木ノ下歌舞伎「勧進帳」

"Brake the Line" 「見えない」壁をぶち破れ。

 わたしたちはわたしたちの内外(うちそと)に「境界線」というものを
わたし自身で引いたり、外にいる何者かによって引かされたり、
そういうふうにして、生きているんやね。

 こういうことを感じざるを得ない出来事の集合体の中で
もだえ苦しむことが最近多くなった。

 現に、フラットな世の中に境界線を引こうとして、
「境界線がある方が何かと楽だ」とうそぶく方々と
混ざって生きるのが非常にしんどい。

 更にいうと、じぶん自身で何か、フラットなところに境界線を引くと
一時は過干渉、と言うものが減って、すごく楽になる。
けれども、他者ももちろんのこと、異者も「境界線」というものを引いていて、
わたしの「境界線」と他者・異者の「境界線」というものが
真正面からぶつかるとものすごく大変なことになる。

 正直、しんどいねん。
こういうことを考えつつ、久しぶりに北九州で演劇を見るために
高速バスに乗り、芸術劇場へと向かう。
 
 そういえば、木ノ下歌舞伎は前作、「義経千本桜−渡海屋・大物浦−」を
見に、というか、少々ややこしいことになるが、まず、ラグビーのワールドカップ
前準備のため、勧進元たるワールド・ラグビーが恥ずかしいことにならないようにと
2016年シーズンから2シーズン、6月と11月に強い国と「優先的」に
対戦「させてあげる」試みの一回目、トヨタでの対スコットランド戦にいく、と決め、
その間に何を挟むか思案していたら、いろいろ気になっていた木ノ下歌舞伎が
その近くでやる、ということを掴んで、日程にくっつけた。

 んで、木ノ下歌舞伎もラグビーと同じく「木ノ下大歌舞伎」という
挑戦を始める、その流れで秋は北九州にやってきた。

 演劇以外のことは置いといて、小劇場の中に入ると、
・・・ものすごくギュッとした空間はさることながら、
空間自体の作り方に驚いた!!

 ざっくりいうと、高級アウトドアブランドのというかファッションブランド、
その来シーズン春夏モノの発表会、というショーが始まりそうな感じ。
目に見える色は白と黒しか存在していない。

 そういえば、飛ぶ劇場は 「機械が見れる夢が欲しい」という演目で
こういうような空間の使い方をしてはいたが、違うのは一点、
飛ぶ劇場は表演部の作りが「平舞台」、木ノ下歌舞伎は「尺高」と
「常足」の中間を取った「高さ」として作っていること。

 この「高さ」が物理的な「境界線」としてふたつの客席部を「分断」し、
「時代」というものでも「現在と過去」という「混ざりそうで、混ざらない」
心理的な「境界線」という意味で効いている。

 そして、バサバサと鳥が飛び立ち、鬱蒼たる森の中の空気を
空間の中に充満させて、本編が始まる。

 さて、この「勧進帳」という演目、
「勝てば官軍・負ければ賊軍」という世の習いとはいえ、
「手違い・間違い・勘違い」で賊軍になってしまって道の奥、
転じて陸奥、まあ、北の方に逃げようとする源義経、
そして弁慶と家来たちが「安宅の関」という「関所」、
現在で言えば「内国に存在する国境(くにさかい)検問所」の
責任者、富樫という公務員というか官僚と押し問答をする、それだけ。

 まあ、国境検問所にいる、担当の公務員、というか、
官僚というものはおしなべてマイルドなヤンキーというか、
スタイリッシュなヤクザ、カラーギャングなのかもしれない。
故にものすごくお行儀が悪く、源義経一行が山伏に変装している、という
情報を聞きつけると、山伏を見れば義経と思え、と言わんばかりに
富樫の手下は片っ端から山伏を惨殺してしまう。

 ・・・もう少し頭使って、生け捕りにして、と富樫はいうけれど、
何か、自身の栄誉栄達のために義経を利用している。
そう言う不穏な空気を醸し出している中に、義経一行、登場。

 この義経・弁慶の取り合わせが、実際にそうだったのかもしれない、
と思わせるような、弁慶の偉丈夫ぶりと義経の中性的な身のこなし。
というか、「女性」と「男性」という「境界線」がはっきりしたのは、いつのことだろう?

 そういうことに思いを寄せると、表演部ではいつの間にか、
義経・弁慶組対富樫の2対1変則タッグマッチが始まっているよ。
さらに、4人のセコンドが細かく、細かく、役割や立場を変えながら、
いろいろな色調を頭の中に表出させている。

 こうなっちゃうと弁慶の繰り出す術中、というか巧妙に組み立てられた
「策略」というものに富樫も、客席の見手もズルズルと引きずり込まれてしまう。

 まずは義経の特徴を書き出した手配書がでているのか、
でていないのかよくわからないが、この「曖昧なところ」を
突いて、義経を「強力」という、カタカナでおしゃれに言えば「シェルパ」、
身分的な「境界線」を飛び越えたやり方で変装させた。

 弁慶はもともと山伏の修行をしていて、作法も、勧進帳にも慣れている。
故に富樫との問答もいとも簡単に答え返し、その間、
身分の低い「振り」をしている義経は一言も喋っては「いけない」から
正体がバレることもない。

 そして山場の弁慶が主従関係を敢えて飛び越して義経を杖で打ち据えるところ、
この「情け容赦ない打ち据え方」、というところがこの演目の肝。
「主従関係を超越した信頼関係構築」が今、そこに成立している。

 この「関係構築」がなされるまで、京都五条大橋の格闘など
いろんなことがあって、お互いがお互いの「素の感情」に
向き合って、飲み込んだ結果がこういうことを可能にしたのだ。

 で、その様子を見た富樫は手下との信頼関係が構築できていなかった、
という事実に直面し、己の不徳を恥じる。
ああ、私は一人、というか孤独だったのか!!

 ・・・だから、あのラストなのですよ。

 見えない壁は多い、けれども、ぶち破るすべは己の中にある、か。

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