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演劇集団よろずや「バイバイ」

いつもの挨拶がやけに愛しく、そして哀しい。

 わたしにとって、「プロ野球」と言うものは近くて、遠い。
わたしの「人生」に「プロ野球」が入ってくる時はあるが、
「同志」と呼べるくらい1シーズン、ガッツリ野球場で応援したことがあまりない。
選手は遠くから見るものであって、サインなんて欲しくはない。
むしろ時間が経てばごみになる。

 いろいろあって、客席を見渡してみると、カープの赤ユニやら何やらがチラホラと見える。
ホークスはなんか、「みんなでたたかっている」という雰囲気が薄い、
薄いから少しでも調子が悪くなると、ありとあらゆるところから
「不平不満」が飛んで来る、そして全てがギクシャクする。

 わたしも含めて、それぞれの人生が存在して、その中に「野球」がくっついてきて、
わたしの人生が調子良い時は励まされつつ「油断するなよ」と釘を刺され、
逆に調子悪い時は「慰め」という励ましと、辛抱すればなんとかなる、という
教えをもらう、「調子の波」と言うものは個人差はあるけれど、ある一定のリズムを
持って浮いたり、沈んだりしている。

 ある時はわたし自身の調子とチームがいい調子で重なったり、
わたし自身は調子悪いが、チームはその逆ということもあるが、
基本、良いことばかりじゃない、悪い事ばかりじゃない。

 広島東洋カープとそのファンはこの事を日本で一番体現しているかもしれない。

 それはさておき、津田恒美というプロ野球選手の「人生」は常日頃、私の心の中に
とどめている、というかとどめ「続けている」出来事である。

・・・気が付けば、自分は彼より11年も長く生きている。

 カープでがんがん投げていたときは、正直、憎たらしかった。
というか、昔のカープの野球はあまりにも隙がなかったわけで、
その隙がない試合の、これまた「しまい」に出てきて完璧に抑える。

 他球団のファンにとっては憎たらしいことこの上ない、まじで殺したいとすら思ってた。
フルフォーム(めちゃくちゃ調子のいい状態)のとき、本当にストッパーしくじったのは
原辰徳を骨折に追い込んだ前のシーズン、優勝争いの大一番、
後楽園で駒田徳広に満塁一発喰らったことと、
日本シリーズ第5戦、所沢で当時ライオンズの工藤公康に
サヨナラヒット喰らった「だけ」か。

 その時の様子からこの物語は丁寧に書き起こしている。
こんなに気迫溢れる仕事をする人間が実は小心者、というか
ものすごい優しさに溢れた「人間」だった。
もしくは、ものすごい優しさに溢れた「人間」だったから、
気迫溢れる仕事をやり遂げることができたんだよ、と指し示す。

 結婚して、やっと夜でも明るいおうちに帰ることが出来て、
子供も出来て、さあこれから、という時に彼は病に倒れてしまったとき、
正直、わたしはびっくりした、というか狼狽した。
・・・だって、さんざん死んでくれ、と思っていてそれが現実になると、
「喜び」よりも先に「やっちまった」という恐怖が襲って来る。
そして、「わたしの持つ悪魔性」に気づかされる。

 はじめは「水頭症」とか言っていて、野球は無理でも
まあ生きて帰っては来るだろう、とは思っていた。
しかし、1年経っても、2年経ってもいい知らせは来ない。
そうなると、いままで持っていた憎らしさはいつの間にか消えて、
「お願いだから、生きて帰ってきて」という思いになってきた。

 しかし、それはかなわぬことだった、ということを
当時、NHKであったドキュメント番組を見ることと、それを文字化した本を
読む機会に恵まれたことで、表には見えない壮絶な現実を知ることとなった。 

 ほんとうは奥さんが書いた「最後のストライク」という本も
読んだほうがいいかもしれないが、主治医(演劇とおんなじように
実際も女の主治医だったのだろうか?)との「西洋医学対マクロビオティック」の
平行線をたどる言葉があまりよろしくない言い争いが巻末にあって少ししんどい。

 当初の新聞記事にあった病因の「水頭症」というのは
実は、ファンを「安心させる」ためのエクスキューズで、
実際は本当に手の施しようのない「脳腫瘍」だったこと。

 それでも何とかしようと奥さんが「マクロビオティック」中心のやり方で
懸命に看病したこと。(だから、彼の「終の棲家」は広島ではなく福岡なのだ)
一時症状が瓦解したときの現役復帰に向けた執念。

 加えて「プロ野球」という毎年新陳代謝の激しい世界で必死に食らいついて
代謝・淘汰をくぐり抜けるけれど、何時かは力及ばす、代謝・淘汰の対象になってしまう。
それでも、懸命に食らいついて、戦ったんだから、悔いはないよと、次の人生に
胸を張って進むことをこうして当事者の感情入りで演劇すると、より一層心に入っちまう。

 
 自分はあれからことあるごとに彼の闘病生活とプロ競技選手の競技人生を想い、
「自分は、果たしてどれだけのことができているのか?」
「自分は、自分がやろうとしていることに妥協を許していないか?」
「自分は、安易に享楽や快楽に走ってはいないだろうか?」
ということを自問自答している。

 あれから13年経った訳だが、当時現役プロ野球選手だった
当事者の殆どがいろんな人生を生きている。

 森脇浩司は新聞に載らない「ある小さな事件」がもとでホークスをやめさせられ、
オリックスバファローズに落ち着いたものの、プロ野球とは縁が切れ、
アマチュア選手の面倒を見ている。

 達川光男は王貞治に請われてホークスに来るが、
我の強さで喧嘩別れして、カープの監督をしたあとに
たまたま松山でのオープン戦の帰り、広島行きのスーパージェット、
あの頃は1000円の追加料金だったな、そこで同席して、
こ難しい顔をして週刊文春読んでたな、これまたなんだかんだあって
落合博満に請われて中日ドラゴンズに行くが、諸事情で出て
来年から縁あってホークスに戻る、今度は喧嘩別れするなよ。

 きたぽっ・・・じゃなかった、北別府学はカープとホームテレビを
振り子のように行ったり来たり、いい年になった今は野球解説の傍ら
夕方ニュースの「情報部門」で美味しいもの食べたり、温泉行ったり、
局所属のタレントさんとまったくおんなじ仕事をしている。

 清川栄治は近鉄バファローズの打撃投手をしている、という話は
聞いたが、球団が消滅し、それでも何処かの球団の打撃練習でコツコツ球を投げているだろう。

 今井譲二は熊本で地に足をつけて、仕事と野球を踏ん張っている(と信じたい)。

 正田耕三は・・・なんでカープと喧嘩別れしたんだよ!!
阪神タイガースでコーチしたけれど、結局消息不明になっちまったじゃねーか。
ほんとうは(以下略。

 山本浩二はWBCで誰も拾いたくない「火中の栗」を何の因果か、
みずから拾いに行った。

 安仁屋宗八(ルーキーズに出てくる安仁屋の名前はこの選手から取ったんだよ!)は
相も変わらずマイペース、RCCで好きな様に喋り、好きな様に振る舞っている。

 長内孝は「野球鳥」という焼き鳥屋だったね。
何処かでスカウトか、なんかやってコーチしてたかと思った(ポリポリ)。

 山崎隆造は結構長い間カープとともにいたんだね。
まあ、広島市内の女子大生を相手にしたマンション経営も順調だし、
カープで球団編成の仕事したり、テレビ・ラジオで解説しなくても・・・。

 金石昭人は言わずもがな、一番この中で成功しているんじゃね?

 あと、一番若い緒方孝市、なんだかんだあっていまやカープの監督だ。
天国の津田恒美も腰抜かしながら、泣いて喜んだだろうよ。

 そして、志半ばで亡くなった上本孝一という審判員とお話にはでてこないが
木村拓也の事も忘れてはいけない。
ホークスの藤井投手の物語もこうして「演劇」にすることができたら
果たして沢山の人に見てもらえるだろうか?

・・・今年も生きて年の暮を迎えられた。

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