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ヒカリノオト第6回公演「さよなら、サンカク」

権力を持つと、人は支配的に振る舞う。
そうでなければ、人は奴隷根性を丸出しにする。

 「この人と関わると、自分のためにならない」存在に対して、
どう接したらいいのか、わからない。

 正直、「自分のためにならない人の存在と意見なんか、私にとって害悪」という
フィルタを自分で設定してしまって、「触らないで、関わらないで」という攻撃を
気が付かないうちに繰り出している。
・・・って、自分が勝手にそういう害悪と関わるように持っていって、ふうっ。

 劇団名、「ひかりのぉと」じゃなく、「ひかりの、おと」だという音とアクセントの
配置だということを開演前の影アナウンスで知る。
わたしはまだまだ知らない事が多すぎる。

 今回の空間のしつらえは冷泉荘とか、紺屋2025、エンジョイスペース大名という
小さくギュッとした空間を効率よく使って、世界を広げられるように表演部の壁に
物語に必要な道具を配置するやり方を少し広めのスペースに落とし込む格好。

 この空間で繰り広げられるは、数年前話題になった「幼女を誘拐して、長期間監禁した事件」に
関するなんだかんだをざっくりと分解して、「なぜ、こういう事が起こって、当事者の心境は
どのように発生して、どう変化していくのか」という5年と少しの物語。

 心理学とか精神医学の業界用語(テクニカル・ターム)をもっともらしく使って言うと
「ふたつの機能不全家庭」という存在を通して「なぜこの事件は起きたのか」ということ。

 まず、「加害者側」の機能不全家族は「すでに亡くなっていて(劇中では)存在していない」
父親が支配的で、家のすべての決定事項を自らだけでくださないと気がすまない、
ということは父親以外の構成員に「逃げ場」を与えない、ということで
「機能不全」を起こしている。

 逃げ場を与えないから、「支配を直に見て、人は支配するものだ」という
感覚を持ったまま育ち、要領よく世間を生きる男性と逆に、「支配を直に見て、
支配そのものにに嫌悪感を抱いて、世の中を捨てて引きこもる」男性、
その間に挟まれて、世の中のすべてを自ら含めて責め続ける母親という女性しか存在していない。

 一方、「被害者側」の機能不全家族は「母一人、(女の)子一人」、しかも生まれてすぐに父親を
事故か事件で亡くしてしまい(下衆い言い方をあえてするが、贅沢しなけりゃ生きていけるくらいのお金を保険かなんかでもらっているから、母親に「労働の匂い」が感じられない!)
母親が同性である娘を「自分自身が立って、生きていくために使う唯一の支え」に
してしまったことで「機能不全」を起こしている。

 このふたつの機能不全家庭が「三角形の窓」を接点にして不幸にも出会い、
「人は支配するものだ」という思い込みを充足するために誘拐、監禁した。
「支配そのものに嫌悪を抱いて引きこもる」存在は新しい支配を直に見ても
どうしていいかわからず(悪いことは悪い、と外の常識を下手に入れたら自分の命が危ない)
とにかく誘拐監禁された存在の命をつなぐようにする。

 母親たる存在はより一層不平不満をこじらせて本当に病気になり、
とうとう痴呆まで入ってくる状態になるか、娘という存在が突然外れて
一人になり、娘の存在を忘れてどうしていいかわからず、同級生で
ギラヴァンツ北九州(らしき)プロクラブのユースからトップに上がった
とある選手の父親と不倫関係という「新しい支え」を不幸な形で手に入れた、という
これまた「機能不全」を強化した状態になってしまう。

 監禁された娘は「(自身の中で)きちんとできている大人の私」という
空想の人格を作り、独り言という形で会話しないと狂っちまう。

 機能不全が強化されると人は不幸を続々と再生産してしまう。
この連鎖を断ち切るためには、誰か不幸を全部引き受けて、誰もが嫌がることをして、
誰からも嫌われて、一人ぼっちになって消えることをしなけりゃ解決しないと思いこんでしまう。
・・・だから、引きこもる存在は父親を階段に突き落として殺し、母親もおんなじようにして殺し、
ついには自らを殺させて監禁されていた存在を解放させるように仕向ける。

 こういう七転八倒でそれぞれがもがいて苦しむさまをコンテンポラリー演劇というくくりで、
隠し味に「言葉という呪縛、音という呪縛の怖さ」を効かせて見ていると、
私自身の中でもこういう苦しみが存在していて、その苦しみが「誰かが好き勝手に言葉を操り、
音を操ることで、自分を含め、他の誰かが悲しい想いをしたこと」に憎悪を感じ、
憎悪から人間不信、で私の人生の大半を生きてきて、ものすごくきつかった。
私だって、下の妹の出来ちゃったのトラブルの時、父を殺せばよかったのに、
なぜできなかったのだろう、そんなことまで考える。

 このきつさとささくれを少し乱暴にビリー・ジョエルの「ピアノマン」がほぐしてくれる。
スカパー!(J-Sports)で野球を見始めた頃から、この曲を聞くと、勝ち負けやら
傷ついた、とかなんとかや優劣なんて本当はどうでもいいことなんだ、というふうに心が整っちまう。

 
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Author:itumo25254you
演劇を見て、感じて考えて書いていきます。
ひとつの言葉が次につながるきっかけになりますように。

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