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劇団こふく劇場 第15回公演 ただいま 《福岡公演》

「神隠し」と「神様のお仕事」

・・・何なんだろう?

 正直、辛かった。

 今までの私について「うまく行かなくて当たり前」という現実を見せつけられ、
見せつけられても、何をどうしたらいいか、わからない。
「もう嫌だ」といっても「でもやれ」と言う状態になって数ヶ月。

 「演劇に戻る」ことを考えてきびるフェスのキックオフイベントに出て、
シリーズチケットを携帯払いで無理して買い、ガラパのイベントに出て先行発売で
チケットを買うという手をあまりにも打ちすぎたものだから収集がつかず、
より一層何をどうしたらわからず、こころとからだが寒さで動かない。

 当面の交通費を母にお願いして工面して、きびるフェス全部とガラパは
なんとか行けるようにはなったけれど。

 さて、この演目、私の人生泥沼にハマる前に、というか泥沼にハマりかけたところで
枝光アイアンシアター改装直後で見に行っている。
その時は演者の生身の体と、生身の声と歌、能楽、田楽をベースにした所作、から
「変えられるものは変える勇気を、変えられないものを受け入れる勇気を」という
メッセージを貰ったが、それだけだった。

 パピオのビールーム、一番深い場所にある一番広い部屋、携帯電話の電波は一切入らない
(ソフトバンクとauはなんか入るらしいけれど)演劇そのものに集中できる不思議な空間に
客席部背後の余白をたっぷりとった能舞台を変形させたいつもの空間。

 枝光と違うところは立体的に見せる空間のしつらえができている。

 その空間で繰り広げられるは、「毎日のごく普通な生活」を歩く速度で積み重ねている。
この積み重ねに「くっつく(お見合い・結婚)」や「産まれる・育てる」、「離れる(蒸発・失踪)」、
そして「死ぬ・弔う」という「積み重ねを壊してしまうほどの勢いと速度を持った」出来事に
相対したときの戸惑い・焦り・いらだちにこころとからだを持っていかれそうになるが、
なんとなく、乗り越えて、またいつもの速度で生きている。

 その様子を濱砂さん演じる豆腐屋を通して、今回、私は見ていた、気が付かないうちに。
豆腐屋という「仕事」を「神様のいたずら」で見つける前、前職場の市役所で
人生を舐め腐っている人間から後に結婚して失踪する女性がパワハラを受けて悲しんでいるのを
見かねて殴って、やめた、という出来事を知ったからなおさら。

 ・・・私がずっと抱えていた苦しみと一緒だ。
そして、豆腐屋の彼も、私と同じように最初は私自身の「認識の歪み」を
「歪んでいる」と思わず、「もう歪んだままでいいや」とうそぶいていたのかもしれない。
こういうときほど自らの作る豆腐の出来は芳しくない。

 自分だって、スタジアムの紙工作、うまくスタンドの角度が取れなかったり、
一層目と二層目、それ以上の重なりを上手く作れずにいる、
そして「何もかもができなかった」いらだちをえりこさん(なかむらじゃないよ)に話す、
さらに「歪んでいる」私が出ちゃうといつも「ここがずるいところ」と痛いところを突かれ、
「もう嫌だ」といっても「でもやれ」と言う問答を繰り返す。

 この流れを濱砂さんと千春さんが宮崎の土臭さ、ゆったり加減でじわりじわりと
歪みを歪みと認識させるように持っていく。
ある程度、歪みを認識させたところで千春さんは手にしていた扇子代わりの小枝を
そっと柱にかけて、葉っぱを挿して消えていく。

 今まで他人のせいにしてきたから、日曜日の午後ピラフセットを頼んだあと
たまたま目にしたパワハラ野郎が今度は喫茶店の店員に対して同じことをやっていた
ときに出しそうになって堪えた「殺意」、この負の感情が自分のすべてを引き受けることで
最後は消えていた。

 ・・・ああ、私も今はしんどいけれど、こうなるから、うん。
あとは豆腐屋のように一人でもモクモクできる仕事を見つける、その前に歪みをもう少し見ていく。
神様のお仕事の領域かもしれないが。
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itumo25254you

Author:itumo25254you
演劇を見て、感じて考えて書いていきます。
ひとつの言葉が次につながるきっかけになりますように。

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