KAKUTA「愚図」

人生を投げ出しても、受け止めて投げ返す存在がいることは幸せだ。

  善通寺でのハイ・パフォーマンスマネジメント業務を
どう演劇に落とし込むか、一通り終わる年明けにわたしの今後を
どうするか、再構築する場所に入っておこうか、と思っていたら甘かった。

 諸々の書類が早い時間帯に整い、気がついたらその場所にいた。
直近の予定は「仕方がない」ということでなんとかなったけれど、
今後の予定は「第一段階」を何とかすることに専念してくれ、
ということで(以下略。

 「第一段階」の肝は、全てを吐き出す、ということ。
今まで関わったところ、いつも行っているところに新しい担当の方に
同行してもらって、いろんなことを聞き取り調査し、自分の中にあるものを
徐々に言語化して、行動の癖を修正して、まあ色々大変。

 そういうことがあって、ようやらやっと演劇を見る。
確か、こんなことになってしまったきっかけが
元ガラパのまつのおが東京に行く送別会、しんどいの引っ張って
行って、グダグダになって、仕事に行ける時間帯に家に帰れず、
生まれて初めて会社をサボった。

 そこから人生がぐるぐる動き出して、ただの送別会は
よりいっそう酷いわたしになって、家には帰り着いたが、
自分の部屋にげ(以下略。

 こんなことを考えつつ、すげぇコンテンポラリーで、すげぇクラブ
(ひと座り数万円ではないところ)の雰囲気を感じていたら本編。

 再構築する場所に行って、今「掘り起こしている」ことと言えば、
「私は、どういうしくじりをして、なぜそうしてしまったのか」、ということ。
そこでわかったことと言えば、人間という生き物は、心のなかに
何かしら「穴」というものを抱えていて、それが個々の関係によって
「気になって」しまうとその穴を埋めようとして行動しすぎてしまうものらしい。

 行動しすぎても、穴は埋めることが出来ず、
逆にあなはだんだん大きくなる。
「動きすぎた結果として」大きくなりすぎて、
ひとりでは手のつけられない穴を見ると、
その穴ごと自身の人生を人生を放り投げる。

 この放り投げる様子が板の上にジグソーパズルのピースのように
絶妙の塩梅でバラバラになって配置されている。

 けれども、世の中には奇特な人もいて、大きくなりすぎた穴を
しかも自分が招いたわけでもない穴を埋めようと東奔西走する。
時には犯罪スレスレのことまでやりながら。

 その犠牲の物語を林家こぶ平、じゃなかった林家正蔵が的確に演じてやがる。
三平含めてクソミソのボロカスに言うやつもいるが、そういうやつがこれを見たら
・・・それでもボロカスに言うんだろうなぁ。

 投げ出しそうになっても、受け止めて、投げ返す存在がいたから
あるいはいるから、なんとかなったのかもしれない、私は。
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