの」を奪った。

こうして「罪」はより大変な「罪」というものに変化する。

・・・変化を見せてはや幾星霜、積み重ねた修練と鍛錬は
凄みに化け、より一層「罪と罰」というものを研ぎ澄ましていた。

おまけに上演中に外では夕立がこれでもかと降り、
この雨音が聞こえてくる、より一層物語の持つ「不穏さ」というものが
増幅されてきて、最後の「種明かし」がより一層真実味を増してくる。

k3 「そのころ」
出演:葉山太司(飛ぶ劇場)
脚本・演出:大迫旭洋(不思議少年)

大迫さんは「森田と林田」で作・演出・出演していて、
葉山さんは奥さんが北海道の枠で出演しているのだ。
磯野サザエのようにきもちよく舞台上で飯食っていて、
見終わったらケンタッキーフライドチキン食いたくなるのだ。

両人とも、「訥々系」の演劇を得意として、その中に「真実」という
名の「毒」をええ塩梅に混ぜてくる。
二人の「化学反応」はどうなっていくのか?

・・・正直、ぶっ飛んだ。
たくさんの「日常」、たくさんの「生活」をひとつづつ「ビットマップ」に
天然かつ、丁寧に「起こしていく」、特に冒頭部のコンビニの流れ、
昔飛ぶ劇でやった題名は忘れたがコンビニをネタにした演目の
バックヤードでお菓子をガメて、飲み物ガメて、を思い出す。

けれども、「日常」や「生活」をピットマップに起こし、
起こした一見、何の関係もない「日常」や「生活」を少しずつ、少しづつ
「言葉のパス」で正確に繋いでいき、あるひとつの「到達点」に向かって
「シュート」するために「物語」は加速していく。

・・・ひとは誰かのために生きていて、誰かに「ありがとう」をいい、
また誰かに「ありがとう」を言わせるために生きている。
それが「人」なんだろうな。

客席裏に休憩スペースというかピットまで出来ていて
色んな意味で正直すごい、疲弊せずに楽しむことができる。

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