アマヤドリ 「幸せはいつも小さくて 東京はそれよりも大きい」

欲望とエゴによって肥大した先にはなにがある?


 ハンバーグ工場の「理念のすりあわせ会」に行ってきた。

 内容は、会社について書かれた文章や映像資料を見て、話をして、聞いて。
この「ハンバーグ工場」と「演劇」というそれぞれの「仕事」というものを
どうやってバランスよく回していくか、そのために必要なのは
「生体の生地」と「自然の理」について、より一層の理解を深めること。

 この作業をやっていくに当たってハンバーグ工場があるのだろう。
この「場所」を失わないようにするために、なにをしていかなければならないか。
そんなことをつらつらと考えながら、久しぶりのぽんプラザ。
きちんと寝ているのか、寝ていないのか、よくわからない故に
わたしの脳みそはグダグダとしてる。

 表演空間えれぇシンプル。
余計なものをこれでもか、これでもか、とそぎ落としている。
体のムーブ・マイムも「集団の動き」の精度と密度が恐ろしくよい。
コンテンポラリーダンス、というか、舞踏、というか、それぞれのリズムの入り方
息の入れ方、揃え方、何もかもがすごい。

 自分自身もこういう集団の動きを「福岡舞台計画」と言う形で
舞踏の体捌きを使って演ったのだが、自分が空気を出し、周りの空気それぞれを
同時に感じ取ってその空気を返しながら新しく動く、ということができていただろうか、
もしかしたら、私は空間の中で「ひとりよがり」になっていなかったのだろうか、
そういう疑問が板の上から私に投げかけられてくる。

 板の上では演者それぞれがそれぞれの「空気」を出して、受けてという
やり取りをすることで連動性が生まれている。
「恐ろしいほど動けている」とはこのことなのだろう。
ある場面では個々に「意思」というものを持っていたのが、
別の場面ではこの「意思」というものが砂時計のようにサラサラと積み重なって
一つの「意思という巨大な塊」となって見手に襲い掛かってくる。

 最初は東京でボチボチと流行りだした「シェアハウス」で共同生活をしている
若者の生態、というところからじわじわ、じわじわ床下浸水のように
「混沌(カオス)」と「嗜癖」・「共依存」という「心の病理」がまとわりついてくる。
ここに、もう一つの「物語」が絡みあって、「幸せ」って一体何なんだろう、と
もしかして世間一般論の「幸せ」は疑ってかからないといけないのでは。
そして、東京という「生き物」は「欲望」と「エゴ」を餌にして大きくなったのかもしれない。

そうだとしたら、欲望とエゴがとことんまで膨らんだ今の状況は
恐ろしく危険で、崩壊寸前だとしたらどのような形で終わり、
新しい始まりはあるのか、ないのか、正直、わからなくなる。
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