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万能グローブガラパゴスダイナモス「ハダシの足音」@大阪

「発達障害」って、もしかしたら「記憶の森」と関係があるかもしれない。

 最近、だんだん分かってきた。
「耳」というものが(あるいは「目」、「鼻」、「舌」、「手」、「足」にも言える。)
「記憶の森」へのアクセス手段であり、これらの器官は鈍すぎてもいけないが、
敏感過ぎると生きていくことがそうでない人よりも難しくなる、ということが。

 特に、「人と関わる」という点で、「記憶の森」へのアクセス手段たる
身体の各器官が敏感過ぎると、「話して、聞く」ことや、「直接触れる」こと、
更には「味わう」ことで、自分以外の存在が持つ感覚や感情を深く知ることが
苦難の始まりになってしまうことがあり、このことが「仕事」を長く続けられない
わたしの根っこだった。

 そういうことを過不足のない空間の広さと、天井の高さで「物語」として
「コンテンポラリー演劇」として見せられるとわたしの持つ「障害」の特性を
これでもか、と理解してしまうのだ。

 というか、「なんか嫌だな」という「小さな違和感」を定期的に感じてしまうと、
「わたしはここにいていいのだろうか」という不安感や「どうやっても自分は」という
自己否定感、「悪い記憶」という絶望感が混ざりに混ざって、どうしたら良いかわからなくなる。

 どう解決したらいいか、「わたしの中」ではわからないので、外からはよく見える
「矛盾」という怪物にも気が付かず、気がつかないから苛立って仕方がない。

 その苛立ちがある程度うまく行っていた「人間関係」を壊して、自分で自分の
「居場所」を壊して、いつも途方に暮れていた。

 ・・・人生に疲弊するのも無理はない。 
もっというと、生きていく中で生まれてきた「得をしたい」や
「払ったリスク分のリターンは取りたい」が
あるために、お金や時間を始めとした「わたしにとって大切なもの」をドブに捨てた、という
「やっちまった」感を自分から選んだのか、他者からブーブー言われたのか、よくわからないが
この事実が「引き金(トリガー)」になって、生きていることやコミュニケーションを取ることに対して
どうすればいいのか、わけがわからなくなる。

 このわけがわからなくなって、混乱して、どうしょうもならなくなった人間の狼狽を
コメディに包んだコンテンポラリー演劇で見せると、苦しみ方も人それぞれ、と思えるし、
「ああ、この世の中に完璧な人間はいないのだ」という普遍的な事実を暗喩的に教えてくれる。

 自分は狼狽したとき、脳みそが固まるねん。
もう少し詳しくいうと、夜眠れなくなる、それから「考えすぎ・感じすぎ」によって、
脳みそに疲労物質が溜まって、固まって、日々の生活が苦しくなってくる、
ここまできたら、後は釣瓶落のようにじわじわと狂うのみ。

 それが数年前までの自分と、板の上のキャラクターが重なり、
「失うことが怖い・負けることが怖い」、負けたくない、負けることが怖いによって、
いろんな「記憶に関する」矛盾は生まれ、おかしくなるのか!!

 こういうことと、派生する様々な「記憶」を今まで鮮明に覚えていて、
この事実によって助けられたこともあったが、えらい目にあってばかり。
けれども、お薬ちゃんと飲んで、処理のやり方という
記憶の森の抜け出し方という術を学んでいるから、大丈夫。
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itumo25254you

Author:itumo25254you
演劇を見て、感じて考えて書いていきます。
ひとつの言葉が次につながるきっかけになりますように。

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