飛ぶ劇場 「生態系カズクン」

すべての命が尊いのは、綺麗事ではなく真実である。

 そう言えば、わたしが演劇を始めてすぐ、サッカーやら野球やら、WWEやら、
ついでに中国語放送や競輪中継を見るために引いたスカパー、そのチャンネルの
ひとつである「シアターチャンネル」が「飛ぶ劇場特集」という形でこの演目の
舞台映像を流していた。

 あの頃は、「お世話になった人がぎょうさん出ているな」という感じで
更にいうと、途中から見たので話の流れが追えず、すぐにチャンネルを変えてしまった。

 それから時は流れ、飛ぶ劇場は30周年の節目。
そのプロジェクトたるRed Room Radioの枝光公演は諸事情あって(以下略。
ようやらやっと「生態系カズクン」を生で見ることができた。

 西鉄電車に乗って、久留米で降りて、シティプラザまで散歩して、その先の本屋に行って、
「舞妓さんちのまかないさん」の第2巻を探すが見つからず、開場までに時間があるんで
また西鉄の久留米駅まで戻って上の本屋に行くと・・・見つかった!!

 少しうれしい気分で表演空間に入ると、客席三面囲みのオクタゴン(八角形)スタイルに
驚きながら、客入れ音のミンミン蝉時雨に今年の過ぎ去りし、夏の思い出に浸ってみる。

 こうして日常の喧騒と我を忘れていたらエスニックなオーバーチュアーがかかり、
これまたエスニックなCAT'sが始まりそうな勢いで冒頭部分、びっくりしていたところに
喪服姿の人間がぞろぞろやってきて、その後を担架担ぐように棺桶を担ぎ、
畳の床に置いて・・・と来たら、なんていうかこの一連のムーブ「だけ」で世界、というか
フィールドはこういうところで、"Play"のルールはこれです、と気が付かないうちに
見手に提示されている。

 世界、というかフィールドは「お弔い」、その中での"Play"のルールは「人間」と「動物」の
「境界線」をうっすらながら、明確に引く、このルールの中で「人間」を演じる演者は
「役」というそれぞれに与えられた「立場」と「役割」を生きている。
うっすらとしかわからないが「動物」もしかり。

 フィールドとルールがものすごくしっかりしているので、それらの裏にある
「移民」や「棄民」の問題、「ユタ(シャーマン)」と「近親相姦」の相関性、
薄っすらと見えるシャーマニズム、逆「安芸の宮島」状態(火葬場と散骨場しかない場所)という
通常の世界だったら忌み嫌われそうな存在が普通の顔をして、そこにいる。

 けれども、誰もがギリギリのところで「人間」や「動物」の尊厳を守っているし、
「尊厳」があるから誰も差別することなく、深いところで悪口も言わず、
自己卑下もほとんどしていない。
というか、端々には差別や尊厳の侵害、自己卑下もあるが、そういう「突破」を
しようとすると、絶妙のコンビネーションで誰かが止める。

 絶妙に止めるから、「ああ、差別や尊厳の侵害、自己卑下」は生きてく上でよくないこと、
あんまりやってほしくないんだよね、という泊さんのメッセージがじわじわ伝わる。
そして、すべてが終わったあと、こう感じてしまう。

 「世の中、色んな人がいるねん、生きている、死んでいるもおんなじように混ざってる」
だから、それぞれの人生邪魔するんじゃねーぞ。

 この基本精神を貫き続けていたから飛ぶ劇は飛ぶ劇足り得た。
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